幼なじみで世界で一番慕っていて、そして世界で一番愛している辰伶が、歳世を特別視していることくらい私にもわかっていた。 初めてそれに気付いた時は別になんとも思わなかった。私が辰伶の一番であることは絶対に揺るがない事実だと思っていたし、仮に辰伶が歳世を愛していても、最終的には私の所へ戻ってきてくれるという自信があったから。 それなのにある日、抜けるような青空を見上げていた私は突然絶望に襲われた。 不思議な感覚だった。どこか暗い穴に落ちていく感覚。肩ががくんと下がったような気がした。 涙が頬を伝っていく。 見上げた空が、私をわらっているように見えた。 「?」 辰伶が文を書いている手を止めて私の顔を覗き込む。小さく微笑んで、なぁに、と言うと、ごにょごにょと彼は何かを言った。 反射的に言ってしまったのだろう、返事に困っている。 辰伶が鬼目の狂たちの元へ向かっていってしまう一日前。昼食後の空き時間を狙って私は予約なしに辰伶の部屋を訪れた。扉を開けた時の辰伶の驚きの顔は幼なじみの私から見ても稀少価値のあるものだった。しかしそれも少しの間だけで辰伶はすぐに私を招き入れた。この行動にも苦笑してしまう。 こつん、辰伶の肩に頭を預けると、彼はもう一度私の名前を呼んだ。先程と同じように返事を返せばすぐ横には怒ったような彼の顔。 辰伶と私の距離、ゼロ。 それなのに決して掴むことのできない、彼の心。 壬生一族にできないことはないんだよ、と時人さまが誇らしげに言っていたけれど、あれは嘘だった。 何であんな自信があったのだろう。 もっと早くに気付くべきだった。 辰伶が私に歳世を紹介した時に。 辰伶が照れたように笑いながら歳世の話をした時に。 歳世が、この世から、去った時に。 ねえ螢惑。貴方ならなんと言って辰伶を慰めるんだろう。 きっと傍から見ればひどい言葉なのだろうけど、 たった一人の兄弟だから、 「・・・、いい加減、邪魔だ」 「えー、いーじゃーん」 「駄目だっ!上手く字が書けんだろうがっ!」 乱暴に揺らされ、私は危うく顔面から机に突っ伏しそうになった。寸での所でなんとか留まるとそのまま一気にもとの位置まで戻る。思った通り、驚いたらしい辰伶が変な声をあげた。 こうして、辰伶とふざけ合える女の子は世界中を探したって私だけだ。それを誇らしく思う反面、悲しくも思う。 辰伶はもともと女性に対するマナーを持ち合わせている人間だ。その彼からまるで子供か男友達のように扱われるのはきっと女として見られていない証拠であって。 一番近いのに、一番遠い。 辰伶を残して去っていった歳世に、たくさん聞きたいことがある。 ねぇ、なんであなたは彼の一番になることができたの? なんであなたは女性として認められたの? 私に足りないものは、何? ぎゅ、とそのまま辰伶に抱きついて離さない。辰伶は困ったように大きく一つため息をつくと、ことりと筆を机に置いた。 彼が動いた気配がする。普段の私ならば絶対にしない行為に、辰伶はどう出るのだろうと一人考えていると、ふわりとした温かさに包まれて、私は驚いた。 ぎゅう、私の力よりも強く、彼は抱き締め返してくれる。一定のリズムで波打つ心音が心地よい。 「・・・どうかしたのか、」 彼のいつもよりも甘く低い声に不覚にも涙が出そうになった。私はこんなにも愛されているんだと確信しながらも、その愛の大きさ故に覆ることのない愛のベクトルを恨んだ。 家族愛。 辰伶と螢惑が人一倍その絆を大切に受けとめていることくらい私も知っている。 その辰伶が、私にそれを注いでくれているのだから、むしろ喜ぶべき事なのだということもちゃんと理解している。 それでも、 やはり、 私を女として愛して欲しかった。 「、体調が悪いのか?」 「違うよ、何でもないの。何でもないからもう少しだけ、このままでいて」 鬼目の狂との戦いが終わったら、真面目な辰伶は間違いなくこの腐りはじめている壬生を救うために動くだろう。その時もきっと側で支えているのは私だけれどそれが彼にとってどういう存在としてなのかも、ちゃんとわかっている。 この関係に、彼からの愛に、現実に、傷を付けることだけはできないから、私はこの想いに蓋をする。 ある日突然始まって、ある日突然終わってしまった恋心。 消し去るのには覚悟と時間が必要だ。 だから辰伶が戦っている間に、私も自分自信と戦ってみようと思う。 「・・・」 再び彼から名を呼ばれたが、私は顔を上げなかった。 「俺にできることは?」 ふるふると首を横に振る。 今日だけだから、小さく呟いたその言葉は彼の耳に届くことなく静かに消えた。 ああ神様。 最初で最後の我儘を、今使うことは許されないのですか? たった一つ、 |
END ++++++++++++++++++++++++++++++++ 10000hit御礼企画より お題配布元be in love with flower 08年08月04日再録 |