丘のある街で


   




家は日本の中でも五本指に入るであろうほど大きな家系だ。
となればその敷地も家も半端ないほど広大で、お抱えの使用人も、家直系の人間がしか居らず洋館には1人しかいないとしても、その数は軽く50人を超えるほどいる。
そしてそれだけの数の使用人がいればその中にと同じくらいの年ごろの人が1人くらい居たって不思議ではない(かもしれない)。

ただし残念ながら日本には義務教育という制度があって、中学校までは全国民、学校へ行かねばならないという決まりがある。のように色々と画策したり莫大な金が動いたりした結果通っていないものもいなくもないがそれはかなりの少数派であるし、さらに言えばそういう人たちは存在が揉み消されている場合が多い。
そんなわけで中学生以下の人間が住み込みで学校にも行かず家で働いていることは決して口外してはならないことだった。

「僕は16歳です」

少年は言い張るが実際どうなのかよくわからない。
それに仮に今現在16歳だとしても既にここで雇われて2年になるのだから雇われた当初は間違いなく15歳未満だ。



「だって仕様が無いじゃないですか、バカ師匠がこちらのお宅に膨大な借金残して消え去りやがったんですもん!」



少年の名前はアレン・ウォーカーという。
白髪と顔面にある大きな傷がやたらと目を引く少年である。
突如2年前にやってきて、の知らぬ間になにやら契約を結んだらしい、とりあえず本人の意思は無視された。「あの子なんで働いてるの?」、お嬢様は知らなくていいことですよ、確かそんなことを言われて誤魔化された記憶がにはある。



とにかくそんなわけでアレンはにとって数少ない同年代という存在だった。使用人の中で次に年が近いのは19歳の執事であるから、間違いなく一番年齢が近いのはアレンだ。アレン・ウォーカーという少年は名前の通り日本人ではないのだけれど、彼の紡ぐ言葉は間違うことなき日本語で、下手するとそこらの日本人よりもよっぽど正しい日本語が飛び出してくる。そしてさらに言うなれば大和心も心得ているのだろう、身分というものをこのご時世でも大事にするのだから、生粋の江戸っ子だって驚いてしまうに違いない。



そんなわけで。



はいつも彼にはあまり相手にしてもらえないのだった。



「おはよーアレン」
「おはようございます、今日は今年一番の猛暑日になるらしいですからなるべく部屋から出ないでくださいね」



それじゃぁ、と言って立ち去ってしまうのがアレン少年だ。そして、



「アーレーンー!アイス食べたい!」



懲りずに絡むのがだった。



「いた!いたたたたいたい!ちょ、さんってば!痛いから!髪掴むの禁止!」
「じゃ、一緒にアイス食べよう」
「仕事中です」

知ってますかうちの執事はあなたには甘いですけどね僕ら使用人にはほんと意味がわからないくらい厳しいんですよ知ってましたか知らないんでしたら今すぐ頭に叩き込んでください!がつん、と。そんな音が廊下に鳴り響く。アレンが持っていた洗濯籠を地面に落下させたからだった。
は小さくため息をつきながら、知ってるよ、と呟いて顔を横に背けた。執事たちが使用人の間で畏怖の対象になっていることだって知っているし、さらに言うなればアレンがと仲良く並んでアイスなんか食べられないこともきちんと理解していた。昔一度風邪を引いてアレンが寝込んだ時にこっそり様子を見に使用人部屋に潜り込み、それがばれてこっぴどく叱られたことがあるのだ。もちろん、アレンはその倍以上怒られたのだけれど。
とにかくは、自分が何か行動を起こすことによって世界が歪みかけてしまうこともあることくらい、とうの昔に学んでいた。父親が「会社が一つ無くなったらしくてね」と昔よくぼやいていたことを思い出す。力があるというのはそういうことだ。

必要以上にアレン・ウォーカーと仲良くしてはいけないことくらいわかっていたけれど、それだってきっとが頼み込めば叶わない願いではない。



それをしないのはそうしたってアレンが困るだけだとわかっていたから。



「アレン、そろそろ借金代、返せたんじゃないの?」
さんには関係のないことですよ」
「そう」
「そうです」

廊下の窓から差し込む光は昼間に食堂を照らす淡い光の蛍光灯なんかよりもよっぽど強いものだった。覗き込むと庭で楽しそうに談笑している使用人たちを見ることができる。「アレンもあの中に混ざらないの?」「ご心配なく、いつもはあの中にいますから」、アレンは心底面倒くさそうに呟いた。

「それじゃぁ失礼します」

アレンはぺこりと頭を下げるとつかつかと廊下の奥へと消えていった。

とアレンは、結局ほとんど会話をしたことがないに等しい。
たまに気まぐれでがアレンに声をかけない限り2人の生活の場が交錯することはないから、会話はおろか、見かけることだって皆無に等しい。それが2人にとっては当たり前だし、にとってもアレンにとってもお互いの存在はそういう程度のものだった。



ただ年が近くなければきっとまったく交わることだってなかっただろう。



同年代って不思議だ、は常々そう思う。
同年代の人間を見つけただけで嬉しくなるのは何故なのか、よくわからない。
アレンもきっと他の使用人たちと同じように気づけばいなくなっているのだろうなとぼんやりとそんなことを考えた。
でもきっとそれにが気づくのは随分と先のことなのだろう。



階下からアレンの笑い声がした。









結局何も始められない

 









END
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アレンさまでした。ここでも師匠の借金で悩む羽目になる彼(笑)
遅くなりました、リクエストありがとうございました!

09年02月15日再録

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