「なあ、お前らって付き合ってるのか?」 普通、所謂恋愛事情に首をつっこむ時、しかも両人を前にしてそのようなことをずばり問う場合、もう少し前置きがあったり躊躇いがあったり、遠慮があってもいいものではないだろうか、と日向は後にそう思った。言われた直後はもちろんそんなことを冷静に分析できるような状況にはなく、はああああああ?と大きな声をあげることしかできなかったわけだが。 そしてそれは、日向の隣で部誌に目を通していた相田リコにしても同じだったようで、日向が悲鳴に近い声をあげてから、たっぷり3秒ほど空けて、まったく同じトーンで、はあああああああ?と目の前の男、木吉に詰め寄った。 「いきなりアンタは何言ってんの!?」 「えー、だって今日クラスの奴らがあの二人って出来てるらしいよ!とか言っていたから、つい」 「つい、なんだ!?」 「信じてみた」 「「信じるな!!」」 ぶは!と側で事の成り行きを見守っていた伊月が、盛大に吹き出した。 木吉鉄平と言う男は、どうにも人とズレているところがある。そしてそれを本人はまったく自覚していない。日向も相田もそんなことは重々承知している。だから大体にして木吉の発言に対する切り替えしはできるつもりでいた。しかし残念ながら、今回の発言に関しては想定の範囲外だったがために、二人揃ってひどく狼狽する羽目になった。相田も日向も頬を上気させていささか不自然すぎるほどに首を横に振る。部室の隅で肘をついたまま三人を見守る伊月の顔は、一応笑いを堪えようとしているのか、妙に引き攣っている。木吉だけが一人涼しい顔で、とぼけたように目をきょとんとさせていた。 「なんだ違うのか」 「違うわボケ!」 「そうよ大体なんで私が日向くんと!?」 「あ!?こっちだって願い下げだ!!」 願い下げってどういう意味よ?と落ち着き払った声で相田が言い、場の空気が一気に凍りついた。口にした張本人の日向は目をあちらこちらに泳がせて、最終的に伊月を捉えてそこで留めた、無言の圧力をかける。お前どうにかしろよ。当然のことながら何も悪くなどない伊月はそんなものに取り合うはずもなかった。 「かっ、仮にそうだとして!」 話題転換を試みて日向は木吉に向き直る。「俺たちがお前に報告しないわけないだろう!?」相田からの視線に耐えきれずに思わず日向が言ってのけた言葉に、木吉はそうだろうかと首を傾げている。あ、やばい、と気づいたのは、部外者を気取っていた伊月だけで、従って残りの二人にその兆候を察することなどできていなかった。 木吉はくるりと手にしていたシャープペンシルを器用に回し、その先を日向に向ける。ぴた、と自分に向けられている尖ったそれに、日向は驚いてびくりと反応した。 「でもだってお前は、リコが俺に取られたら嫌だろ?」 「はア?」 「だから報告なんてするはずがないし」 信じた俺は悪くない、と木吉は深く頷いている。 「まあ、どっちにしろ、だ。要らないなら俺が貰ってもいいってことだよな?」 本日二度目となる雄叫びに、やれやれと伊月は重い腰をあげた。どうしてこの男はこう引っ掻き回すのが好きなのだろう。面倒事は割と嫌いな伊月は見て見ぬフリをすることもできだのだが、きっとその方が後日面倒になるに違いない、と諦めた。 日向と相田は二人揃って可哀想なほどに慌てふためいていて、「いいいいらないとは言ってないだろいらないとは」「そ、そうよ大体何よいるとかいらないとか私は物かっ!」「それになあ、木吉お前こんな女でもないような女でいいのか!?」「ちょっと日向くんさっきから何なの!?」と二人だけで喧嘩のような会話を続けている。木吉はと言えば、満足そうにニコニコと二人を眺めているだけだった。 「・・・・木吉さあ、」 「ん?」 「わかっててやってるだろ」 だってもどかしいし鬱陶しいし似た者同士だしこのままじゃ永遠に平行線だし、と何気なく酷い台詞も織り交ぜて木吉は言う。くるり、もう一度器用にシャープペンシルを回して見せ、今度は誰に向けることもなく、コン、と机に静かに投げ捨てた。 「っていうか、伊月だってそうだろ?」 「は?何が?」 「二人が一緒ならいいなーって思わない?」 「はあ、まあ」 「そんで、どうせならどっちも欲しくない?」 一瞬、何を言っているのかわからなかった。どっちも、というのがあの二人を指しているのだ、と伊月が理解するまでに、数秒を要した。だから彼がその質問に答えるよりも先に木吉の興味は削がれたようで、ジョーダンだよジョーダン、と二人の間に入っていく。 どっちも?伊月は一人でその言葉を反芻した。木吉、と呼びかけると同時に、下校を告げるチャイムが人もまばらな校内に響き渡り、結局伊月がその意味を理解することはできなかった。 |
誠凛二年生で日リコ。葉藻さんリクエストありがとうございました! ギャグのつもりで書きはじめたのにこの終わり方である・・・・。 |