「、ほら幽平くん載ってるよー」 そう言って同僚は、週刊誌を差し出してくる。ありがとう、と微笑んでそれを受け取るのも、もう慣れた。最初の頃は、ぎこちない曖昧な笑みを返すことしかできなかったはずなのだけれど。 つまりそれだけこの光景とやり取りは、もう随分と繰り返されたというわけで。 机の一番下、一番大きな引出を開ける。ずらりと並べられた雑誌。切り抜き。はたまたポストカード。 はあ、と小さくため息をついて、私は受け取った雑誌をコレクションに加えた。「相変わらず平和島幽平好きなのねー」と、先輩が微笑ましい笑みを向けてきたけれど、はははといつも通り乾いた笑いしか出てこなかった。 私の実家は、池袋駅から、徒歩10分の住宅街にある。高校、短大と山手線内で済ませてしまったため、私の人生は現在に至るまでほとんど山手線内で完結していると言っても過言ではない。加えていうなれば、今の職場は池袋に本社があって、ここ数年は池袋周辺だけで生活している。 別段、人見知りと言うわけではない。 どちらかと言えば、むしろ積極的に知り合いを作りに行く方だ。 従ってどういうことになるかというと、池袋周辺の徒歩圏内で生活している私の交友関係は、当然のことながら大多数が池袋を熟知しているものたちになる。 それが、多分、問題だった。 「さんってさ、好きな人いないの?」 同期の女子だけの飲み会だった。加えて入社してから半年が経過していて、もう大分気心が知れた仲になっていた。 そういう、油断があったのも確かだ。 「うーん、平和島・・・・」 静雄くんって実はイケメンだし優しいですよね、と言いかけて口をつぐむ。それは斜め前に座っていたのが、私の二つ上の先輩で、同じ高校出身者だったからだ。この年代で池袋の高校に通っていたものならば、名前を知らない人などいない、それくらいの有名人、平和島静雄。いや、今現在もある意味では有名人なのかもしれない。そうして残念ながら、想いを寄せる相手としてはあまり好印象を持たれない人物なのである。 「へいわじま?平和島って・・・・平和島幽平?」 「あー・・・・そうそう!やっぱり彼って美人じゃないですかー!」 かくして好きな人を聞かれて芸能人を答える痛い系女子としての地位を確立してしまった。おかげさまで幽くんの雑誌の切り抜きやはたまたクリアファイルなど、たくさんいただいている。イケメンがいただけるのは有難いことなので無下にはできず、律儀に仕舞っておいてはいるものの、私が欲しい平和島はこっちじゃない。 「―、お前今日飯どうする?」 「あ、外行きます!」 財布を手に立ち上がる。ぞろぞろと外へ向かう外食組について階段を下っていくと、一階の休養室に幽くんのポスターが貼ってあるのが目に入る。これも誰かが面白がって貼ってくれたものだ、いい迷惑だけれどさすがに言えない。 もうずっと片思いだった。 高校の帰り道、捨て猫を拾おうか真剣に考える彼に遭遇して恋に落ちて早数年。ギャップ萌えというやつに違いない。究極のギャップ萌えだ。金髪の不良が捨て猫を拾うってそれどこの少女漫画だよ!と声を大にして言いたかったけれど、イケメンだから仕方がない、絵になってしまうから。 彼以上のギャップを見せる男性には残念ながら未だにお会いすることはできなくて、私の片思いは終わることなく、もう長いこと続いている。事情を知る高校の同級生なんかにはもうそれ恋じゃないよだなんて言われるけれど、何でそう決めつけるのだろう。 一方的に想いを寄せているだけだから、嫌なことも幻滅させるようなことも起こらずに、ただ月日だけが過ぎていく。もうそれ絶対芸能人に対する好きと一緒だよ、とこれも何度言われたかわからない。なるほど、それが本当ならば、彼の実の弟である幽くんだっていいはずだ。 「わ!すみませんー」 ビルを出たところで、通行人のカップルにぶつかりそうになった。学生だろうか、気をつけなきゃダメだろー、なんて言いながら手を繋いで歩いていく彼らに、嫉妬さえ覚えてしまう。 私だってああして手を繋いで街を歩けたら! 「―、いくら平和島幽平と手を繋げないからってそんな睨んだらだめだろー」 「・・・・うっさいな!!」 やっぱり友達は正しいのかもしれない。 だって、私の好きな人もアイドルである平和島幽平と同じく、私が手を繋いで隣を歩くことなんて出来ないだろうから。 たったこんな小さな願い事さえも叶わないだなんて、ああ神様私が何をしたというのですか。 END シズちゃん好きだった子とか、絶対簡単には口にできなかったと思うんですよね。臨也も然り。臨也に恋心抱く乙女がいたかどうかは定かではありませんけれど(※褒め言葉) リクエストくださったあゆ様ありがとうございました。 12年05月12日 |