「高橋君、辞めるそうですよ」
「はあ。何を?」
「何って、部活を」
「はあ。タカハシクンってどちらさんっすか?」
「え?」
「え?」




 彼らは学習していくタイプの人間だ、と黄瀬は思っていた。そもそも頭の悪い二人ではないし、相手がどう出るのか、よくわかっているはずだった。それなのに飽きもせず毎度ああしてぶつかり合うのだから気が知れない。学習しないわけではない、きっとわかってやっているのだ。なお、性質が悪いじゃないか、と黄瀬は短い溜息をつく。隣で緑間と青峰も二人を眺めていたが、結局止めなかった。赤司もコーチも不在だったのが大きい。そこにいた面子は、面倒事に自ら飛び込むような性格ではなかった。
 結局黒子が紫原に向かって何かを言い、彼は桃井の後を追った。紫原は見るからに機嫌が悪そうだが、どうやら練習を再開する気にはなったようだ。大股で黄瀬たちの方へと戻ってくる。

「いい加減にしたらどうっすか?黒子っちの前であんなこと言っちゃ、食いつかれることくらいわかってるっしょ。ほんと容赦ないっすわー」
「ハア?黄瀬ちんにだけは言われたくねーし」

 黒子は黄瀬の教育係だった。一時期部活の時間をほぼ共にしていたこともあり、黄瀬は黒子に懐いている。だから何となく、言い争いをした二人のうち、黒子の肩を持ってみようと思ったのだ。本当に、それだけだった。それ以外に黄瀬本人の感情はない。二人の争いの元となった最近一軍に上がってきたらしい少年のことなど、黄瀬は知らなかった。だから別に、彼を擁護したわけではない。あくまで、黒子を擁護しようと思った。気まぐれに。そうしたら、その目線だけで人を射殺せるんじゃないかと思うような敵意に満ちた目で、紫原に睨まれた。

「何で俺?」
「こっち側でしょ、一番容赦ないくせに。こういうとこだけ、俺と似てると思うよ」



 らららー、ら、らー、らー。気分が良かった。天気は快晴だし、頼んだ日替わり定食も自分の好きなものだった。小テストがあると言われたので、勘に頼って直前に覚えたところが出た。黄瀬の気分は上々だった。誰が見ても意気揚々としていて、声をかけてくる女の子にも、当社比120%の笑顔で答えてあげた。あんまりにも気分が良かったので、渡り廊下を歩きながら、メロディーを口ずさむ。適当だけれど、何故かとてもうまくいっている気がしていた。

「おめでとうございます」
「うわ、わ!黒子っち、脅かさないでくださいよー」

 スキップでもしそうなくらい、軽快な足取りで突き当りを曲がろうとしたら、横から声をかけられた。何故か気配を隠すことに長けた男、黒子テツヤである。ついでに言うならば、昨日まで、黄瀬の教育係だった。昨日まで、なので、つまり今日はもう、その役柄を担ってはいない。理科の授業なのだろう、黒子は白衣に身を包んでいて、どうやら大きすぎるらしく、袖が幾重にも折られていた。

「って、何スか、おめでとうって」
「何って・・・・てっきり君はそれで上機嫌なのかと思ったのですが」
「んー?」

 はてどれのことを言っているのだろう、と黄瀬は首を傾げた。今黄瀬を上機嫌足らしめている要素が朝から五万とありすぎて、黒子がどれを指しているのか、見当がつかない。一番近いハッピーな出来事は、買い出しじゃんけんに買ってかつ買ってきて貰ったアイスが当たったことだけれど、それを黒子が知っているとも思えなかった。黄瀬が頭を捻って考えていると、黒子がため息をついた。表情こそ変わっていないものの、呆れられているらしいということくらい、黄瀬にもわかる。「本気ですか?」そういう声には、十分な呆れと、それからいくらか諦めが含まれているような気がした。黒子の表情とテンションから、彼の気持ちを察することは難しい。だから黄瀬は、声を拾うことにしたのだった。普段が平坦な声だからこそ、少しの揺れが、ヒントになる。彼が教育係としてついてくれている間に、黄瀬が身に付けた黒子の感情を読み取る方法だ。

「えー・・・・そんな呆れられるようなこと?」
「呆れというよりは諦めと軽蔑です」
「軽蔑!?」

 ほら当たった!と思いきや、随分酷いことをキッパリと言われた。黄瀬が、がくりと項垂れて見せても、効果はない。ずるずると下がってくる白衣の袖を、乱暴に直しながら、黒子は黄瀬の顔を見ずに言う、「一軍入りおめでとうございます」声が下を向いているせいで、黄瀬は感情を読み取ることができなかった。

「あ、なんだ、それっスか」

 拍子抜けした。確かに、今日の朝練から、黄瀬は一軍入りしている。けれどそれは、黄瀬がバスケ部に入部したころから決定していた事項だった。少なくとも黄瀬自身の中では。二軍なんかで終わるつもりはなかったし、追いかけている背中がある。確かに嬉しかったけれど、そこで満足するわけにはいかなかった。だからすっかり、忘れていた。もう随分と前からそこにいるような気がしていたのだ。

「なんだとはなんですか。君が元いたところにいる、たくさんのチームメイトが目指す場所ですよ」
「や、嬉しいっすよ!?でもやーっとスタートラインに立ったって感じで。まだまだ青峰っちには届かない」
「スタートライン」
「そう。全然足りない」

 追いかけても追いかけても、近づかない背中がある。現状は不満だった。圧倒的に、何かが黄瀬には足りていない。だから、ようやくスタートラインには立てたけれど、振り返る暇も周りを見渡す暇もない。必要もない。

「あ、でもやっと黒子っちと練習できるんすもんね!今まで練習以外は一緒だったけど、練習一緒じゃなかったじゃないすかー!黒子っちのパス楽しみー」

 そう思うと、気分は再び上昇した。楽しみなことが次々と起こる。今日はとても良い日だった。ではまた放課後に、黒子はそう残すと、白衣を翻して廊下の奥へ消えた。
 らららー、ら、らー。黄瀬は再び口ずさみながら歩き出した。次の時間は自習なのだ。端から教室に残る気などない。こんなに良い天気なのだ、中庭の芝で寝転がったらさぞかし気持ち良いに違いない。
 らららー、ら。リズムに合わせて、スキップをする。
 今日は、気分が良い。



「あれ黒子っちは?」
「辞めたんだってー」
「辞めた?何を?」
「部活を」
「は?なんで?」
「俺に聞かれても困るし。さっき赤ちんが言ってた」
「ふうん」
「・・・・それだけ?」
「まあ。俺が口出すことじゃないし。それより青峰っち、またサボりー?今日こそは負かしてやろうと思ってたのに!良い技見つけたんだけどなー」
「ほら、そういうとこが容赦ないんだよ」
「は?なに?」
「ううん、何でもない」





一軍入りおめでとうございますさようなら

近づけど離れる




   


リクエスト第二弾。自分より下を相手にしない器用な黄瀬が、境遇の違う黒子が見ている世界は自分とは違うと、紫原の言葉で気づく(要約)
すコンブさん、ありがとうございました!

またもや期待に応えられなかった気しかしない!まず黄瀬が気づいていないですよね正しくは気づいても知らぬフリくらいして見せる男だと思ってるので・・・・いやでもこれは気づいてないよねどうなの黄瀬くん。あと紫原は黄瀬を何と呼ぶのだろう^p^?←

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