はあなるほどくだらない。黒子は自分がまず一番始めにそう思ったことに対して、自分でも驚いた。もちろん口をついて出てくることは無かったが、そんな言葉が頭をかすめたことは事実だった。火神大我から氷室辰也との関係を聞いて、伊の一番にそう思ったのだから驚きもするものだ。自分にそんな風に考えてしまう思考回路が出来上がっていたことに、驚いたのだ。 火神大我は恐ろしく純粋な男だ。かつての黒子の相棒、青峰大輝にも通じる物があるが、それと比較してみても火神のそれが上回るように思われる。あまり深く考えずに突っ走るところが彼の魅力でもあるが、欠点でもある。それでもほとんど魅力的に見えてしまうのは、黒子とは正反対だからだろうか。氷室との過去よりも誠凛での未来を取ると言った火神の気持ちに嘘はないのだろうけれど、その言葉の裏にある心理を読み取ることなど、黒子にとっては朝飯前だった。 羨ましい、とも思った。それを隠しきれていないことが。 陽泉との試合を終え、海常の試合見学も終えたところで、ミーティング前に少し風にでも当たろうかと黒子が体育館の外へ出ると、見覚えのある背中があった。人知れず木の影に佇んでいるところを見れば、一瞬泣いているのかもしれないとも思ったが、らしくないと思い近づいてみた。そうしたら案の定、その目に涙などあるはずもなく、男――――氷室辰也はぼんやりと紺碧の空を見上げていた。らしくないも何も、黒子と氷室のコンタクト回数など片手の指で足りるほどなのだが、それでも雰囲気くらいは掴んだつもりだ。試合での熱くなった時を除けば、基本的には表情は読みづらい。有体に言えば、黒子と同族だった。 こっそりと近づいたつもりでも、いくら黒子と言えどもさすがに二人しかいないとなれば気づかれることもある。雲が多くあまり星の見えない夕闇の空から氷室は視線だけ寄越した。さっきはありがとうございました、また試合しましょうね、火神君には会えましたか、先ほどはどうやら昔の知り合いが迷惑をかけたみたいですみません、かけようとした言葉はどれも間違いのような気がして、黒子は黙ったままだ。氷室は不思議そうに、何か用かい?と優しい、けれど黒子からしてみれば胡散臭い笑顔で振り返った。 「良かったですね」 「あはは、面白いこと言うなあ、それは嫌味か?」 残念だけど効かないよ、と氷室はくすくす笑った。何が良かったのか、きっと理解していないのだろう。言った黒子自身も実はよくわかっていない。強いて言うなら、「火神君と兄弟でいられると聞いたので、つい」というところだ。 「・・・・そうだなあ、でもほら、やっぱり兄貴としては複雑だよ」 「どうしてです?」 「わかってるのに聞いてるだろ。タイガってほんとこういうタイプに好かれちゃうんだなあ」 「心配しなくても青峰君も火神君とは仲良しです」 「あ、そうか。万人受けするタイプだね?うちのアツシは嫌いそうだけど」 うちのアツシ、と言うほど紫原と懇意には見えなかったが、それでもあの陽泉高校の中では、扱いにくい紫原をやり込める数少ない人物なのかもしれなかった。バスケが絡まなければ、黒子だって紫原とは仲の良い方だ。案外紫原は、火神や青峰よりは黒子や氷室と合うのかもしれない。そういえば中学時代は緑間ともそれなりの間柄だったような気がする。本人たちがどう思っているのかは定かではないが。 改めて近くに立ってみると、キセキの世代にも劣らない才能が隠れているようにも見えた。しかしやはり、決定的に何かが違うのだ。初めて氷室と対峙した時に、近いものを感じると火神に零したことがあったが、それでも近いだけで、同じではなかった。それは試合をするとわかるのだ。そしてそれは、多分本人がよくわかっている。試合中の氷室は、暗い行き先のわからない道端で、途方にくれながらそれでも前進しようとしている子供のようだった。 もっと言えば、かつての黒子のようだった。 