「青峰君は、黄瀬君のことが嫌いなのかと思っていました」



 いつの間にやら習慣になりつつあるストバスを終え、お互い明日は部活が休みということもあって、珍しく青峰は黒子の誘いに乗って夕飯を共にしていた。相変わらず1on1で相手にするには同情したくなるくらい下手なシュートとドリブルだが、高校に入ってから身に付けた武器を使って黒子は何とか青峰から点数を奪えるようになった。昔よりはまだやりがいがあるように思う。それでもやはり、青峰としては火神とセットになった黒子と試合がしたいのだが、そうそう5人も揃わないので、仕方なしに二人でのバスケを続けている。結局はバスケ馬鹿なのだ。内容よりもバスケットボールに触れていることが重要なのであった。
 牛丼が食べたいです、とおよそ似つかわしくない黒子の提案により、見慣れたオレンジのチェーン店へ二人が入ると、席はカウンターしか空いていなかった。ひどい空腹状態にあった二人は二つ返事でカウンター席での食事を承諾すると、すぐに目当ての品を頼む。当然のように並を注文する黒子の横で、青峰はもちろん大盛りだ。このやり取りもどこか懐かしく感じるのは、きっと帝光時代の学食を思い出させるからだ。減らしてくださいと言っては食堂のおばちゃんに喝を入れられていた黒子が懐かしい。

 特に会話をすることもなく(これもいつも通りだ)黙って食事にありついていた青峰だが、半分ほど食べたところで、黒子が何の前触れもなく、ぽつりと言った。「・・・・は?」言っている意味を上手く理解することができずに、青峰は低い声でただそう返事をする。牛丼を書き込みながらちらりと黒子へ視線を向けると、答える気がないのか、黒子も食事を再開していた。食べ終わるまではどうやら話す気はないらしい。自分から話を振っておいて随分と勝手だが、こういう会話の流れは黒子の青峰の間ではよくあることだった。例えば試合中。例えば部活中。例えば帰り道。突然始まる会話はすぐに中断されて、間をあけて再開する。青峰には黒子の考えていることなど知る由もないが、言葉にしてから迷っているのかもしれなかった。整理をしてから話をするのが黒子の常である。青峰君といると、どうも話すつもりがなかったことを言ってしまうんですよね。いつだったか不貞腐れて黒子が言った。そんなことを言われても、青峰には非が無い。
 「ごちそうさまでした」、満足気に出された茶を飲み干して、黒子は、ふーっ、と長く一息ついた。先ほどの発言など忘れてしまったかのように、空腹が満たされて幸せそうに眼を瞑っている。青峰は頬杖をついたまま、「それでさっきのはどういう意味だよ」と会話の続きを促した。さっきの?と怪訝そうに――もっと言えば幸福感に浸っていたのを邪魔されたことが気に食わなかったことをモロに顔に表しながら――黒子はやっと視線を青峰へと向けた。

「黄瀬云々」
「黄瀬君・・・・?ああ、君は黄瀬君が嫌いだと思っていたという話ですか」

 本当に忘れていたようだ。思い出した黒子は意外そうに青峰を見上げた。

「僕がそう思っていたというだけの話です」
「いやお前それで会話終わらせる気か?」
「気になります?」
「当たりめーだろ!」

 黒子は青峰に向かって掌を向けると、ちょっと待ってください、と青峰と同じく頬杖をついて考え始めた。どうやら食事中にまとめていたわけではないようで、これから話を整理するようだ。読書好きの黒子にしてみれば、話をまとめることは決して難しいことではない。どうせすぐにまとまるだろう、と青峰はお茶のおかわりを頼まずにそのまま黒子を見下ろす。
 けれどもどうしたことだろう、意外にも今回は時間がかかっているようで、手元の時計で既に5分が経過した。食事を終えても帰ろうともしない男子高校生組に、苛立ちを隠しきれない様子で先ほどから店員がちらちらと視線を送ってくるが、青峰はそれに気づかないフリをした。
 そろそろ待つのが面倒になり、おい、と黒子に声をかけたところで、「だって青峰君からしたら黄瀬君が羨ましかったでしょう」と早口で返された。突然再開した会話に驚いたのは青峰だけではなく隣に座っていたサラリーマンも同じだったようで、青峰同様、びくりと肩を跳ねさせた。

