ちかちかする。 高尾は送られてきたメールの文面を読み終えるのに、3回ほど目頭を押さえた。なんだって文字が光ったり動いたりはたまた飛び出してきたりするのかわからない。誕生日おめでとう、の一文を送るだけだというのに随分な懲り様だ。最終的には文字の後ろで花火が打ちあがったりしたので、本当に驚きだ。中学生の頃、機種によっては絵文字が送れない!と嘆いたことが懐かしい。光る文字は派手に弾けて、高尾の意識からあふれ出ていく。 ベッドにあおむけに寝転がる。「誕生日祝ってやんよ!!!」と理由付けをして、年がら年中お祭り騒ぎの友人が二人ほどおしかけてきたのは2時間ほど前だ。講義中にそんな計画を立てていたのは知っていたが、まさか本当に来るとは思わず、完全に油断していた。ぴんぽーん、と雨の夜には不釣り合いな軽快な音が鳴り響き、高尾が扉を開けるよりも先にドアの向こう側でクラッカーの鳴る音がした。間違えた、などと友人らはのたまっていたが、果たして真相は謎のままだ。そのまま締め出しておくには煩い二人組に、高尾は仕方なく扉を開けた。 一般教養の授業で知り合った二人とは、よく馬鹿をやった。くだらないことが好きな二人とはすぐに打ち解けた。同じ学科に進学した高校の同級生に、「高尾の周りはほんとにぎやかだよなあ、昔っから」と感心したように言われた。そうだっけ、と思わず首を傾げてしまったのは、受験という壁を乗り越えるために勉強をしすぎたせいかもしれない。教室での出来事を思い返そうにも、浮かんでくるのは赤本とにらめっこをする自分と級友だった。それじゃあ、と別の風景を思い出そうとするとすぐに瞼の裏側にちらつくのは、喧騒とはおよそかけ離れた男である。反動だったのかもしれなかった。その男の側に居過ぎて賑やかさを求めるようになったのか、賑やかさから逃れたくてその男の隣を選んだのか、もう覚えてはいない。 「高尾ってバスケ部だったん?」 騒ぐだけ騒いでお酒を飲んで、眠っていると思っていた友人に急に声をかけられ、高尾は思わずびくりと身体を強張らせた。ベッドの上から首を伸ばして覗うと、本棚から抜き出したらしいアルバムを床に広げて一人がそれを眺めている。隣でうつ伏せに潰れているもう一人は、おそらく眠ったままだろう。高尾はゆっくりと上体を起こすと、何度か瞬きを繰り返した。 「そうだけど、言ってなかったっけ?」 「まったくー。ま、俺ら高校時代の話しねえしな」 「ああ、まあ、言われてみれば。ついでに聞くけどお前は?」 「何部だと思う?」 「帰宅部」 「外れ、美術部でしたー」 「それ、確実に幽霊部員っしょ!」 芸術を愛する心があるとは思えねー!高尾の言葉に、けらけらと彼の友人は笑った。友人が言うように、高尾は彼らの過去や未来には興味がなかった。今を共有してくれさえすればそれでいいのだ。嫌いなわけではない。むしろ気の合う友人だ。それでも今以外には興味がない。 明日どこいく?指折り友人があげていく聞きなれた場所の名前を聞き流しながら、高尾はもう一度寝転んだ。メールの着信を告げるランプはひっきりなしに点滅を繰り返す。未開封のメールを開けばきらきらした文字がまたもや飛び込んできて、最新の技術と、それを使いこなす女子大生の能力に感動した。くるくると回るデコレーションにばかり目がいって、肝心の文章は頭に入ってこない。 「高尾聞いてる?」 「聞いてる聞いてる、上野動物園を希望しまーす」 「候補に挙げてねえよ!何、さっきから携帯ずっと気にしてんね。彼女いねーし可哀想だから祝ってあげようと思ってきたのに、何、もしかして過ごしたい相手でもいた?」 「んー?別にー?」 言いながら携帯の画面から目線は離さない。ランプが点滅する。メールを開く。その繰り返し。 夜が更けて、部屋の温度は急激に下がっていく。暖房をつけるのを忘れていた部屋は、酒の入った三人の熱気で先程までは誤魔化されていたけれど、ふと我に返ってみると随分と冷え込んでいた。シャワー借りるわ、と立ち上がる友人に曖昧な返事を返すと、高尾はごろりと寝返りを打った。 友人がシャワー室に消えて、人の気配はもう一人の小さな寝息だけになった。はしゃぎ疲れて眠ってしまった子どものように、あどけない顔を壁に向けたまま眠っている。飲食店のアルバイトを終えて直行したという彼に、良い友人に巡り会えたなあ、などと感慨深く思えれば良かったというのに、高尾は妙に冷めた気持ちで、深く眠る友人を眺めていた。今は四六時中共にいるとして、きっと大学を卒業すれば、いやもしかしたらゼミが分かれてしまえば、連絡を取り合うことなど無いのだろうと思うからだ。一時の感情を共有できるだけで十分だった。 高校の同級生が言うように、高尾の周りには賑やかさがあった。それは高尾が望んだことで、今を楽しむために必要不可欠の要素だった。はじけるように明るい瞬間瞬間が、連続していた。それは、飽くまでも、瞬間、だった。エネルギーを必要とする、その瞬間を、長続きをさせる方法など、高尾は知らない。 だから静かに横たわるような、あの空気に焦がれたのかもしれなかった。自分が今まで属していたグループとは正反対のタイプの男と、どういうわけか3年間も共にして、喜怒哀楽を共有した。その時間は、静かに、そして確実に高尾の中に増えていったが、決して溢れて流れていってしまうことなどなかった。 冷えた空気を吸い込み、大きく一つ深呼吸をする。視界の端で、ランプが再び点滅する。メールを開く。そこに、きらきらした文字はない。 誕生日おめでとう。 そのシンプルな一文だけが本文にあった。飾り気などまるでなく、素っ気ない文章なのに、ちかちかと目を見張るようなデコレーションを施された一文よりも、すっと内側に入ってくる。そうして高尾の中で何かが一杯になるまで満たされて、その気持ちを落ち着けようと高尾は深呼吸を繰り返す。 メールの送り主、緑間真太郎とは、高校を卒業してから二度ほどしか会っていない。それでも、二度も会ったのだ、卒業をして学校の同級生という肩書きが消えても、なお。それは高尾にとって大きな意味を持っていた。小学校の同級生も、中学校の同級生も、同窓会のような大きなイベントでもない限り、卒業後に会うことはなかった。あんなにも仲が良かったにも関わらず、だ。それがどういうわけか、高校の部活動仲間である緑間真太郎とは、連絡を取り合っている。元気?とか、何してる?とか、高尾から一方的に送る中身の無いメールにも、律儀に返信をくれるのだ。もちろん、返してくれるのを見越して送るのだけれど。 こうしてきっと、自分が祖父の年齢になってもこの男とはくだらない連絡を取り合うのだろう、と当然のように思っていて、それは嬉しいような、ぎゅう、と胸を締め付けられるような微妙な気持ちだった。 ランプが点滅する。 携帯電話を枕元に放置したまま、高尾は電気を消した。 |