どちらかと言えば昔から突拍子もないことを言いだすタイプではあった。日向順平という男は、真面目だけれど大口を叩く。お前それ無理だろう、みたいな目標を、割と平気な顔をして宣言する。中学時代で言えば、誰も信じなかったけれど「キセキの世代を倒す!」と息巻いていた。結果として、彼はそれを実行することはできなかったわけだが、そのための努力を惜しまない人間だった。だから大口を叩かれても、どんなに大層なことを言われても、不思議とその気にさせられてしまうのである。 そして、それは高校になっても変わらなかった。 「来年日本一になることになりました」 「いやお前何15歳になりましたみたいなノリですごいこと言ってんの?」 伊月俊が部活動に顔を出せば、会って一番、キャプテン日向にそう宣言された。後ろからやってきた監督、相田リコも何故か大きく頷いている。 相田リコは中途半端が嫌いだ。それは、伊月もよくわかっている。けれど、こうして前触れもなく日向がそんな発言をしたら、驚くくらいの反応は見せていいはずだ。しかし彼女は頷いた。どうやら、相田は何かを知っているらしい、と伊月は判断した。 「なるったらなるんだよ」 「そりゃ来年なれれば誰だって苦労しないっつの。別に再来年でもいいだろ、なんだよ、突然やる気が200%になって」 そりゃこれから王者との試合があるわけですからありがたいですけれども、伊月は自分のバッシュを磨きながら、既に興味を失い始めた話題を、適当に流し始めた。が、もちろんそれを日向が許すはずもなく、目にも止まらぬ速さでバッシュが消えた。つまりは、取り上げられた。 「・・・・・・・・」 「・・・・・・・・」 「・・・・・・・・」 「・・・・木吉の足そんなに悪いのか?」 「そっ、・・・・れとこれは関係ねえ」 「いや今明らかに動揺したでしょ」 はあー、と長い溜息をついて、日向は陽の当たらないベンチにゆっくりと腰かけた。伊月から取り上げたバッシュを適当にこねくり回しながら、はあ、ともう一度、今度は短くため息をつく。どうすべきか判断しかねているのか、相田は伊月の後ろから動く様子はない。 「勝手に消えやがって。あの後木吉のところに行ったんだろ?」 「・・・・怒ってんのか?」 「怒っちゃいないけど。入学当初の日向を思い出してイラっとはしてる」 「思い出す必要はないよな・・・・?」 当時日向は荒れていた。 荒れていた、というよりも、いつも何かにぶつかっていた。もちろん、物理的な問題ではない。「わかんないんでしょうよ」と当時相田は言っていた。中学時代の日向を一番側で見ていたのは彼女だった。バスケットから去ろうとする日向を見て、おそらく最ももどかしい想いを抱え、苛立ち、心配していたのは、彼女だった。伊月はそんな二人を見て、ああ変わらないなあ、といっそ感心していたのだけれど、当の本人たちはきっとあれで必死だった。だから、何も言わなかった。言わずに、木吉の作ろうとしていたバスケ部に先に籍を置いて、待っていた。 絶対に来ると、思っていたからだ。 そうして、日向を連れて来られるのは自分ではないことも、よくわかっていた。 だから、待っていた。 待つ、という行為には、相当の信頼が含まれている。 その場にいない、そこに見えない相手を、自分の時間を削ってまで、自分の精神をすり減らしてまで待つのである。大げさだろうか、いや、そんなことはない。少なくとも待っている間は、相手のことを忘れることはない。忘れてしまえばそれはもう、待つ、という行為ではなくなってしまう。それだけ、相手のことを考えなければならないのだ。程度の大きさは異なるにしろ、それは紛れもない事実である。 伊月が日向を待っている間、どれだけ彼のことを考えていたかというと、それは確かに朝の連続テレビ小説ドラマ以下の時分だったけれど、それでも考えていた。そういう程度には、信頼していた。日向順平を。 「それなのにそうやってすぐ、」 お前は俺に隠し事をするね。 言う代わりに、バッシュを取り上げる。「ほら、さっさと部活始めないと、まずは三大王者倒さないと始まるもんも始まらないだろ」、体育館の扉を開ける。相田が何かを言いたそうに伊月を見上げているけれど、視界の端でそれを確認しながら、彼は気づかなかったふりをした。 すぐに、日向が追い付いて、隣に並ぶ。 「頂点取んぞ」 手を置かれた肩が、ギリ、と音を立てて痛んだ気がして、伊月は返事をするのを忘れた。 |