緑間交代!と声が掛かり、珍しく練習に出ている青峰と交代してコート外へ出ると、壁に背をもたれかけた黄瀬がひらりと片手を挙げた。 試したいことがある、と赤司は今日の練習メニューにミニゲームを組み込んだ。キセキの世代と呼ばれる五人と黒子の他三人を指名して、赤司を除く八人での3対3だ。休んでいられるのは各チーム一人ずつで、かれこれ始めてから1時間も経つ。緑間にも、赤司の言う試したいこと、の真意は伝えられていない。 さすがに少し疲弊してきた身体を休めようと、黄瀬から少し距離をあけて緑間も体育館の床へと腰を下ろす。4月下旬でまだまだ暑さとは遠い時期とは言いつつも、これだけ激しく動いていれば汗もかく。なるべく冷やさないようにと肩にタオルを羽織るようにしてかけ、コート上の試合展開に目を向ける。 赤司は何を企んでいる?昨日部室で交わした会話などを思い浮かべながら推測するも、見当などつかない。 青峰が練習をさぼるようになってからもう随分と経つ。もともとやる気のあまりなかった紫原はともかく、青峰の無気力さと比例するように黒子にもあまり覇気はない。というよりも、何かに(おそらくは青峰が去っていくことに)追い立てられていて、いつもピンと糸を張りつめたような緊張はあるけれど、それを内側にため込んでいる。赤司もそのことに気付いているだろうに、関わる気などないようだった。 緑間は知らず知らず、つい眉間に皺を寄せながら睨むようにコートを駆けまわるチームメイトを追っていた。今のままで試合に勝利はできるけれど、如何せん居心地はよくない。和気藹々と慣れ合うつもりもないけれど、これはこれでベストな状態とは言えない。 「緑間っち、まーた小難しい顔してるっスよー?」 人の気など知らないで、黄瀬が横から間の抜けた声で言った。緑間は眉間に皺を寄せたまま黄瀬の方へ振り返る。十分な距離を取って座っていたはずなのに、いつの間にやってきたのか、すぐ隣に彼はいた。 「え?なに怒ってんの?さてはカルシウム不足?今日給食の牛乳飲まなかったっしょー」 「・・・・呆れているのだよ、お前の能天気さに。ついでに今日は牛乳は出ていない」 「バナナオレも牛乳みたいなもんじゃん!」 黄瀬は、今のバスケ部に何も感じていないのだろうか。そもそも青峰を追いかけてきたというのに、彼が部活に顔を出さないことに関してあまり興味を示していない。デメリットは1対1が出来ないことくらいだとでも思っているのかもしれなかった。今も、バナナオレとかイチゴオレとかフルーツオレとかって何で美味いんだろうなあ、などとくだらないことを呟いている。 「緑間っちは抹茶オレとか飲みそう」 「・・・・何の話だ?脳味噌が溶けるにはまだ早いぞ」 「え?なに?そもそも溶けなくない?あ、そうだ、今日午後パソコンの授業で暇だったんでバナナについて調べてたんスけどー」 「・・・・」 「あ!何スかその馬鹿にした目―!だってタイピングとかもう出来るしさー、出来心で調べてみたら、バナナってすげー!ってなって。主食の国とかあるらしいっすよ?花と食べるとこもあるし屋根に使われたり葉っぱ皿にしたりするんだって。どんだけバナナ好きなんスかねー。愛国精神ならぬ愛バナナ精神?」 そういう国は他に食べるものがなかったり貧困していて使えるものは何だって使うんだろう、とか、全部使おうとする精神は日本人にだってあるだろう、とか思わず真面目に返しそうになって、緑間は我に返る。あまりにもどうでも良い話すぎて、否定するのも馬鹿馬鹿しい。緑間とて、別に四六時中バスケの話をしているわけではないけれど、それにしたって部活中の、しかもミニゲーム中に(自分が試合に出ていないとはいえ)出すような話題ではない。 話題がないにしたって他に何かあるだろう!と苛立ちさえ覚えてくる。けれど、今緑間の隣で心底くだらない話をしている黄瀬にとって、変えようもない部活の空気の話や試合運びについて緑間と話すことは、同じようにくだらないのかもしれなかった。 黄瀬がバスケ部に入部して約1年になる。人のプレースタイルを真似るなど、なんて姑息でつまらないことをやる男だ、と思っていたけれど、なるほど、その器用さには感心せざるを得ない。その器用さはバスケだけで発揮されるものではないと聞く。全てにおいて平均以上にやってのける様は、まるでパーフェクトな男に見えないこともない。たぶん、自分の持ち得るもの全てをどう使えばいいのかわかっているのだ。 黄瀬は自分で自分のことを心得すぎている。 伸びてきた前髪の奥に光る眼は、何を見据えているのか、ふとした瞬間に鋭さを増すのに、その先にあるものは想像できない。 「お前は本当に能天気だな」 「ちょっと!それさっきから言ってるっスけどひどくないっすか!?」 「もう少し考えるべきことがあるとは思わないのか?」 言ったところで意味などないとわかりつつ、緑間は苦言を呈す。黄瀬は変わらずへらりと笑って、 「だって俺が考えたところで何か変わるんスか?」 と言うのだった。 やはり意味などなかった。 自分を心得ているが故に、自分が影響できる範囲もわかっているのだろうし、それを超える努力をしようとは思わないのだろう。何も考えていないのではなく、考えた上での黄瀬の答えなのだ。 緑間は黄瀬のことを、馬鹿なフリをするのも上手い男だ、とも思う。何でもこなすこの男を、緑間には使いこなせなかった。それを赤司はさらりとやってみせるのだから、あの男もまた、随分と器用で賢しい。 「でもいいっスよね、俺も何でも使ってもらえたらなー」 「・・・・お前の場合は、逆にどこから何をしていいかわからずに何も使われない可能性の方が高そうだがな」 「・・・・はあ?何それ、どういう、」 意味、とでも続けたかったのかもしれないが、黄瀬の声は終了を告げるホイッスルで断ち切られる。緑間は答える気などもちろんなく、床に沈んでいた腰を上げると、黄瀬を待たずにコートへ向かっていった。 |
まりさんからのリクエスト。 『筋肉をさわらせてよ』『となりのバナナはむきにくい』『わがままコレクション』のいずれかの題名でシリアス緑間と黄瀬。 ……………ほんとに読みたいのだろうか。とりあえず書いてやった(笑) |