部活動の、帰り道。
有名私立校に、世に言うスポーツ推薦での入学を果たした私を待ち受けていたのはもちろんきらめき青春ライフなんかじゃなく、汗と涙しかないスポ根生活だった。もう大分慣れてきたとは言えど、これを楽しいだなんて言葉で形容できる日は一生来ないに違いない。
とにかくふらふらとした足取りで最寄り駅から家までの道を歩いていると、急に後ろから何かが崩れるように寄り掛かってきて、疲労困憊の私はその重みに耐えることなど出来るはずもなくそのままべしゃりと地面へ傾れ込んだ。最早声を上げることさえ億劫で黙って倒れこんでいたのだけれど、悲しいかな、私の上に乗ったままそいつは動かない。
それが何故人だとわかったかというと背中期しにゆっくりめの鼓動がしっかりと感じられたからだ。
こんなことをやる人間は一人しか思い浮かばない。



「ゆーき、」



重い、と続けようとして面倒だったので言葉を切る。ぺちぺちと、私の顔のすぐ側にだらんと放り出されている二の腕を叩くと、僅かにそれを動かした。

「・・・ゆーきってば。要とかに見られたらまた色々言われるよ。冬樹だっていつ通るかわかんないし、まずどいてよ」

それから少しだけ間が合って、のそりと祐希はその体を持ち上げる。そのまま立ち上がるのかと思いきや、私の左側に移動しただけだった。顔を突き合わせる形になり私はその頬を二度叩くとゆっくりと起き上がって、制服を叩いた。

浅羽祐希とそれから双子の兄の悠太と、春と要は私の幼なじみだ。
とは言っても私だけは幼稚園も小学校も中学も高校も違うから、彼らからしたら私は幼なじみではないのかもしれないけれど。
浅羽兄弟は家が隣同士なこともあって、たぶん彼らの中で一番関わりが深いと思う。
何を考えているのかわからないと言われがちな祐希のことだって多少のことならわかるわけで。



「悠太となんかあったの?」



私が聞くと、祐希はやっと体を起こした。
陽はもうとっくに暮れていて、空を仰ぎ見れば一番星が光っている。
人気のない住宅街。ぽつりぽつりと光る薄暗い街頭と、三日月よりも小さい月。青白く見える祐希の顔は、やっぱり無表情で、不安になって私はもう一度名を呼んだ。

「ゆー、・・・っ」

途中まで出た言葉は祐希の右手で遮断され、そのままずるずると側の公園へと引きずり込まれた。塗料を塗り直したばかりらしい青い滑り台の後ろにある、木製のベンチにがたんと祐希は座った。私が右手首を捕まれたままどうすることもできずに祐希の前に立ち尽くしていると、そのままがくんと引っ張られた。突然加えられた力に逆らえず祐希へと倒れこむ。





キスを、されるのかと思った。





近づいてきた祐希に驚いて咄嗟に横を向くと、頬にキスされる。
頬に感じた暖かさで、私の勘違いではなかったことを確信した。ゆーきっ、と短く名前を呼んでも、それは止まらない。下を向いて目を瞑ると今度は額に柔らかい感触。
何度目かのキスが唇の端を掠めて、私はありったけの声で叫ぶ。



「、祐希っ!」



同時に力一杯手で彼を押し返すと、祐希は力をふっと緩めた。
ぼんやりとした表情を、上から見下ろしてみても、彼が何を考えているのかなんて皆目見当がつかない。しばらく私をじっと見つめていた祐希は、ぱちぱちと何度か瞬きをして、それからごめんと謝った。

何がどうなって祐希があんな行動に出たのかなんて知らないけれど、でも何かあったことだけは明白で。

だから尋ねるなんてそんなことはしない。私は祐希の隣に静かに腰を下ろすと、黙って空を見上げた。

「ゆーたがね、」

ぽつり、降るように祐希の声が耳に届く。私は返事は返さずに、顔だけを少し祐希へと向けた。

「付き合い始めたみたい、高橋さんと」

予想だにしていなかった内容に、思わず「は?高橋さん?」と聞き返すと、祐希は相変わらず無表情のまま「ゆーたのクラスメイト、可愛いよ」と言った。

「しかも言ってくれないんだよ、ひどくない?」

じゃあ何で知ったのと問えば、さらりと「つけた」と返される。

もともと依存が強い二人だなとは思っていた。だけど双子なんてそんなものなのかなと思って今まで特に気にしたこともなかった。
考えてみれば兄弟というものは、いくら仲の良い友達だとしても踏み入ることの出来ない不思議な関係にあると思う。それが双子で、しかも仲良しで、生まれてからこの方通った学校さえも違ったことのない二人ともなれば、私が思っていたよりもずっとずっと特殊なのかもしれない。
目の前で行き場を失った子供みたいな顔をしている祐希に、私はなんとなく手を伸ばした。

「ちょっと、まさかさっきの行動それが関係してるとか言わないよね」
「言うよ」
「なんで」
「淋しいから、かな。わかんない」

いらいらしててなんかさみしくて、そしたら目の前にがいたから、俺とがくっついたらゆーたもさみしく思うんじゃないの、みたいな。

じ、とあのガラス玉みたいに綺麗な祐希の目に見つめられて、私は思わず身構えた。それから思いっきり祐希の頭を叩くと、痛いと抗議の声があがった。
そういうことは好きな子としなさい、そう言えば不満そうな声で「いないもん」、祐希はそっぽを向いた。



馬鹿、



光る一番星目がけて呟くように言った私の言葉の意味なんて、きっと祐希はまったくわかっていないに違いない。










 









END
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ゆーき好きです。でも先生も好き。要も好き。

09年06月28日


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