「はあ?俺は他人を羨ましく思ったことなんてねーよ」
「別に黄瀬君のバスケットの才能を羨んでいたとは言ってません」
「じゃあなんだよ」
「自分で考えたらどうですか?」

 店員さんが早く帰れアピールをしているので帰りましょう、黒子は伝票を持つとさっさと立ち上がってレジへと向かってしまう。おいおい勝手に話始めておいてそりゃねーだろ、青峰は茫然と黒子の背中を見送った。彼がレジへと辿り着いたところで、「奢りませんよ」相変わらず何を考えているのかわからない表情のまま、黒子は青峰を振り返り、そんなことを言った。
 清算を済ませて外に出ると、冬の冷たすぎる風が真正面から吹き付けてきて、思わず身震いをしてしまう。横に並んでいたはずの黒子に視線を落とせば、そこに彼の姿はなく、辺りを見回すと青峰のすぐ後ろにぴったりとくっついて震えていた。

「・・・・おいテツ」
「なんでしょう」
「人を風避けにすんのヤメロ」
「いいじゃないですか君たちはでかい図体のおかげでこうしてくっついていると本当に風が来ないんですよ」
「その言い方だとお前火神にもやってんじゃねーだろうな」
「仕方ないでしょう、君がいないんですから」
「・・・・そうかよ」

 おそらく黒子に他意はない。それでもそんな言い方をされれば何かもやもやとしたものが身体の奥底から湧き上がってくるのを、青峰は感じた。出てきそうになるそれを押し戻して、「それで?」と、いい加減焦れて再び会話の先を促す。

「黄瀬君がバスケ部に入った頃に言っていたこと覚えてます?」
「あー?青峰っち勝負!しか覚えてねーよ」
「最低ですね」
「他になんか言ってたかあ?」
「戦う相手が出来て嬉しい、そういう意味のことを、よく言っていたでしょう」

 黄瀬は本当に器用な男だ。何でもそつなくこなしてしまう。しかしそれ故に部活動に所属しても、大概のことは出来てしまって、つまらなかったのだと言っていた。黒子からしてみれば一体なんの自慢だと詰め寄りたくなるようなふざけた話だが、本人にとっては人生の楽しさを左右する程度には、重要なことだったらしい。だから青峰っちに会った時の俺の感動ったらないね!わかるっスか!?きらきらと目を輝かせて黄瀬は言った。もちろん黒子は音速でわかりませんと返したのだが。そんな二人のやり取りなど青峰が知るはずもない。

「君はバスケ以外は本当に残念でしたけれど」
「テツはバスケも残念だったろ」
「帰ります」
「あー嘘嘘!」
「・・・・バスケットがつまらなくなったころの君は、きっとバスケ部に入る前の黄瀬君と同じ気持ちだったんじゃないですか」
「はあ」
「だから黄瀬君のことが嫌いなのかと思っていました」

 何が、だから、なのか、それが何を受けて言っているのか青峰にはさっぱりわからなかった。寒く暗い駅までの道を肩をすぼめて歩きながら、青峰は「・・・・何言ってんのかわかんねーよ」と呟き返すことしかできなかった。

「青峰君にも青峰君がいればよかったのに、という話です」
「わかったようなわかんねーような」
「・・・・あの名台詞は特に考えもせずに出てきたということですか」
「名台詞?」
「あ、まずい快速行っちゃいます!」

 意図して会話を切られたのかどうかは定かではないが、確かに快速列車の時間までギリギリで、全力疾走する羽目になる。
 結局青峰には黒子が何を言わんとしているのかよくわからないままだったが、一つだけ訂正しておかねばならないような気がして、息を切らしながら必死についてくる黒子に、小さい声で言葉を落とす。

「別に黄瀬のこと嫌いだなんて思ったことねーよ」
「・・・・知ってますよ」

 はあ!?最初の言葉をあっさりと覆すような発言に青峰が思わず怒鳴ったところで、ちょうど駅の改札口へと着く。滑り込んだ車内は帰宅するサラリーマンでごった返していて、あっという間に青峰と黒子は離れてしまった。
 黒い背広集団の合間から見え隠れする黒子に、青峰は視線を向ける。ただじっと窓硝子の向こう側に広がる夜を見つめる彼が何を考えているのか、やはり青峰にはわからなかった。





そうであればと願ったのはむしろ、






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