たとえ守れなくてもそれが嘘でも、約束、して、欲しかった。







とえ果たされなくても







「鬼の子たちと闘いに行かれるのですか?」

何も言わずに出かけようとしていたひしぎに私は声をかけた。
ドアに手をかけようとしていたひしぎの動きが止まり、少し間を開けて彼は言った。

「えぇ。すぐそこまで、もう彼らは来ていますから。」
「そう。」











私は元々、ひしぎの実験体の一つとして、この塔に連れてこられた。
私も、他の者たちのように実験の使われて、その後は同じように処分される運命だったことは間違いない。彼が唯一処分し損ねたNo,13御手洗灯吉朗もとい灯さん。色 んな人がひしぎを責めたけれど、彼はいつも無表情で「スパイに向かわせただけですから」と言っていた。吹雪さん以 外の人々はその言葉を信じていたようだけど、私にはそれが嘘だとわかっていた。

灯さんといる時の楽しそうなひしぎ。

いなくなって寂しそうなひしぎ。

ひしぎの感情に同調していた私。そんな私を見て、彼は、少しだけ笑って「変な能力ですね」と言った。
ここにはたくさんのシャーマンがやってきていたから、色んな能力を持った人がいた。だから別に彼がその言葉を言ったことには驚 かなかったのだけれど、優しく笑った彼を見たことがなかったから、私はそっちに驚いた。

気がつけば私は実験室から他の部屋に移されていて、そこで生活するようになった。とくに何かするわけでもなく、た だ、生きているだけの日々。いつか何か大きな実験を考えているのだろうか、と私は割とどうでもよくそんなことを考 えていた。

「何で私はここにいるのですか?」

いつだったか、私はひしぎにそう訊ねた。

「何か実験をしないのですか?」
「あなたには、既に実験道具になってもらっています。」

結局どんな実験なのか私には教えてくれなかった。
まぁ、でもとりあえず、私は実験体として扱われているんだということは認識できた。不思議とあまりショックを受け なかった。彼にそう言われた時に私の中に冷たい感情が芽生えなかったからだ。つまり、彼は私をただの道具としか見 ていないにせよ、関心がないわけではないとわかったからだ。無、というわけでもなかった。どちらかというと暖かか った。

私はひしぎと同調しているから彼が悲しければ悲しいし、彼が楽しければ楽しかった。さんざん色んな人が彼を冷血人 間だと罵ったけれど、私にはそれがわからなかった。そんな感情を一度も彼から受けたことはない。

いつも優しかった。

親友ー吹雪ーのために。

確かに彼は『今の』壬生一族を憎んでいて、その憎悪は本当に果てしない物だったけれど。

でも、いつも優しかった。

哀しみの中にある、小さな優しさ。

見逃してしまいそうになるほどの。

でも、一度も消えたことのない、優しさの光。











だから、今のこの感情には少し驚いていた。
哀しい、旋律。
哀しみ、だけ。
消えたことのない優しさが、初めて、消えた。

「何に哀しんでいるのですか?」

私がそう言えば、彼は驚いたように振り返った。

「哀しんでいる・・・・?私が・・・?何に・・・?」
「さぁ。でも私の中に流れ込んでくる感情は哀しみだけです。」
「そう。貴方が言うならそうなんでしょうね。」

本当に彼にもわからないようだった。彼にわからなくて、私にわかる、はずが、ない。
ただ、この途方もない哀しみは、もしかしたら。

「時間がないので用がないのでしたら行きたいのですが。」
「・・・・・何も、ないです。」









「また、後で。」









私のこの言葉に、彼は返事を返してくれなかった。

守れない約束はしない人だから。












この途方もない哀しみは、もしかしたら。











たぶん彼の大切なものへの、











追悼の、意。


















ー初めまして、。私の名前はひしぎです。ー

END
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ひしぎさん、大好きでした。
吹雪と一緒に逝けて、よかったな、と思います。

05年12月18日


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