三回目の喧嘩で学んだこと

   


 私は走っている。
 それこそ、運動会だって体育でだって出したことのないようなスピードで。通いなれた通学路を、履き慣れていない新しいパンプスで駆けていく。足が悲鳴をあげているけれど気にしている場合ではない。

 会いたい人がいる。





 越前と喧嘩をした。これで三回目だ。
 幼なじみというわけでも帰国子女仲間というわけでもない私が越前と出会ったのは中学に入学してからで、今は夏休みに入ってまだ二週間で、つまり出会ってからは三ヶ月と半分くらいしか経ってない。それで三回も喧嘩をしたわけだから、単純計算で一ヶ月に一度のペース。小さな口喧嘩も合わせればたぶん倍くらいになる。昨今、女友達とだって喧嘩なんぞしたことのない私にしてみれば、越前リョーマという男の存在は特異だった。喧嘩するほど仲が良いとはよく言ったもので、まさにその通りなのだと思う。繕うことができなくて、相手に対して驚く程真っ直ぐな感情。それはただ楽しいだけではなくて、どうしたって負の感情も出てきてしまう。

 一回目は私が悪かった。
 彼との約束をドタキャンして別の友人と遊んでいるところを見つかったから。これには一応訳があって、弟が高熱を出したから早く帰ってきなさいと共働きの両親に言われたので帰宅してみれば、どうやら半休が取れたらしい母親が既にいたのだ。それならばと越前に連絡を入れてみたものの、まだ帰宅していないとのことだったので、幼なじみとゲーセンに繰り出そうと商店街を歩いていたら、部活の先輩と帰宅中の越前と遭遇したのだ。まあ、もう少し待つべきだったかなと反省はしている。でも致し方のないことだったとも思っている。

 二回目は断じて私が悪かったわけではない。
 越前は小柄な方だ。もう少し直接的な言い方をすれば、身長が低い。男の子はこれから伸びるらしいので気にすることはないとは思うけれど、とりあえず現段階ではかなり小さい。クラスで背の順に並ぼうものなら、前から数えて5本指に入ってしまう。繰り返すがまだ13歳なので気にすることではないと思うけれど。とにかくも、そういうわけで私は思いついて、給食のあげパンをかけて一方的に体育の跳び箱で勝負を挑んだら、あっさり負けた。小さいから勝てると思ったら、身体が軽いからなのか軽々と飛んだ。しかし言い出したのは私自身、ここで約束をやぶるわけにも行かず、一年に一度の楽しみであるあげパンはめでたく越前のものとなった。私がよっぽど食べたそうにしていたからなのだろう、結局クラスメイトの一人が半分分けてくれ、ありがたく頂戴した。そうしたらどういうわけか越前が不機嫌になった。「そんなに食べたいなら勝負なんて挑まなければよかったじゃん」それは確かにそうなのだけれど、だからと言って怒るほどのことではなかったと思う。突然機嫌を悪くした越前に、当然私も苛立ちを覚え、たぶん五日間口をきかなかった。土日を挟んで登校したら、お互いそんなことはケロッと忘れていたのだけれど。

