スタイリッシュな部屋に、不似合なものがある。 それも、ひとつやふたつではなかった。そのせいで、どうもあべこべした印象を受ける部屋だった。統一されたインテリアのように見えるのに、視界のあちこちでそれを邪魔するものがある。整然と並べられた観葉植物の鉢植えの隣で、その存在感を十分に発揮するビアカップ型の鉢植えには、枝豆がたわわに実っている。その枝豆をひとつ摘まむ。 「あ、黒子っちそれ取るなら全部取っといてー、ゆでるから」 そろそろだなーとは思ってたんスよねえ、台所の奥から顔を出した黄瀬は嬉しそうに顔を綻ばせ、そしてまたすぐに引っ込んだ。黒子は別段枝豆を欲していたわけではなかったけれど、このあべこべした部屋から要因が一つ減るのであれば、とぶちぶちと遠慮なく枝豆をむしり取る。結構な速さでそれを終えると、用済みになったビアカップ型鉢植えも、ついでにその場所から取り去っておく。「黄瀬君、これはどうすればいいですか」燃えるごみに捨てるわけにもいかなくて、黒子がそれを見せて尋ねると、黄瀬はその辺に置いといて、優しく言った。 「お気遣いなく。捨ててきますよ」 「え?いや、いいよ別に」 「捨ててきます」 「何でそんな頑な!?えー・・・・じゃあ、とりあえずベランダに土入ったケースあるんで、その中に土は戻してもらって、あとは玄関横にある燃えないごみ入れに入れてもらえると助かるっす」 黄瀬が指差す先に白い引き出し付きのケースが見えた。それがごみ箱なのだろう。黒子は言われた通りにベランダで中の土を掻き出すと、こびりついた土が落ちないように注意を払いながら玄関へと向かう。引き出しを空けると、がちゃがちゃと音が鳴る。覗き込めば、やっぱりこの部屋に似つかわしくないガラクタのようなもので、そこは賑わっていた。 「遅くなってごめん!はい、飯、簡単なものだけど」 部屋に戻ると、テーブルに二人分のパスタとサラダがセットされていた。料理などしなかったはずの黄瀬が、ここのところめきめきとその腕を上げているのは、朝の簡単な料理番組の準レギュラーになったことが大きいのだろう。もともと器用な男である。始めたらすぐに黒子のレベルなど追い抜いた。黄瀬に追い抜かれることにはもう慣れてしまった黒子は、感心しながらそれを頂戴する。 白いちょっと変わった形の洒落た皿にシルバーのフォーク、そしてわけのわからないキャラクターのようなものが描かれたカップに入ったスープ。黒子はとうとう顔をしかめた。 「どした?・・・・もしや口に合わない?」 「料理はおいしいです。・・・・黄瀬君、気になって仕方ないので言わせてもらいますけど」 「ん?」 「そこかしこにあるこの部屋に不釣り合いな小物その他諸々はもしかしなくとも青峰君のお土産ですか?」 「おお、さすが黒子っち、当たりー!あ、ちなみにその黒子っちのカップもそうっすよ。沖縄の土産だったかなー」 割と最近、テレビを見ていたら、突然始まった「キセリョのこだわりっ!」などというふざけた番組の中で、「部屋は案外綺麗なんすよ。こだわりがあって。だから人からもらったものとかあんまり置けない。雰囲気にあってれば使わせてもらうっスけど、あんまりないっスねえ」と抜かしていたのは、間違うことなくこの男自身であったはずで、その理屈から言えば黒子が今手にしているカップも、先ほどまでオシャレな観葉植物と並んでいた鉢植えも、変な動物の形をしたスリッパも、テレビの上に並べられている奇抜な色をした木彫りの猫も、全部この部屋には置けない代物のはずである。 黄瀬のルールは他人を寄せ付けない。こうだ、と決めたことは基本的にちょっとやそっとのことでは覆ることがなく、黄瀬と付き合いの長い友人たちは皆諦めている。あいつちょっと潔癖っぽいところあるよなー、とぼやいていたのは高尾で、大学が同じになって初めて気づいたようだった。 昔からそれは変わらない。 そして、例外、があるのもまた、変わらない。 「・・・・だろうとは思ってましたけど」 「黒子っちも貰ったっしょ?」 「貰いましたけどすぐ捨てました。使わないので」 ひどい!とゲラゲラ笑う黄瀬に対して、どっちが!と叫びそうになるのを、黒子は何とか思い留まった。捨てられずにせめてお役御免になるまで取っておく(しかもちゃんと使うなり飾るなりしながら)方がよっぽどひどいに決まっているのに。この場合、青峰に対してひどいことをしている、という意味ではなく、黄瀬のその習性がどうにもならないほどにひどい、という意味なのだけれど。 どうせ黄瀬は、黒子がお土産で買ってきた安物のキーホルダーやカップなど、一度や二度使うことはあっても、すぐに捨ててしまっているに違いなかった。何も黒子からのもらい物だけではないだろう、それはあの男のもの以外は同じはずだ。 「でもさー、青峰っちだってもうちょっとマシなもん選んで欲しいっスよねほんと!」 これとかもひどかった、と黄瀬が嬉しそうに見せてきたものは、鞄についたキーホルダーだ。どこか東南アジアの国に行った時に買ってきたらしい物で、奇妙な人形がぶら下がっている。 そうですね、と答えたきり、黒子はその話題を出さなかった。 |
黄瀬は本当に青峰が好きですねって話。 |