「ね?先輩言ったでしょ?ね?黒子っちすごかったでしょ?」

 先程まで泣いていた男には見えない笑顔で黄瀬涼太はそう言った。キセキの世代と呼ばれ、今まで無敗を誇ってきた男だが、本日その記録がとうとう破られた。はらはらはらはら、涙を流す姿は、いっそ憎らしいほどに美しいのは、この男の造形がむかつくほどに美しいからだった。それこそ本日の対戦相手の台詞ではないけれど、バスケ上手くてイケメンとは何事だ。天は二物を与えるって本当だね、と呑気にそんなことを言うチームメイトに、笠松は蹴りを入れた。

「あーはいはいすごかったすごかった!大体なんでお前はそんな嬉しそうなんだよ?言っとくけどなー、俺らからしたらお前の方がよっぽどすげえぞ?むかつくから言わないけど」
「言ってるじゃないスか」

 クールダウンがてら体育館の外に出る。ただでさえ風通しが良いとは言えない体育館が、本日はほぼ無風であったため、蒸し暑かった。風は少ししかないのに、外に出れば一気に開放的な気分になった。
 隣をジョギングする黄瀬を見上げる。

「・・・・お前、そんなに黒子って奴が好きなら誠凛高校に行けばよかったんじゃねえの」
「えー?」

 笠松とて、黄瀬のような奇跡とも言える人材を、手放したいわけではない。ただ、純粋な疑問。バスケが好きで、強いところでバスケがしたくて、名門と言われる海常高校を選んだというその理由には納得できる。それは笠松も変わらない。さらに言うなれば、部員のほぼ全員がその理由で海常高校を選んできた。だから別に今まで黄瀬の入部理由も、入学理由も疑ったことはなかった。

 けれど。

「・・・・ほんっとーに黒子って奴と、バスケしたそうに見えたけど」

 練習試合の対戦校を伝えた瞬間から、それはもう嬉しそうにしていた。なるほど、花が飛ぶという表現はこういう奴に対して使うのかもしれない、と笠松は妙に感心した。それと同時に、そんなにも黄瀬のいう「黒子テツヤ」なる男は素晴らしいのだろうか、と疑問だった。どう見たって博愛主義者にしか見えない(イケメンだから!)この男が、全面的に好意を押し出していたから、少しばかり意外にも思っていたのだ。
 そうして、当日を迎えた。
 迎えて、思った。

 これは好意とは似て非なるものである。



 欲、という言葉が、笠松の頭に浮かんだ。



「そりゃ黒子っちとバスケはしたいけどー、でも別にああいうのが欲しいんじゃないんスよ」

 欲しい、というダイレクトは言葉に、笠松は己の感じたことは間違いではなかったのだと確信する。

「ああいうの?」
「そうっス。大体、黒子っちには、がっかりだ」

 ひた、と目が細められた。普段は愛想を振りまく黄瀬が、毒を吐く時に見せる目だ。笠松は蹴りを入れられるように臨戦態勢を取った。もう既に毒を吐いているような気がしなくもないが、これ以上に好き勝手述べ始めたとして、巻き込まれてはたまらない。

「帝光からあんな環境に言って、悪影響が出ないわけがないのに」
「・・・・お前負けといてよく言えんな」
「それはそれ、これはこれっス、誠凛が悪いんじゃくて、黒子っちには向いてない」



 俺が欲しいのは、あれじゃない。



 黄瀬のはっきりとした声が、運動後の上せた頭にキンキンと響いて、笠松は思わずこめかみを抑えた。「子どもかよ」そう言いながら、黄瀬の視線を追いかける。すると木陰に座り込んでストレッチをする黒子と火神が視界に入った。植木を隔ててすぐのところを通り過ぎようとする笠松と黄瀬には気づいていない。火神くん痛いですギブ、オメーはもちっと努力しろ!木の後ろで笑い声があがる。誠凛の部員がいるのだろう。

 重い足をどうにか引きずるようにして、体育館まで戻る。おつかれー、と笠松の同級生がペットボトルを差し出してくれたので、笠松も黄瀬もありがたくそれを頂戴した。「げっ、先輩このアクエリ薄めた!?」飲料の味が薄いことに文句をつける黄瀬は、いつも通りの可愛げがある後輩だった。

「おら黄瀬!ダウン終わったら反省会だかんな!」
「うえ!黒子っちに謝らないといけないのに!?」
「自業自得だろ馬鹿」
「えええええひどいっす俺こんなに頑張ったのに!じゃーもうちゃちゃっと終わらせましょう、そんで大事な話してこないと!」

 大事な話?思わず笠松が復唱すると、ニイ、と口角を上げて「俺と黒子っちの今後の未来がかかった大事な話」と愉快そうに黄瀬が笑う。「大事な話い?」笠松と黄瀬の会話を聞いていなかったのか、黄瀬の後ろからチームメイトが顔を出した。「女の子の話っすよ」黄瀬がくるりと振り返る。なんだとこのイケメンまじ退部しろ!えええええええ何で!?じゃれ合うようにモップを片手に二人は体育館奥へと消えていった。






無邪気なのに毒






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