「あんた誰?」
「・・・・・・・・間違えました?」







の上の虚壁







がちゃりと草灯宅のドアを不法侵入よろしく勝手に開け放つと、見たことのない少年二人が警戒心を剥き出しにして私をにらんでいた。
とりあえず表札を確認してみることにしてドアをぱたんと閉めてみたが、やはりここは我妻草灯の家だった。
か・ちゃ、ゆっくりと、かなり慎重に扉をもう一度開ける。同じようにくりくりとした目が四つ、私を見つめていた。

「・・・立夏、じゃ、ない」

心当たりのある小学六年生を思い浮べてみるものの、容姿は一致しなかった。

「キオと同じこと言ってら。あいつ、そんなに立夏の話してんの?」

ストレートの髪を腰のあたりまで伸ばしている少年が迷惑そうにそう言う。くせっ毛の少年も同じような顔で私を見上げた。

「いや、キオが勝手に草灯の鞄漁って写真見つけたのが原因っていうか。日々キオが青柳立夏について色々しゃべってるから」
「キオって立夏に会ったことあったっけ?」
「んにゃ、ないだろ。あいつ草灯にゾッコンだから妬いてんじゃねぇの」

くせっ毛の少年のその言葉にもう一人がけたけたと笑う。可愛いなぁ、そんなことを思いつつ、そもそもこいつらは何でこんなとこにいるんだと我に返った。


「きみたち、なんでこんなところにい「!ワリ、待たせた!」


言いおわる前にキオが後ろからひょっこりと現れた。両手にはすき焼きの材料が五万と入ったビニール袋をぶらさげている。
今日は草灯の家ですき焼き大会を行う予定だった。例によって学校を休んだ草灯に説教でもしてやろうとキオが提案したのだ。草灯みたいな人間に説教をする気はかけらもなかったが、すき焼きには興味があったのでやってきたのだけれど。

「キオ、この子たち、何?」
「瑶二と奈津生。ストレートが瑶二」
「いや、名前じゃなくて、なんでこんなところに子供がいるのよ」
「オレだって知らねーよ。気付いたらいたんだもん。おら、今日はすき焼きだぞー!」

そう言うとキオはビニール袋を少年たち――改め瑶二と奈津生に押しつけると、二人の頭を上からべちゃりと叩いて部屋の中へと入っていく。
親しげに瑶二たちがキオにくっついていくのを見ると、キオは何度か彼らと会っているのだということがわかる。
何がなんだかよくわからないまま、私はお邪魔しますと一応口にして家の中へ入った。
入ってみれば見覚えのない生活用品が二つずつ増えている。なんとびっくり、ベッドまで用意されていた。
なるほど?どうやらあの二人はここに住んでいるらしい。
しばらくほうけているとキオから野菜を切れとの命令がくだった。

「いーよキオ、俺がやる」

私が台所へ入る前に、奈津生がそう申し出て、言いおわる頃にはねぎを切り始めていた。
トントントン、慣れた手つきで食べやすい大きさに切り分けていく。

「キオさん、私やることがない感じなんですけど」
「瑶二と一緒にその辺に座ってれば?役立たず同士会話に花を咲かせてなさい」
「だってさ、瑶二そこの座布団とって」
「役立たずとか言われてるのにあんた言い返さないの?」
「別に、キオにとって役立たずでも全然困らないし」

瑶二こそいいの?と聞けば、オレはサクリファイスだからー、と返された。なんだサクリファイスって。
差し出された座布団に座って、とりあえずテーブルの上にあった小皿を分けていく。瑶二は箸を取り出して真ん中にまとめて置いた。

「サクリファイス?」

顎を机の上に乗せてリラックスの態勢を取りながら私はちらりと視線を瑶二に向けた。背筋を伸ばして座っている彼に見下ろされる形になる。
面倒臭そうに目を細め、あー、と瑶二は潰れた声を出した。

「あんたさぁ、草灯と立夏の関係知らないの?」

思いもよらなかった言葉に私は目を見開いた。
草灯と立夏くんの関係なんて、ストーカーする側とされる側だと思っているので、関係も何もないと信じている。

「えーと、危ない関係。」

ぎゃはは!瑶二は大きな口を開けて笑った。

「あながち間違いじゃないかも!大学生と小学生だからな!でも残念、オレが期待してんのはそんな答えじゃないんだな」
「えー、じゃぁわかんない」
「それじゃサクリファイスの意味教えんの時間かかるから嫌だ。あ?そもそもサクリファイス知ってりゃ草灯と立夏の関係も知ってるか。どんまーいおねーさん」

そして瑶二は本当に興味がなくなったようにコロリと話題を変えて一人で楽しそうに笑い始めた。

草灯と立夏くんの関係ってなんだろう。

ぼんやりと考える。

キオは知っているんだろうか。
知らなさそうだな。



「サクリファイス」、英語ならばsacrifice、犠牲、だ。
犠牲?誰が?瑶二が?違う、草灯?立夏くん?



「どっちが犠牲?」

気が付けばぽつりとそうつぶやいていた。瑶二の動きがぴたりと止まる。ぐつぐつ、トントン。料理をしている一定のリズムを刻む音が心地良い。

「草灯と立夏ってこと?」
「そう」
「ちなみにあんたはどっちだと思うの?」
「立夏くん」

はっ、意地悪く歪めた口から出てきた笑いは、果たして私に向けられたものだったのかどうか。

「当たり。立夏はサクリファイス、草灯は戦闘機」

戦闘機?聞き返したかったけれど瑶二がこれ以上説明をする気がまるでないことくらい私にもわかったので、おとなしく引き下がることにする。じ、と瑶二を見つめていると眉をひそめて不機嫌になった。

「あんたさぁ、草灯が好きなの?」
「そうだよ」

ははっそれって最高!瑶二は笑う。
ちょうど、まだ煮込んでない状態のカットされた野菜を持ってきた奈津生が興味深そうに瑶二を覗き込んだ。
するり、野菜を置くために後ろから伸ばされた奈津生の右腕を瑶二は自分の首へとスリ寄せる。続いて反対側の腕も、左側に持ってきた。抱かれるような体勢になる。
瑶二が少しだけ顔を右上にあげると奈津生は瑶二の額に唇を落とした。

「オレがサクリファイス。奈津生が戦闘機」

今度は瑶二が奈津生の首に、ちゅ、と小さく音を立ててキスをした。
おまえらは本当に小学生か、とか、そもそも男同士じゃないのか、とか色々言いたかったけれど、あまりにも二人の動作が自然に見えて、言うのは馬鹿らしく感じられた。



繋がっている。



「これがサクリファイスと戦闘機だよ。離れられない離れない離せない離さない。」

草灯と立夏も、おんなじだよ。

目を細めて笑いながら瑶二は言った。奈津生が、何あの二人の話してたの?と驚いている。

「できたぞー席につけ!」

キオの声で瑶二と奈津生はお互いから離れた位置に座った。間にキオを入れるつもりらしい。

?どうした?」

鍋を持ったキオが不思議そうな顔で私を見る。
なんでもない、小さく言うと、キオはさらに首を傾げた。
なんでもない、自分に言い聞かせるようにもう一度その言葉を舌に乗せる。

瑶二と奈津生を見て感じた感情はしばらくの間封印しておこうと思った。


がちゃり、草灯が扉を開けた音が、心の中に鍵をかける音に聞こえた。


――――草灯と立夏も、おんなじだよ。


END
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07年09月22日


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