「わっかんねえわー」 残暑の残る、九月にしては暑い体育館に寝そべって、青峰大輝は天井を仰いでいた。台風が近づいているせいで湿気がひどく、汗が滝のように流れていく。三度着替えをしたせいで、残っていたのは学校指定のハーフパンツで、残念ながら重い上に吸水する。汗の後が残るだろうが、気にしてなどいられなかった。体育館の床からわずかに伝わる涼しさを、あっという間に自分の熱で奪い取る。青峰の隣で死んだようにうつ伏せになっているのは、毎度のことながら黒子で、ぴくりとも動かない。けれど口だけは回ることを青峰は知っていたので、そのまま言葉を続けた。 「紫原はなんでバスケ好きじゃないとか言う割に続けるわけ?」 「・・・・紫原君のその、態度は、今に、始まった、ことじゃない、でしょう」 呼吸が整っていないらしい、黒子は変に言葉をぶつ切りにした。 「だあってよー、知ってるか?人が集まると気温上昇するらしいぜ」 「・・・・はあ」 「あいつ一人で二人分!」 「・・・・」 くだらない理由に、くだらない理屈。いや、そもそもその理論は筋が通っていない。紫原一人減ったくらいで、この広大な体育館の温度に影響するとも思えない。確かに紫原は黒子の二倍もあるような巨漢ではあるけれど。それにそんなにも暑いというならば自分が体育館から出るという選択肢はないのだろうか、と黒子は疑問に思うけれど、言ったところで無駄なことくらいよくわかっていたので、そのまま目を閉じた。 「なーテツーなーなーあいつ追い出すにはどうすればいい?」 「・・・・赤司君に、で、も、頼めば、良い、じゃないで、すか。彼は、赤司君の、言うこと、良く聞きますから」 「あー、それもわっかんねー」 青峰が寝返りを打って、黒子から少し離れていく。自分に向けられた背中は、いつ見ても広く、大きい。いっそ憎らしいほど。人一人分ほど離れているというのに、高い窓から入る光を遮って、その大きな背中は影を伸ばす。すっぽりとその影に隠れながら、黒子は居心地の良さに、思わずうとうとし始めた。殺人的な赤司のメニューをこなしたばかりで、身体が限界を超えている。小指の先を動かすことさえ億劫だった。 「なんであいつ、あんなにあっさり赤司の言うことは聞くんだろうなー」 俺は誰の指図も受けないぜ!と力いっぱい拳を突き上げる青峰の姿は、黒子が幼い頃に読んだ少年漫画のヒーローのようだった。夕方、西に傾く太陽が、濃い橙色の光を放っている。ぱたぱたと誰かの駆け回る音(おそらく桃井だ)、もーいっかい!と叫ぶのは黄瀬で、いい加減にしろ!と怒鳴るのは緑間。青峰が「今日はテツと約束したから却下」とばっさり黄瀬からの1on1の申し入れを断ったせいで、どうやらターゲットは緑間に移ったようだ。嫌なら断れば良いものの、結局のところ人が良い緑間は付き合ってやったらしい。 話題の人、紫原と赤司の声は聞こえない。うつ伏せで、かつほとんど眠りかけている黒子には、音以外で判断できるものはない。外に出ているのだろうか。 「なあテツ―――って寝てんのかよ!」 相変わらず体力ねえなあ、もはや何度聞いたかわからない言葉を遠のく意識の端で捉えながら、ぼんやりとした頭を必死に動かそうとしていた。僕だって、僕だって!言いたいことがあるのだけれど、既に意識は黒子の手から離れていってしまっていた。 「あー腹減ったー帰りにどっか寄ろうぜー」 なあテツ、振ってきた言葉と同時に、くしゃりと髪が梳かれる感触。はいもちろん、と黒子は答えたかった。答えたくて口を開こうとしても、疲労からくる眠気には抗えなかった。 はいもちろん、君が望むのならどこまでも。 ああ、君は知らないのでしょう。 僕がこんなにも君を追いかけていること。 誰かを追いかける気持ち。 追いかける人の絶望感。 僕が君に望むこと。 |