紅葉が綺麗な季節になった。
紅葉を見て、彼が『彼』を思い出しているのを、私は知っている。







を探す






いつも自分では起きられなくて、ひしぎ様の恐ろしいほど冷たい声で起こされるのが日課だった私が、今日は めずらしく自分で起きた。外を見れば、太陽の位置が低くて、まだ、私が活動を開始するには早すぎる時間だ とわかった。かといってここでまた寝てしまえば、いつも通りひしぎ様が起こしに来ることが目に見えていた ので、しかたなく私はもそもそと布団から這い出した。
隣で寝ている父様と母様を起こさないよう、そぅっと部屋から出る。廊下はまだ薄暗くて、なんだか気持ちひ んやりしているように感じた。
突き当たりを右に曲がって、もう一度右に曲がり、共同の水道へと向かう。冷たい水で顔を洗うと、寝ぼけて いた意識がだいぶはっきりとした。
その廊下をそのままさらに進み、突き当たりの少し前の右側の壁を軽く蹴ると、隠し扉が開いた。部屋の中に 入ると、さらに隠し扉があり、その奥が私の部屋になっている。この手前の部屋は母様の部屋で、敵が侵入し てきた時に私だけでもはやく逃げられるようにとの、父様の提案からだった。自分の部屋に入るといつも着て いる服に着替え、伸びてしまった髪を結い、再び廊下に出た。
階段を下り、庭園に出る。綺麗に整理されたこの第二庭園は私のお気に入りだ。紅葉の木がたくさんあって、 秋には綺麗に赤色に染まる。いまがちょうどその季節で庭園は見事な朱色をしていた。朝日の差し具合もまた 絶妙で、紅葉の朱が綺麗に浮かび上がっていた。
何となく視線を泳がすと、銀髪の少年ーと呼ぶには少し大人びているかもしれないけれどーが目に入った。彼 の姿を見て、私はふっと微笑んだ。




辰伶。




初めてひしぎ様に会ったのもこの庭園で、私はまだ六つだった。壬生一族以外の人にはまだ出会ったことがな かったし、生まれた時から私は紅の塔の住人だったから、その時の私はひしぎ様の隣にいる太白様の肩に乗っ ている、私たちと違う姿をした子供達が何ものなのかわからなくて、何かひどいことを言ってしまった。その 時太白様は困ったように少しだけ笑って、やはりまだ会わすのは早いんじゃないか、と言って、出ていってし まった。ひしぎ様は相変わらず無表情のままで、私を見、会わせたい人がいるので付いてきなさいと言った。
初めて見た、太四老だったから、子どもだった私は怖くて仕方がなくて、その場で泣き出してしまった。進み かけていたひしぎ様が驚いた顔をして戻ってきて、私の頭をなでてくれた。それでも泣き止まない私を見て、 ひしぎ様は待っているんだよ、とだけ言って出て行ってしまった。しばらくすると、ひしぎ様は吹雪様と戻っ てきた。不思議と先程感じた恐怖感はなくて、一人じゃなくなったことに安堵した私はひしぎ様に抱きつい た。今考えるとなんて身の程知らずなことをしたんだろう・・。
私がそうやって泣きじゃくっていると、吹雪 様の影から一人の男の子が現れた。



「吹雪様、この子が吹雪様のおっしゃっていた子ですか?」



それが、私と辰伶の出会いだった。
初めてできた、同年代の友達。いつでも辰伶にくっついて回った。辰伶が五曜星に入ってからはほとんど会え なくなってしまったけれど。




辰伶を見ると何だか心ここに有らずといった感じでただ一点だけを見つめていた。その視線をたどってみれば 一際紅い紅葉の木が一本。私はふと、昔辰伶の言っていた言葉を思い出した。

「紅を見ていると奴を思い出す。だから嫌いだ。」

五日前にケイコクが五曜星を抜けたと知った。

原因はどうやら鬼の子たちとの戦闘が本格的に激化したことに関係しているようで。昔ケイコクはやっぱり五 曜星を抜けると行って壬生一族から離れていって鬼の子とちと行動を共にしていた時期があった。
けれど結局その後ケイコクは一度戻ってきて、また五曜星の位置についた。
たぶん、辰伶が落ち込んでいるのは、ケイコ
クに裏切られたと思っているからなのだろう。一度目の裏切りの時だって辰伶はしばらく落ち込んでいた。
でも。
あの時よりもっと落ち込んでいるのは、きっと。

辰伶とケイコクが異母兄弟だと、知ってしまったからなのだろう。

私たちの家系は代々、壬生一族の歴史編纂を仕事として生きてきた。特殊なとある方法を使って、自分の生き ている時代の全ての事実を知ることができる。自分でこう言うのもなんだけど、私はその中でも能力が抜きん 出ている。知らなくていい事実まで知ってしまう。
だから。
二人が兄弟なのは、大袈裟に言ってしまえば、生まれた時から知っていた。
たぶんこの先、そう遠くはない未来で、辰伶とケイコクが戦わなければならない時も来るのだろう。

血をわけた、兄弟同士での。

辰伶はどこまでも単純馬鹿だから、きっと今のこの崩壊しかけた壬生一族のことを信じていて。ケイコクはそ んな兄が許せないんだろう。私は実際にケイコクと話したことはない。ただ、辰伶と同じ、五曜星の、火、担 当の男の子、というくらいの認識だ。
はたから見れば。
けれど私は、ケイコクのことは何でも知っていて。
私 の能力は本当に最低だと、よく思う。別に壬生一族全ての人のプライベートなことがわかってしまうわけでは ない。けれど。私が知りたいと思ってしまった人は、私が少しでも興味を示してしまった人は私の能力の餌食 となる。不幸中に幸いと言うならば、私が知ることができるのは事実だけだということ。人の心がわかるわけ ではない。
辰伶が今何を考えているのかなんてわからないけれど、でも、最近その事実を知ってしまったことだけは確実 で。たぶん自分の中で葛藤があるのだろう。

小さいころから辰伶だけを見て育ってきた。
辰伶がどれだけの忠誠心を持って吹雪様に仕えてきたか、どれだけ壬生一族を愛してきたか知っている。
だから。
今こうして辰伶が例え落ち込んでいても。
私は彼に何もしない。
何も声をかけない。
ケイコクがどうするのか私にはわからないけれど。




私の知ってる辰伶はそんなことで自分の信念を曲げたりしない。




私は辰伶にバレないようにそっと庭園を出た。
もう随分高く上がった太陽を見て少しだけ愉快になった。


END
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
辰伶は純粋なので、ほたるに間違っているって言われた時は結構ダメージくらったと思います。
彼は私の中でスポンジみたいなイメージがあるので。何でも全て吸収しちゃうかんじ。
自分の意見貫き通す割には他人の意見を考え込んじゃうタイプ。

05年12月18日


back