「ねー、世界が明日終わりますって言われたらどうする?」

 きっと普通の男子高校生ならば、小学生から中学生の間くらいに、全員が一度は考えたことがある、またはそんな話題に巻き込まれた、または自分から周囲に振ってみたことのあるであろう、とても一般的で、そして陳腐は質問を、小金井は目を輝かせて言った。何でそんなこと聞くの!?本気なの!?恥ずかしいからやめて!と思いつつも誰も小金井を責めないのは、きっと彼の性格故なのだろう。「何だよ、いきなり」と優しく先陣を切って返事をしたのは、アメリカ帰りの単純馬鹿、火神だった。

「いや?今日昼休みにそんな話題になったからさー」
「なんで?」

 ガキっぽいことはお断り!その割に熱血でどこかガキ臭さが残る我らがキャプテン、日向は怪訝そうな表情だ。

「えー覚えてないよそんなの!女子が占いとかしてたんじゃない?」
「何ですかその状況・・・・」

 テツヤ二号に餌をやりながら黒子は呆れ半分に言う。誰もが若干引いた反応を見せるものの、小金井という男はそういう場で空気を読める男ではない。

「ちなみに俺はね、やっぱり定番!おいしいものを食べる!そんでバスケする!」
「後半は定番ではないですよね!?」

 降旗は思わず声を荒げた。「いやここに限った話なら定番」伊月は深く頷いてみせる。

「どうせ死ぬなら無茶できるじゃん?火事場のなんとかで俺もダンクできるかも!」
「いやコガじゃいくら世界が終わるったって無理だ」
「何だよひでー!日向だって大して変わんないじゃん!」
「あ!?俺はダンクどころかゾーンにだって入れる気がするね!」
「無理だと思います」
「黒子お前その馬鹿にしたような目やめてもらえます!?」



 もしも世界が終わるのなら。
 最後の瞬間はどう過ごすのか。

 その「もしも」は映画の中でしか許されないはずで、そしてその映画の主人公たちは大抵ヒーローになる。ヒロインになる。世界が羨む活躍をする。世界が欲する恋をする。そういう壮大なストーリーを見て、ああでもないこうでもないと議論することが楽しくて、幼いながらも興奮しながらはしゃぐのだ。
 そうして、彼らは既にその年齢を超えている。自分にとって、手に余るほどの壮大なエピソードを望んでなどいない。今の自分にある、最大限の幸せを探す。

 寝ても覚めてもバスケしかしていないのだ。
 いつまでも終わらないランニング、足がもつれるまで行われるダッシュ、集中力が切れるまで続くシュート練。つらくて、ああもうやめてしまいたい、とその時その瞬間は確実にそう感じているはずなのに、もうできません、と言われると、無性に恋しくなる。

 最大の幸せは、いつもと同じ幸福を得ること。

 大好きなバスケが、できること。



「黒子もやっぱバスケすんの?」

 と、何故か不思議そうに火神が聞いた。はあまあそうなると思いますね残念ながら、黒子が抑揚のない声で返すと、そっかと嬉しそうに笑う。その屈託のない笑顔を見ていたら、でもまずは光を欲するかもしれません、とは言えなかった。仲間外れのような気がしたからだ。
 
 純粋に、バスケだけを果たして選べるのかと問われれば、きっと黒子はイエスと答えられない。光がなければ成立しないのだ、黒子のバスケは。

「・・・・何ですか?」
「いや?お前ほんとバスケ好きな」
「火神君にだけは言われたくありません。大体ここにいる人皆そうじゃないですか」

 ぐるりと黒子は部室を見回した。あれ、と隅に視線を送ってそこで止まる。そういえば会話に参加していない男がいた。

「木吉先輩?」

 盛り上がる部員たちからそっと離れ(と、言っても黒子の動向など誰も気にしちゃいないのだが)、丁寧にバッシュの手入れをする大きな背中に近づいた。する、と壁際に入り込んで木吉を見下ろすと、その影にやっと気づいたのか、彼は顔をあげた。

「ああ、なんだ黒子か。どうした?」
「どうしたも何も。何故会話に入らないんです?」
「ん?いやあ、楽しそうだなあと思って、見てた」

 いつもの何か慈しむかのような静かな笑顔だった。木吉はゆっくりと肩ごしに振り返る。彼の視線の先では相変わらず騒がしく論議を交わす者たちがいる。「・・・・?」黒子は首を傾げた。

「なら会話に入ればいいじゃないですか」
「そうだね」

 肯定したきり、黙り込む木吉に、黒子は益々首を傾げる。こういう手の話題は嫌いだったろうか、と考えて、この男に話題の好き嫌いがあったようには思えなかった。「入れないもんねー?」そうからかうように高い声が入ってくる。木吉と同じく会話には入らずに、机の隅で何やらノートにメニューのようなものを書き込んでいた相田が、唐突に割り込んできた。黒子は、視線だけ彼女へ向けた。

「だって鉄平はバスケを選ばないもんね?」
「失礼な。俺だってバスケしたいよ、最後なんだろう?」
「選ばない?」

 木吉の否定はこの際どうでも良かった。黒子は沈んでいた頭をもたげるようにして、相田に問う。

「選ばないわよ」
「だから選ぶって。失礼な。ただ優先順位が少し違うだけで」

 そこまで言って、木吉はぶつぶつと呟きを追加する、「あれ違うななんだろう、条件が違うって言った方がいいのかな」黒子は思わず反芻した。

「優先順位?条件?」
「うん、ほら、だって、」



 俺は多分、お前らに会いに行くと思うんだよなあ。



 相田が、少しさみしそうな顔をした。それに気づかない黒子ではなかったが、かと言ってかける言葉も見当たらなかったので、そのまま気づかないフリをする。満足そうに微笑む木吉に、何故か一瞬恐怖が走る。
 わからないからだ。
 真逆だと思った。それは今更な話で、黒子が昔、身を置いていた帝光中学の面々とは決して交わらない思考回路だ。だからこそ惹かれたし、だからこそどうしてもこのチームで勝ちたいと思った。
 思ったのだけれど、どうなるのかわからない、そんな不安も過ってきて、小さな恐怖が喉元まで迫ってきた。自分と似ているようで、まるで違う。邪心が、無い。そして、迷いがない。





 この人は。

 きっとこのチームのために無茶をする。

 そこに躊躇いなど、ない。





「でもほら、結局お前らに会ったらさ、きっと一緒にバスケすると思うんだよ。な?だから一緒だろ?」

 きらきらとした笑顔で言う。
 全然違います、とは言えなかった。












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