お手上げです、君には適いません。

   


「やーちょっと無理だなーその日部活で遅くなるし!」

 久々に春日部とやれるんだぜ!と、目をキラキラを輝かせて言う君に、私は反論できなかったのは仕方ないことだと思う。





 10月31日を過ぎてしまえば、早いことに街はクリスマスに向けて次々と姿を変え始めた。いつもは寂れて見える商店街も、めかし込んで一年で一番華やかになった。曾祖父の代から和菓子屋を営んでいる我が家も、和菓子屋だけれどお構いなく店内はクリスマスバージョンへと姿を変えた。何度見ても違和感を覚えるのは、どうやら私だけのようで、父も母も、それから祖母も、この時期はきらびやかな店内に大変ご満悦だった。
 12月に入ればその勢いはさらに増して、クリスマスツリーも飾り付けられ、夜の商店街をどうにか照らす街灯にもリースが括り付けられる。それを見て、ああ今年も終わるんだな、ということを実感するのだった。
 クリスマスとは、そういう程度のものだったのだ。

 けれど今年の私は一味違った。
 いつもはクラスの女友達と女だけのクリスマスパーティーの準備に差し掛かるところだけれど、今年は所謂恋人が出来たおかげで、申し訳なさ半分、優越感半分で、「ごめんね今年パス」と皆に言ったのだ。
 クリスマスと言えば、恋人同士のイベントである。
 クリスチャンではない私にとって、クリスマスはつまりそういうものだった。聖なる夜だとは残念ながらどうも思えない。
 信仰心はないけれど、ちゃっかりイベントには乗っかる日本人らしく、私もいそいそと恋人にクリスマス何する?と尋ねに行けば、あっさりばっさり断られた。
 部活と図りにかけられた結果、見事に惨敗したのである。

 別に部活をサボって欲しいとは言わない。
 同じく運動部に所属する身として、部活をサボるだなんて論外だし、まずそもそもそういう発想にすら至らない。部活にクリスマスなんて関係ないことも、致し方ないと思う。思うけれど。
 部活後にちょっと夜を一緒に過ごすとか、日付を変えるとか、そういうことをしてくれたっていいんじゃないの、とは思ってしまった。
 と、言うか、そう思ってしまうのは、全国の乙女共通だと思う。





「クリスマスに昼までダラダラ寝てるなんて何て寂しいんだろうね、この子は」

 二度寝までして惰眠を貪ってからリビングに顔を出すと、母に開口一番そう言われた。寝ぼけていた頭に、大きなダメージを与える一発である。

「・・・・うるさいな!仕方ないじゃん!部活忙しいみたいだし!」
「へえ、ふうん、そう」

 自分で振っておきながら、母は投げ遣りな返事を寄越してきた。もちろん私は返事を返さない。むしろその前だって返事をしなければよかったとさえ思う。

 野球をしている彼に、惚れたことは認める。
 試合中の彼は誰よりも輝いていて、どんな剛腕のピッチャーだって、どんなに頭の切れるキャッチャーだって、彼がバッターボックスに立てば霞んでしまう。
「でもだからってそれとこれとは別でしょ」と言ったのは親友のみいちゃんだった。中学生の頃から年上の彼氏と付き合っている彼女には、常に恋愛相談に乗ってもらっている。だから彼女には感謝しているし、私の恋愛経験なんて彼女のそれに比べたら素人同然の無いに等しいものだってわかってはいるけれど、こればかりは反論したい。



 全部、一緒だ。



 彼を語るのに、彼を説明するのに、彼と居るのに、野球は切り離せない。
 野球は彼の一部、よりも、彼は野球の一部、と言った方がしっくりくる。それくらい、融合している。

 そして、残念なことに、そういう彼に惚れた。

 そういう彼を、好きになった。

 聞きなれた着信音が鳴る。
 すぐに通話ボタンを押して、携帯電話を耳に当てる。ざわざわとした喧騒、パン、とグラブにボールが当たる音。

―!メリークリスマス!!!』

 弾けるような声で嬉しそうに言うのは、彼――田島悠一郎だった。

「・・・・」
『あれ?もしもーし??あれ?聞こえてない?』

 返事をせずに黙っていると、彼の後ろから「なんだ田島彼女か羨ましいなこのやろー!」とか「お前もう帰れよなんなんだよいちゃつきたいなら家でやれ!」とか「彼女さんすみませんこいつもうちょっと借りるんでー」とか色んな声も飛び込んできた。部活の休憩中だろうか。

「・・・・聞こえてるよ」
『おお!?だメリークリスマス!』

 もう一度、嬉しそうに彼は言った。

「悠ちゃん、今部活の休憩?」
『そうそう、練習試合と練習試合の間!』
「お疲れ、いいの電話してて」
『いいのいいの休憩時間だから何しててもおっけー』

 その理屈はどうなんだと思いながらも、彼ならば愛嬌で全部どうにかなりそうな気がしてくるから不思議だ。
 電話口で話す彼の声に、今日会えないことに対する申し訳なさとかそういう感情は一切感じ取れない。今が、楽しいみたいだ。
 良いことだけれど、やはり少しだけ寂しいと思ってしまう。寂しい、というよりは、悔しい、かもしれない。野球に私が勝てる日など来ないだろうし、来てほしくない、そう考えると、寂しいというよりは勝てない悔しさが勝る。勝るけれど、どうしようもない。

「悠ちゃん次の休みはいつだっけ」
『んー?日曜?』

 カレンダーを見遣る。

「会える?」
『もち!今日ホームラン打ったから、そのボール持ってく!あと、次の試合でも打つからそれも持ってくな!』

 何それクリスマスプレゼント?超ベタ、と私が笑うと、彼は『そこがいいんだろー』と得意げな声で言う。集合!と遠くで聞こえて、どうやら休憩時間が終わったことを知った。んじゃ行ってくる、と元気よく言う彼に、いってらっしゃいと言う。
 いってらっしゃい、という言葉が好きだ。
 送り出す、つまりここに帰ってくるのだと実感できる。

 電話を切った直後に、すぐにメールが届いて開いてみれば、まさかの田島悠一郎。
 添付ファイルが一つ。写メだ。
 わざわざ書いたのだろうか、Merry X’masと書かれた紙を持つ彼と、部活仲間の泉くんや巣山くん、三橋くんが映っている。





 05/12/25 12:25
 送信者:田島悠一郎
 件名:めりくり!
 ―――――――――――――――――――
 部活終わったら一番に会いに行くから!!

 -END-





 絶対に揺るがないだろう順位があるのに、それでもこうして私のことを考えていてくれる、それだけで。

 幸せです。

 だなんて、ああ、信じられないけれど。




END


田島くんなら野球優先しても怒らないよね。
でも多分阿部とか花井だと、なんていうか納得できなくてもやもやしちゃうと思うのよね。
頭ではわかっててもやっぱり普通もっと構って!ってなるもんじゃないですか。
田島くんならね、いいよね。リクエストくださった方ありがとうございました。

11年12月17日


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