周囲が青峰に諦め始めた事に、いち早く気付いたのはおそらく黒子だった。ついで赤司。桃井、緑間、紫原と黄瀬。そして多分、自己防衛のために気づかないように気づかないようにと目を背けていた青峰が気づいてしまった時には、手遅れだった。

 お前、よくあんなのと一緒にいられるな。

 最初に言われたのはそんな言葉だった、と黒子は記憶している。練習試合だったはずだ。友人でも知り合いでもなかった。初めて会った相手で、顔も名前もわからない。ただ、そのユニフォームから、ああさっき大差で僕たちに負けたところだな、と判断できただけである。
 この時はまだ、青峰とて「ちょっと」人より抜きんでてバスケが旨い、くらいの少年だったはずだ。天才たちがどんどん開花していく様を、黒子は一番側でリアルに感じてはいたものの、その時はまだ、帝光中学バスケ部という世界に、小さなひびが入ったくらいだった。
 思えば青峰に直接言うのではなく、黒子に向けてその少年が言ったのは、天才の青峰に面と向かって「貴方はすごいですね僕らはとてもとても適いません」と言うことが、プライドが邪魔をして出来なかったからなのだろう。それでも帝光が圧倒的な強さを誇っていたことは変わらず、悔し紛れに嫌味のひとつやふたつ、言いたくなったに違いない。まだ、相手チームに、絶望は無かった。純粋な敗北だった。
 黒子はすぐにその真意を正確に読み取り、はあ、と気の無い返事をした。少年は言いたかっただけのようで、既に黒子に対する興味を失っており、黒子は彼の姿を後姿でしか捉えることができなかった。
 ぶわっ、と嫌な汗が流れそうになった。焦りだ、と黒子は直感する。途方もない未来が待っているのではないかという、焦燥感。一軍に上がった時から、自分はキセキの世代とは領分が違うのだということくらい認識していたし、それに対して文句を言ったことはない。けれど、特異な性質を持つが故に同じフィールドで戦うことを許された黒子が、その皆と異なる能力を不要とされた時、簡単に捨てられることもわかっていた。だから、不要とならぬよう、それこそ大げさな表現ではなく、死ぬほど努力をしてきているのだ。けれど黒子は所詮凡人だった。凡人が努力したところで、天才の進むスピードが速まれば、すぐに離される。それが、怖かった。そして多分、今感じている焦燥感は、その類だった。
 相手チームの反応を変えてしまうほどの、進化。
 喜ばしいことのはずなのに、このまま止まれと祈らざるを得なかった。早打ちになる心臓の辺りを拳で一度叩く。長い息を吐く。自分に言ってくれて良かった、という安堵の息だ。青峰本人には言ってくれるな、と願うばかりである。
 純粋で繊細な彼は、きっと傷ついてしまう。



「テツ?どーしたー、置いてくぞ!」

 コートの隅から動かない黒子を不審に思ったのか、青峰が振り返る。何だ、と赤司も歩みを止め、黒子を振り返った。

「なんだ、気になることでもあったのか?」
「・・・・いいえ、ちょっとぼーっとしてました」

 青峰がけらけらと軽快に笑う。

「あ!さては勝った余韻に浸ってただろ」
「浸る暇もなかったですよ君たちのせいで」
「あん?どういう意味だ?」
「好き勝手にポンポン点を取るからです」

 所詮自分もあの少年と変わらないな、と黒子には自覚があった。チームの勝利だけを考えれば、何も不満などあるはずもない。けれど、最近はどうも考えてしまうのだ、そこに僕は必要でしたか、と。
 初めて青峰にパスを繋げた時の感覚が、どんどん薄れていく。きらきらした、宝物。

「今日も気持ち良いくらいたくさん入ったな!」
「そうですね」
「テツのパスのおかげだな!」

 きらきら、きらきら、眩しく光る宝物。薄れていってもなお、網膜の裏に焼き付いている。そうして青峰がまだ、それをくれるというのなら、頑張ろうと思えるのだった。追い立ててくる焦燥感も湧き上がる嫌悪感も、その光の前では何の意味も持たない。これがある限り、立ち上がってパスをする。

「・・・・そうですね」

 生意気!と心底嬉しそうに青峰が笑った。どんっ、と肩に重みがかかる。青峰の顔がすぐ側にある。肩に回された腕をそっと掴んで、黒子もまた笑うのだった。



 今このまま、時が止まってしまえばいいのに。





三千世界のを殺し

朝まで君とバスケがしたい





 


参考:三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい
格好良いなと思ったので・・・・理由はそれだけで、この歌とは何も関係がありません^▽^

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