緑間真太郎には雨が似合う、と高尾は常々思っていた。

 雨が似合う、というよりも、雨の日に一人読書をしている姿だとか、誰もいない体育館でシュート練習にひたすら励む姿だとか、そういうどこか静謐な雰囲気が似合うと言った方が正しい。秀徳高校バスケ部のエースで、誰よりも輝いているけれど、どうしてかそんなことを思うのだった。例えば同じキセキの世代と呼ばれる青峰とは違うような気がするのだ。青峰のことを詳しく知っているわけではないので、これは単に高尾の想像でしかないけれど。
 高尾自身はどちらかと言えば晴れの日が似合う。と、よく言われるのだ。よく笑いよく話し、人と騒ぐことが多いからなのかもしれなかった。母親もよく言った、「太陽みたいね」と。その度に、幼い高尾は不満に思ったのだった。太陽が似合うとか、晴れが似合うというのは、ある程度誰にだって褒め言葉として使えるじゃないか、と。雨が似合う、という言葉が褒め言葉に成り得るような大人になりたかった。けれど高尾の性格と集団の中での立ち位置が、現在までそれとは真逆の評価をしている。別にそれを不満に思うほど今は子供ではない。ありがたいことだとわかっているし、自分に求められる役割がそうである自覚はあった。トップに君臨して輝くような性質は持ち合わせていないかもしれないが、すくなくともその場を明るくさせることくらいはできるからだ。
 それでも、雨が似合う人へ憧れる気持ちは少なからずまだ胸の内にある。
 その日もクラスメイトに言われたのだ、「高尾は晴れが似合うよね」「そうだね、ひまわりとか」何かの雑誌を広げていた女生徒が口々に言った。窓の外は朝から雨が細く長く続いていて、しとしとと校庭を濡らしていた。



「ねえ、俺に似合う花って何だと思う?」

 放課後、アップを終えてストレッチをしながら体育館で丸く輪になるチームメイトに聞いた。高尾の背を押すチームメイトの一人は、上手く聞き取れなかったのか、「は?なに?」とつれない返事を寄越す。隣で高尾と同じく背を押されていたもう一人が、高尾の質問を拾って答えた。

「花とか何それ!乙女か!」
「うっせーよ、いいから答える!」
「えー思いつかねえし。そもそも花なんてそんなに知らねえよ」
「はいはい!俺思いつきました!たんぽぽ!」
「あー、ぽいな雑草魂的なそういうあれ」
「ち、がいます!なんか太陽の元で元気に咲いてる感じとかです!」

 たんぽぽだと言った後輩が、必死に弁解している。それを軽くいなしながら、高尾の同級生らはおよそ褒めているとは思えない理由でその意見に賛同する。ひまわりもたんぽぽも、選ばれる理由としては同じようなものだろうか、と思いながら高尾はそれを聞いている。両の花共、太陽に向かってまっすぐ咲いているイメージだ。

「っていうか、何で急に?」
「ん?いや、今日学校で、ひまわりって言われたから」
「女子?」
「そう」
「何ですかそれモテるアピールですかそうですか良かったですねそうですか」
「痛い痛い痛い!」

 急に背を押す力が強くなり、高尾は悲鳴を上げた。伸ばされた筋が痛くて膝を曲げればすぐにやじが飛んでくる。わっと笑いが沸き起こり、それから一年生が慌てたように口を噤んで静かになった。ステージ横にいた監督とコーチからお叱りを受けたことも要因だろうが、きっとアイツだな、と高尾は自分とは対極線上にいる緑間に視線を遣る。盛り上がる高尾の周辺には目をくれず、入念にストレッチをする姿があった。表情はあからさまに不愉快そうである。その姿に、一年は萎縮したらしかった。高尾はあえて茶化すように一年に言う、「楽しんでやったっていいじゃんねー」同級生から頭を叩かれた。



「真ちゃんはさ、どう思う?」

 一通り基礎練を終えて休憩に入ったところで、スポーツドリンクを摂取する緑間に向かって高尾は尋ねた。疲労する身体に水分を補給することが先決のようで、緑間はそれにすぐには答えない。自分のボトルに用意されたそれを高尾も飲み干したところで「・・・・何の話だ」と返事が来た。

「俺に似合う花」
「くだらない。そんな話ばかりしているから監督にも怒られるのだよ」
「えー、ひどい、聞いてたんなら答えてくれれば良かったのに」

 誰だったか、緑間と高尾のことを秀徳高校の光と影だと評した人物がいた。帝光中学での青峰と黒子、誠凛の火神と黒子に対する例えを、高尾らにも当てはめたのだろう。コート上での役割を言うなれば、その表現に偽りはないが、二人の関係を表すには微妙に当てはまらない。高尾にとって緑間が光のような存在であることは間違いないが、多分周囲からの評価は違う。緑間の対する光という表現はともかくも、高尾を影だと認識するものは少ないであろう。
 高尾自身は、自分を影側の人間だと認識しているけれど。