 そして今回はというと、悪いのは越前だと思っている。原因はどうやら私にあるようだけれど、少なくとも悪くはない。
 昨日、私は越前と仲が良いという桃城先輩の家を訪ねた。桃城先輩は、部活仲間のよっちゃんのご近所さんで、よっちゃんと桃城先輩は小学校の頃なからの仲だという。桃城先輩と私は直接的な面識はなかったけれど、お互いよっちゃんを通じて名前と顔くらいは知っていた。放課後、校外走中にテニスコートの横を通り過ぎ、なんとなく二人揃ってコートの中に視線を投げながら走っていたら、ふと二つの人影が目に入った。「越前」と思わず口をついて出た私の言葉と、「タケ兄だ」と高らかに響いた彼女の声は、綺麗に重なった。そこで初めて、私は桃城先輩を、彼女は越前の存在を認識し、ついでに言うならばそれぞれの関係を理解したのである。
 「越前君、全国大会出るんだって」よっちゃんからそう聞いたのは、それから程なくしてからだった。夏休みに入り、当然越前とは会う機会が無かったので、試合の進捗状況など知らない。「そうなんだー」とあまり気のない返事を電話越しにすると、よっちゃんは声を少し大きくして「え、もうちょっと興味持ちなよ!」と驚いたように言った。と、言われてもテニスのルールなど知るはずもない私は、それをそのまま伝えると、それじゃあ今からタケ兄の家に行こう!と彼女は一人勝手に計画を立て、あれよあれよと言う間に私を迎えにきたのだった。
 まともに話すのは初めてだった私に対して、桃城先輩は気さくに話しかけてくれた。誰に対してもきっとこうなのだろう。越前みたいな無愛想な後輩にも懐かれる理由がよくわかる。世話好きで人が良い。どうせなら越前の試合でも見るかー、と撮れたてほやほやの関東大会のビデオを見ながら、テニスのルールを解説してくれた。正直そこまで知りたいとは思っていなかったし、いきなり知らない先輩の家に連れてこられて緊張していた私だったけれど、ビデオが終わる頃にはすっかり打ち解け、最終的にはよっちゃんを余所に桃城先輩と二人で越前話で盛り上がった。
 楽しいひと時を過ごした私は、家に帰ると早速越前にエールを送るべくメールをした。全国大会頑張ってね、とか、まあそういうあたりさわりのないメールだ。彼からの返信はそれから1時間後、「ありがとう。誰かに聞いたの?」というシンプルなもの。隠すべきことでもなかったので、桃城先輩に教わったこと、ついでにテニスのルールも教わったことや関東大会の映像を見たことも伝えると、すぐに携帯電話から軽快なメロディーが鳴った。それは鳴り止むことがなく、メールではなく電話の着信であることを告げていた。着信の相手はもちろん、越前リョーマ。
「はいはい?」
『桃先輩のところ行ったの?』
「え、うんそうだけど。そんなことより、全国頑張りなさいよねー!すごいじゃん!」
『そんなことより?』
 私は割とはしゃいでいたと思う。だからと言っては何だが、越前の声のトーンが低いことなど気づかなかった。この時点で気づいていればまだしも、結局最後、無言で越前に電話を一方的に切られるまでまったく気づかなかったのだ。ブチッ、と無遠慮に切られて初めてどうやら彼が怒っていたらしいことを察したわけだけれど、それにしたって理不尽だと思った。なんなの!?と大いに苛立ちを覚えた私は、すぐさまよっちゃんに電話をかけ、事の詳細を全てぶちまけた。桃城先輩の家にまだいたらしい彼女は、私の話をきちんと聞く気などまるで無かったらしく、あー、とか、うー、とか適当な相槌を打ち続け、最後に「まあしょうがないんじゃない、越前君は多分のこと好きなんだろうし」と、とんでもない発言をして電話を切った。

 好き?

 受話器を見つめたまま、私はしばし考える。

 好き?とは?誰が?誰を?

 恋愛感情があるかどうかはわからなかった。ただ、越前リョーマという男は、どうも帰国子女という割に感情が表に出ないことくらいは、知っていた。それがお気に入りのおもちゃを取られて愚図る子供のような単純かつくだらない感情からなのか、本当に私を好いてくれているが故に出てきた嫉妬心からなのか、想像はできなかったけれど、確かにそういうものに近いのかもしれない、とも思った。

 思い返せば、これまでの喧嘩も、全部越前以外の男(言い方が嫌だがこれが一番的確な表現のような気がするので仕方ない)が絡んでいたからだと気付く。幼馴染もあげパンを半分こしたクラスメイトも男子なのだ。

 まったくもってわかりにくい!

 あいつはきっと素直じゃないのだ!





 私は通学路最後の坂を全速力で駆けている。全国大会へ向かう前に学校で集合すると桃城先輩が言っていた。だからそこには越前の姿もあるはずだ。汗で貼りつくブラウスに不快感を覚えながらも立ち止まらずに学校を目指す。

 三回目の喧嘩で学んだこと。



 実は越前って私のことが好きなんじゃない!?ということ!





END


リョーマって言ったらさくのちゃんがいるじゃない!学んだことはきっとリョーマが好きなのは桜乃ってことだよね、ってとこまでナチュラルに考えて、だから幸せな話をって自分で言ってただろおおおおおおがあああああああと慌てて書きはじめたらこの結果ですよ。
公式で相手いるキャラクターってどうも書きづらい・・・・公式好きだから・・・・。

13年02月13日


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