ストバスどうだった?と聞かれたので、バスケがしたくて行ったのにできませんでした、と素直な感想を降旗が述べると、小金井は不思議そうに首を傾げた。 午後一番の授業は生物で、そういえば実験だったことを思い出した降旗は、部室のロッカーに適当に投げ込んである白衣を探し出すべく、昼休み開始を告げるチャイムが鳴ると同時に教室を出た。大抵誰かしら居座っているけれど、さすがに昼休み間もない時間には誰もいなかった。部室掃除を行って、ある程度は綺麗になったものの、個人のロッカーなどすぐにまた元通りになってしまう。白衣やジャージ、資料集に雑誌など、乱雑に放り込まれたロッカーの中から何とか目当ての物を取り出すと、降旗は部室の床に思い切り寝転んだ。普段はあまり一年である自分たちが部室を占拠できる時間はない。床など綺麗なわけもなく、別段寝転びたいわけではなかったけれど、部室に一人という現状をどうにか楽しもうとした結果、そういう行動に出た。扉に頭を向け、仰向けに寝転がる。思いの外勢い良く寝転んだせいで、床に頭をぶつけた。「いっ、」叫びそうになるのを堪えて呻いた瞬間、扉が開いた。そこにいたのは小金井である。「・・・・」「・・・・」「・・・・」無言で会話が成立することなどあるんだ、と降旗は思った。何してんの?何も聞かないでください。おっけー。大方こんなところである。 はてさて、扉をあけたら何やら頭を抱え込んだ後輩に遭遇して、おまけにそれについて触れてはいけないようだったので、小金井はどうしたものかと考えた。考えて、ああそういえばと思いついたので聞いたのだ。ストバスどうだった?と。 「バスケできなかったの?なんで?」 「いやー・・・・なんか雨に降られちゃって」 「ああなるほど」 ところで入っていい?小金井に言われて降旗はようやく自分が扉の前を占拠していることに気が付いた。一言詫びを入れてから、上体を起こして道をあける。小柄な小金井は降旗が完全に起き上がる前にはするりと部室に入り込んでいた。 「じゃーまったく出来なかったの?」 「あ、いや、一試合目の途中で降られたんで、一応少しはできましたけど」 「けど?」 降旗としては、別に意味があって区切ったわけでも、逆説の助詞で終わらせてしまったわけでもなかった。ただ小金井にとっては、続きがあると思われたようで、降旗は一瞬言葉を詰まらせる。自然に続ける言葉は何だろう、と考えるよりも先に、反射のように口から言葉が躍り出た。 「俺はほとんど動いてないので」 自分が何を口走ったのかは、すぐに理解した。理解したところで撤回などできるはずもなく、雨の降るタイミングが試合開始直後でそんなにまだ試合も展開していなくてだから運動量が少なったんです!!という主旨のことを言いたかったのだ、と降旗は自分に思い込ませた。思い込ませなければならなかったのは、別の意味でも取れることを、理解していたからだ。そして降旗は、小金井が別の意味で取れてしまう側の人間だ、と思っていた。 「へー、試合すぐ終わっちゃったの?」 思っていたのだけれど、小金井からは想像に反した言葉が滑り落ちてきた。それが別に深く考えて発した言葉ではないことくらい、降旗にもわかった。降旗を気遣っての言葉などではなかった。降旗は驚いた。目を真ん丸に開いて、小金井を凝視した。 「・・・・え?なに?」 急に動きを止めた降旗に、小金井は訝しげに疑問符を投げかける。けれど降旗はそれどころではなかった。 俺はほとんど動いてないので。 俺はほとんど。 俺は。 もちろん、降旗自身も嫌味を込めたわけではなかった。ただ、事実をぽろっと零したら、少しばかり卑屈に取られかねない言葉だった。それだけだ。 黒子や火神や木吉先輩や、紫原や氷室とか言う人は動いてましたけど。俺は。ほとんど動いてないです。 キセキの世代や、日向に木吉、火神が別格なのはわかっていた。日向や木吉は降旗よりも先輩なのだ。彼よりバスケットの技術が上でも何ら疑問はない。けれどやはり、同じ一年生の黒子や火神がああも別格であると、無意識のうちに自分を下げてしまったりする。同じ一年の降旗でさえ、そう思うのだ。二年生の先輩方はどんなにか!と想像するとやるせない。そんな気持ちになっていた、のに。 目の前の男は、そんなことを気にしていないように思われた。 「試合はすぐに終わっちゃいました、なんかキセキの世代の紫原とか言う人と、火神の兄貴分だとかいうめちゃくちゃバスケ上手い人がいてそんでなんかその人たちが牽制しあって終わりました」 もーほんと険悪だったんですよ!降旗は努めて明るい声を出した。 気になった。ここまで言ってもこの人は気にすることなどないのだろうか。降旗は、一瞬でさえ目を逸らすことなく、小金井の様子を覗った。僅かな変化だって見逃さないつもりだった。 自分は嫌な奴なんだろうか、と降旗は無性に不安になっていた。膝の上で白衣をぎゅう、と握りしめる。外が騒がしくなってきた。無数の声の中には聞きなれたものもあるようで、誰かが部室に向かっていることが容易に想像できる。ねえ先輩聞いてますか!無言でそう訴えても、小金井に変化はなかった。 「えー、黒子とか実は怖そうだよな、そーゆー時!」 俺平和主義だから無理だー、はははと笑う小金井に、降旗は脱力した。この人は。この人は!言いたいことは山ほど浮かんできたけれど、これ以上続けてもただ単に自分が嫌な奴だという気持ちが膨らむばかりで、何も良いことが無いに違いなかった。降旗は立ち上がって埃を払い、白衣をぐしゃぐしゃに丸めて扉へ向かう。「あ、降旗降旗ちょい待ちー!」小金井の声が追いかけてきた。 「そのうち、慣れるよ!」 明るい声だった。実にあっけらかんとしていて、爽やかだった。 何がですか、と聞かなければわからないほど、降旗は頭の回転が悪い子ではない。「慣れたくありませ、」ん!と叫び切る前に扉が外側から勢いよく空いて、木吉が顔を出す。「慣れるって何に?」聞いてくる木吉に何でもないですと返事をする余裕はなかった。 全速力で、教室を目指す。 ああ、もう本当にこの部活は可笑しい人たちばっかりだ! |