 二年生になって、後輩も沢山入ってきた。王者秀徳高校なのだ、入部者数は校内一と言ってもいい。その練習についていけなくなり、退部者が出て、最終的に残るのはそう多くはないのだが、まだ五月の今、退部者は出ていない。
 最高学年の三年生と、ひよっこ同然の一年生との間を取り持つのは、自然と二年の仕事になる。一年がやるべき雑用を教えるのも二年の役割だし、ハードな練習と勉強の両立をさせてやるなんていう役割もある。ところがレギュラーを既に勝ち取っていて、チームの主力でもある緑間や高尾は、大会が近ければ別メニューを組まされることもあるし、一年の相手ばかりもしていられず、他の二年に比べて一年との交流が少なくなりがちだった。特に緑間真太郎は、キセキの世代ともてはやされた男であり、かつ彼個人の問題で人とコミュニケーションを取ることに関して積極性の欠ける男であるために、一年から慕われている、というには少し遠かった。その実力故に、三年を含めた誰よりも憧れの対象ではあるのだけれど。対する高尾は、持ち前の愛嬌とコミュニケーション力の高さで、交流が少ないというハンデなど物ともせずに、多くの一年から慕われている。レギュラーの中でもとっつきやすく、彼自身人懐っこいこともあるのだろう。
 そういう面からみると、光と影、というには何やら齟齬があるように思われるのだった。

 高尾せんぱーい、これどうすればいいですかー?今もコートの片隅からそう叫ぶ後輩がいる。離れてるのに何で俺に聞くかね、と高尾は側にいた二年を指さした、「吉川の方が詳しいからそいつに聞いてー!」比較的近くにいたチームメイトは、完全にとばっちりである。
 「お前は、」高尾が文句を言うチームメイトの元へ行こうと腰を浮かせたところで、頭上からぽつりと降ってきた。ん?と見上げると、何やら眉間に若干皺を寄せて考える仕草をする緑間がいる。

「ひまわりだとかたんぽぽだとか、そういうのとは違うだろう」

 そして真面目な顔のまま、そんなことを言った。へ、と間抜けな声が出てしまったのも無理はない。そういう花を否定されたことに驚いたし、何より今までずっと考えていた緑間のそういうところに不可抗力ながらほっこりしたこともあって、気の抜けたような言葉しか出てこなかったのだ。「まあ、根を深く張るたんぽぽはわからんでもないが、花自体のイメージだけで言えば違う」高尾など気にせずに緑間は淡々と分析している。

「じゃあ、さ、真ちゃんは俺に似合う花はなんだと思うの」
「・・・・花の種類など知らないが、」

 そう前置きし、少し言葉を濁しながら、「あじさい」と緑間は答えた。

「あじさい?なんで?」
「太陽の下でずっと咲いているというより、雨を物ともせずに咲く方が高尾に近い気がするのだよ」
「・・・・ポエマーだね真ちゃん」
「うるさいぞ」

 可笑しくなって喉の奥を鳴らしながら笑いを堪える高尾に、緑間は急に不機嫌になる。ごめんてー、と軽く謝りながら、高尾はその答えに自分がひどく満足していることに気付く。他の誰でもない、緑間が高尾をそう評したことが、単純に嬉しかったのだ。
 自分が集団の中で、人を結びつけたり盛り上げたり、そういう役割を担っていることはわかっている。そしてそれを納得してやっている。だけど実はそう在ることは少しだけ虚勢を張っているいるのだということを、わかってくれているような気がした。一年前の高尾ならば、きっと緑間にそれを見抜かれることをひどく厭ったに違いない。相棒として横に立ち続けて一年、着実に心境が変化している。

「でもさ、俺があじさいなら、さしずめ真ちゃんはその雨って感じ」
「花ですらないが」
「いいじゃん。目につくのは花かもしんないけどさ、皆にとって必要なのは雨の方だってこと」
「・・・・花だって、役割としては重要だろう」
「そだね、だからさ、まあそういうことよ」
「何がそういうことなのかわからん」

 真ちゃんはそのままエース様でいてくれれば良いってことー。
 未だ疑問符を浮かべる緑間を残し、高尾は今度こそコート端にいる別のチームメイトの元へと向かう。
 盛り上げるのは俺だってできるけど、多分日常的に引き締めるのは真ちゃんの仕事かな。無邪気に駆け寄ってくる後輩を見ながらそんなことを思う。



 そうやってきっと、やっていくのだ。
 これから先も。





五月雨






 


高校二年生五月の話。

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