教育係として黄瀬について、既に結構な日数が過ぎた。黒子自身はいい加減終わりを迎えたい関係なのだけれど、如何せん絶対的主将、赤司が許してくれないのだから仕方ない。仕方なく、未だに教育掛などという慣れない役職をこなしている。 今日も今日とて、雑用を面倒臭がってやろうとしない黄瀬を無理矢理引きずり込んでモップ掛け(※別名全面ダッシュ)に勤しんでいた。初心者とは思えない体力で、さっさと終わらせた黄瀬に遅れること30秒、肩で息を切らしながら黒子がモップを片付け終えて黄瀬のところへ向かうと、体育館扉から黄瀬が何やら熱心な表情で校庭を見つめていた。ひょいと視線を遣れば、なんてことはない、青峰がシュートの練習をしているところだった。 何見つめてんですか、と一応問えば、青峰っちっす、と見ればわかる答えしか返って来ない。「それは僕にもわかります、何を熱心な目で見つめてんですか」もう少し具体的に言ってみれば、憧れなんすよ!と目をキラキラさせて黄瀬が振り向いた。 「憧れ?」 「だってずるいっすよ青峰っち!かっこよすぎでしょ!真似できん!」 「そもそも真似することしか考えてないんですか黄瀬くんは」 黒子っち冷たいなー俺の特技なのに、と膨れて見せる黄瀬は、コート上で見る彼とは違って、年相応だ。先日の練習試合で、黒子のバスケスタイルを見せてからというもの、途端に近寄ってくるようになった。少しスレていただけで、元来黄瀬涼太という男は、人懐っこい性格だったようだ。黒子はため息をついた。 「憧れの青峰君になりたいのであれば、日々の雑用もきちんとこなしてください」 「えー、だってそれ関係あるっスか?」 「大有りです。これがきちんとできるようにならなければ次へ進めません」 「雑用の次って何スか!?」 「赤司君に聞いてください」 ちらり、と黒子は外にいる青峰に視線を向けた。相変わらずシュート練習を続けているが、型はめちゃめちゃだ。あんなフォームなのにシュートするまでの流れは無駄がなく、綺麗に見えるのだから、フォームを直せといつも言われる黒子はやる気が削がれてしまう。 「黄瀬君は、真似できないから青峰君に憧れるんですか?」 「んー、そうなんスかね?」 「聞かないでください」 二軍の一年生たちが、ようやく全員モップ掛けを終えたようだ。 やっと終わったー!もう帰っていいんだっけ?どうだっけ黒子先輩に聞かないとわかんねーや。あれ?黒子先輩どこ行った?黒子せんぱーい! 相変わらず探されている。後輩にまで影が薄いとなると、いくら黒子と言えども多少空しい気持ちになった。ドタバタと、一体どこにそんな体力が残っているのか、体育館を駆け巡り始めた一年生に、声を掛けると、心底驚いたようで、奇声を発せられる。慣れているので、別段黒子自身は気にしない。 「相変わらず影薄いっすねー、まあ、だからこそあれができるんだろうけど」 ケラケラと黄瀬が笑う。 悪意がない男だな、と黒子は思う。結果として相手に喧嘩を売るような発言は、幾度となくしているけれど、打算的な考えがなさそうに見えるのだ。否、本人は打算的な考えを持っているつもりなのだとしても、それが全部ダダ漏れてくるのだから、最早それは隠し持たれた悪意になどなるはずもない。先日の練習試合の前、黒子に勝負を持ちかけてきた時でさえ、彼が何を考えているのかなんて、他人の仕草から考えを読むのが得意とする黒子でなくてもわかったに違いない。非常にわかりやすい男である。 「黒子っちにしかできない技っすもんね」 「なるほど、つまり真似できない、と」 「もー!嫌味っすか?当たり前!できません!」 「なら憧れですか?」 まあ黒子とて、もちろん肯定を期待していたわけではない。ただ、あんまりにも素直に返事が返ってくるものだから、つい軽い冗談(あの冗談が苦手な黒子が!)が出てしまったのだ。冗談というほど冗談でもない、先ほどの会話の流れを思い出したので言ってみたのだ。そうして、すぐに後悔した。しまった、言わなければよかった。 「ははは!冗談きついっスわ。別に黒子っちにはならなくても俺勝てるんで」 ケラケラと黄瀬が笑う。 黄瀬君モップ掛けもう一回です、黒子は大きく足を踏み鳴らして体育館から出て行った。 |