青峰くんと喧嘩した。



 テツくんにもいつものことじゃないですかと言われてしまった。確かに私と青峰くんが喧嘩をすることなんて日常茶飯事だ。うっかり皆の前で大ちゃんと呼んでしまって怒られたり、頼んでおいた録画を青峰くんが綺麗さっぱり忘れてきたり、私を置いて朝練に行ってしまったり、まあつまりそういうことだ。
 だけど今回は違う。
 いくらテツくんと言えど、いつものこと、で片づけられてしまうことがとてもショックだと思う程度には、いつもの喧嘩とは違っていた。

 我らがキャプテンが委員会でいないのを良いことに、私は怒って体育館を後にした。喧嘩をして飛び出していくのはいつだって青峰くんの方だったから、皆驚いた顔をしていた。ムッくんに呼び止められたような気もしたけれど、振り向かなかった。

 校舎の裏に回るときーちゃんがいた。今日はどうしてもお仕事に行かなければならないとかで、初めて仕事を理由にきーちゃんはお休みを貰っていた。人気モデルで忙しいはずなのに、意外にも部活を休んだことはなかった。それを初めて休むと言ったものだから、私たちは少し驚いて、でもきっとどうしても外せない大切なお仕事なんだろう、と思ったから、赤司くんでさえも怒らなかった(ただし自主練用のメニューは鬼のようだった)。
 それがどういうことなのか、きーちゃんは女の子と一緒にいた。雰囲気からしてどうみても幸せいっぱいというわけではなさそうだ。私はこっそりと木の影から様子を覗うけれど、よく聞こえない。身を縮こまらせて前進して、側耳を立てたところで、バチン!と威勢の良い音がして、そうして「あんたなんか!」と女の子の叫び声が聞こえた。「きっと誰にも好いてなんて貰えないのよ!」随分な台詞を残して、女の子はどこかへ駆けていった。

「すごい台詞」

 私は木陰から姿を現して、ぽつりと呟いた。そうっすねえ、きーちゃんの声は呑気だ。

「それで?桃っちは何してんスか?」
「こっちの台詞!今日仕事なんじゃなかったの?」
「仕事っすよ!ただマネージャーが直接学校に迎えに来るっていうから待ってたらたまたまさっきの子に呼び出されて付いてきただけっス!」

 わたわたと挙動不審になり始めたきーちゃんを見て、ああこの人はこういう嘘は下手なんだな、と思った。

「で?桃っちこそ今部活中っしょ?」

 綺麗な顔が覗き込んでくる。

「・・・・」
「ん?どうしたの?振られた?」
「・・・・もしそうだとして、きーちゃんにはわかんないんだろうね」
「えー、今さっき振られたばかりの俺を見てそれ言うんすか!?」

 ちょうむねがいたみます、としょげて見せるきーちゃんに、ああこういう嘘は本当に上手だな、と思う。



 きーちゃんは綺麗だ。
 それこそ、見とれてしまうくらい。モデルをしているというだけあって、その造形が綺麗なのだ。加えて均一に抜かれている黄金の髪が、まるで生まれた時からそうであるかのように自然に彼にマッチしていて、別次元のよう。クラスの女の子には熱狂的なきーちゃんのファンもいて、雑誌なんかを全部集めている。それを昼休みに広げて見ていたりして、廊下をきーちゃんが歩いているのを見ては黄色い声をあげている。
 きーちゃんは綺麗だ。
 だけど、私は紙面の彼がどうも苦手だった。



「で?黒子っちにでも振られたの?」
「違います!」
「ふうん、じゃあ青峰っちっスね」
「振られてません!」

 さらさらさらさら、風がきーちゃんの髪を弄ぶ。金の糸の奥に見える瞳には、情けないことに泣きだしそうな私が写っていた。見るに堪えなくて、思わず両手で彼の目を塞ぐ。きーちゃんは驚きもせずに、ただ黙ってされるがままになっている。どうしたの、と口が動いてそう言った、声には出ていない。「青峰くんなんて、」嫌いよと続けようとして、突っ掛って出てこなかった。

「心配しなくたって、青峰っちは桃っちが一番だよ」

 無責任なことを言う。私と青峰くんが幼馴染なことは、周知の事実だけれど、私も彼も昔話をするのは好きじゃなくて、だからあまり詳しいことは知らないはずだ。それでもきーちゃんはすらすらと言葉を紡ぐ。心にも無いことを、と思うのだけれど、悲しいかな、私は女子で彼は男子でついでに言うならイケメンで。気持ちが徐々にふわふわしてきてしまうのだ。
 きーちゃんは女の子の扱いが上手い。
 たぶん、女の子がどういうものなのか、彼は女の子自身よりわかってる。とても、客観的に捉えている。



 きーちゃんは、博愛主義者だ。
 故に、女の子皆に優しい。
 だけどきっと、あの笑顔は最後に女の子を傷つける。



「だあいじょうぶっすよ、桃っち、だってほら、青峰っちは離れていかないでしょう?」

 いざとなったら俺もいるっスよ、きーちゃんはそっと私の腕を自分から引きはがす。剥がされて露わになった綺麗な顔は、クラスの女の子たちが持っている雑誌と同じ顔をしていた。

 これに騙されてはいけないとは思うのだけれど。

 結局私も、寄っていってしまうのです。だって女の子だから。



 彼女ではないので、本当の心が欲しいだなんてそんなことは思わない。だから上辺だけのその笑顔に騙されたフリをして、「女」の私は慰められる。青峰くんもテツくんも、皆が知らない、きーちゃんの顔。
 たまに傷ついてしまう私の中の「女」の部分を、ぺたりぺたりと絆創膏を貼るようにその場凌ぎの癒しをくれる。好きではない、と思ったはずの、彼の一面をこうやってこっそりと呑みこむように受け入れる。



「あ、やば、マネージャー来た。俺行くっスわ」

 それじゃあまたねときーちゃんが手を振る。
 青空に映える、黄色が笑う。



 きーちゃんは綺麗だ。
 だってあれは作り物だから。
 そうとわかっても寄っていってしまうのは、残念ながら私も女の子だからなのだ。作り物だとわかっていても綺麗だと思う。
 そうして彼のその綺麗な笑顔を見た後は、いつも決まって、無性に、青峰くんが、恋しくなる。



 私は、元来た道を駆け出した。






うぃーあーちるどれん






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