「あぁ、さん、お久しぶりです」 私の住む町の外れには、小さいけれどきちんと信仰されている神様がいた。その神様がいらっしゃる神社は石段を上った丘の上にあって、近所の子供たちの遊び場になっている。神社の後ろは鬱蒼と生い茂る森があり、唯一の入り口と繋がっている石段は、町の中にある。森から神社を目指すのはそう簡単なことではないし、町に繋がる石段を途中から登ることはできない。だからこそ親たちは安心して神社で子供たちを遊ばせることができるのだと思う。もちろん、神様のご加護もあるのだろうけれど。 今年で数え年15になる私は、小さいころによく遊んだその神社に行くのが大好きだった。太陽が沈みかけてから完全に沈むまで町の色の移り変りを見ているのだ。赤から紫へ、そして闇へ。 そこで知り合ったのが宗次郎さんだった。こちらは幼名で今は総司さんと言うらしいのだけれど、子供たちからは宗次郎と呼ばれていたので、私はそう呼んでいる。実は総司という名前は最近知ったのだけれど今更変えるのも憚られるし、それに私が総司さんと呼ぶと何故か宗次郎さんは照れたように、幼名のままでいいと言うのだ。他の人から宗次郎と呼ばれるとすぐに子供のように拗ねるのに、やはり恥ずかしいのだろうか。 今日も夕飯の支度を整え、母が帰って来るのを待ってから、私は神社に赴いた。そうするといつも通り宗次郎さんが子供たちと無邪気に遊んでいるのが見えた。私に気付いたらしい宗次郎さんは鞠つきをしていた女の子に何か声をかけると私の元へやってきたのだ。 「お久しぶりです。ここのところはすれ違いが多かったみたいですね」 私はゆっくりと宗次郎さんに近付きながら、そう言う。 二人並んではしゃぎ回る子供たちの間を縫うように進む。座るのにちょうど良い形と大きさの岩まで辿り着くとそこに腰を降ろした。 「そうですねぇ、私も何かと忙しかったですから」 「何か、やらなければならないことでも、できたのですか?」 私が問うても宗次郎さんは曖昧に微笑むだけだった。 美しい人だと思った。 はかない人だと思った。 もっとこの人のことを知りたいと思った。 そう思った時には恋に堕ちていた。 宗次郎さんのどこに引かれたのか私にもわからないけれど、他人と一線引いているその態勢が一つの要因であることは確かだ。 誰とでも別け隔てなく接し、すぐに打ち解けるのに、最後の一歩は決して踏み込ませない、そんな感じ。 私の思い違いかもしれないけれど、彼がそうする理由は、自分の奥を他人に見られたくないと言うよりも、自分の中に他人という色が混ざるのを拒否しているように見えた。 あの笑顔が、全てだとは思えない。 「さんは、この町が好きですか?」 宗次郎さんは子供たちを見る目を愛しそうに細めた。 はい、と私が答えると、私もです、と宗次郎さんはしきりに頷いた。 「でもね、私はこの町自体が好きなわけじゃないんです」 宗次郎さんは言う。 「この町に、大好きな人たちがいるから、この町が好きなんです」 子供たちが帰る時間がきた。 わいわいきゃあきゃあ、宗次郎さんに群がっていく。 また明日も遊んでね!明日はうちと遊ぶんだよ! 子供たちの声が響く。 にこにことした表情で彼は手を振っていた。入り口まで送って、それから子供たちが全員石段を下り終えるのを見届ける。 町が真っ赤に染まっていた。 宗次郎さんの、大好きな人たちがいなくなるのだろうか。 真っ白な浴衣を夕陽で真っ赤に染めた宗次郎さんがこちらに向かって戻ってくるのを見つめながらそんなことを思う。 「さん?何ですかぁ?そんなに見つめて」 「いえ、別に、真っ赤だなと思っていただけですよ」 「真っ赤?ああ、夕陽ですか。ふふ、血みたいですよね」 え?私がそう聞き返す前に彼はさらに、この色大嫌いです、と言った。 「染み付いたら、抜けませんからね」 だから受け入れるしかないんです、宗次郎さんはまるで自分を卑下するように笑いながら私の目をしっかりと見て吐き捨てるように言った。 それでも構わないんですけどね、そうさらに続く。 この言葉の後に、大好きな人たちのためなら、そんな言葉が隠れているような気がした。 ああ。 宗次郎さんは、この町を出ていくのだ。 大好きな人たちが出ていくから。 そしてきっと、それには赤に染まる覚悟が、必要で。 (そうだ、宗次郎さんは武士の子だ。) 「笑いますか?赤が嫌いなのに、赤にだけ染まることを許す私を」 「いいえ」 私は宗次郎さんに恋をした。 貴方のためにできることがないのなら。 ないのならいっそ。 |
END ++++++++++++++++++++++++++++++++ 10000hit御礼企画より お題配布元be in love with flower 08年08月04日再録 |