「でも紫原君がもっと嫌いなタイプは、僕たちのようなタイプだと思うんですが」 何故こんなに突っ掛った言い方が、するりするりと出てきてしまうのだろう、と考えて、そうだそういえばこの人は火神が自分たちと天秤にかけるほどの男だからだと気付く。別に氷室に嫉妬しているわけではない。どちらかと言えば、そうやって素直に天秤にかけて、無理矢理切り捨てようとして、他人――――というか黒子に指摘されてやっぱり拾い直しにいく火神に嫉妬している。黒子は、かつての光を拾い上げることなど、もう出来やしないからだ。 黒子の言葉を受けて、氷室の顔からポーカーフェイスが消えた。無表情とはこのことを言うのだろう。太陽が落ちて月さえも雲に覆われているこの時、この男はそのまま濃紺の世界の溶けてしまうのではないと思われた。 「・・・・天才の最も近くにいた気分は、最悪だった。選ばれるのはいつも自分ではないからね。それでもタイガ一人だけだったから、マシだったんだ。結局耐えられなくなってしまったけれど。5人もいちゃあ、オレだったらバスケを離れるような気がする」 「離れましたけどね」 「へえ?じゃあなんでまた戻ってきたんだ?」 「それは企業秘密です。でもきっと、貴方ならわかると思いますよ。天才ではないわけですから」 「はっきり言うなあ。そうなんだけど。でも、君ともまたタイプは違うと思うけどね。オレのハンデはそんなに大きくない」 ハンデ、初めて聞く言葉のように黒子は呟いた。 「だってそうだろう、君のそれ、もう才能の一種だと思うよ」 何が、とは聞かなかった。どれだけ差を見せつけられ、踏みにじられても、こうしてコートに立っていることを指しているのだ、黒子はそんなわかりきったことを聞き返すほど愚かではない。 「でもきっとそうではなかったことが、氷室さんにとっては邪魔になったんでしょうね」 「邪魔?何が?」 「・・・・僕は始めからなかったですから、才能とか、そういうものは」 だから別に、悔しいとも思わなかったし、追いかけてやろうとも思わなかった。ただそこにあったのは絶望だった。どうすることもできない無力感だった。暗いところでポツンと立っていては足元から沈んでいってしまいそうで、もがき続けていた。一生、出ることなどできないと思っていたのだ。そうしたら、まず青い光が見えてきた。遠くて高くてその光を浴びることはできなかったけれど、随分と気が楽になった。追いかけてみようと思った。けれど一向に近づかないその光に、また諦めて立ち止まろうとしたところで、赤い光に救い上げられた。同じ方向に追いかけるからダメなのさ。赤い光は黒子を連れ出して、青い光とは別の舞台へ、黒子を引っ張り上げたのだった。 同じ土俵では戦えないことを、はっきりと宣告された瞬間だった。戦い方が、違うのだと気付いたのだ。そうしなければ、黒子は並ぶことは愚か、後ろにつくことさえできなかった。 けれど目の前の男は、黒子とは違う。才能の量がほんの少し足りなかっただけで、おそらく向かう方向も戦う土俵も同じだったのだ。 天才に絶望する彼を、くだらないと思った。 自分よりは遥かに近いところにいる、秀才のくせに、と思ったのだ。 多分、氷室はプライドとか才能とか、そういう類のものが、戦線を離れることの邪魔をした。 黒子にはなかった。 堕ちていくときは、まっしぐらだった。 「・・・・それでも、幻の6人目と言われていたんだろう?」 「所詮幻でした」 「随分卑屈だね」 「卑屈ではないですよ。事実なだけです」 タツヤー!氷室と火神の師匠だという女性の声が響いてきた。どうやら彼を探しているようだ。黒子は自分もミーティングがあることを思い出して、ひとつ頭を下げるとくるりと向きを変えた。 氷室辰也を、同族だと思った。 思ったけれど、彼も、黒子のように、何も持っていない人間、ではなかった。 絶対に、この隣は譲らない、心の内で、宣戦布告をしたのだった。 |
氷室と黒子が天才とか秀才とか凡人の話をする話 ややこ様、リクエストありがとうございました! 絶対こういうのを望んでいらっしゃったわけではない気がするんですが黒子に好き勝手しゃべらせたらこうなった。 |