あまりの暑さに空を仰いだら星が見えた。

「あれがデネブ、アルタイル、ベガ、で夏の大三角形だっけか」
「・・・・君の知らない物語ですか?」
「はあ?」

 一際明るく瞬いている三つの星を順繰りに指差しながら火神が唐突に星の名を言った。隣で同じように首が痛くなるような体勢で空を見上げていた黒子は、思わぬ出来事に思わず火神を凝視してしまう。どこかで聞いたような恋の歌のワンフレーズが頭を過り、それをそのまま口にしたら怪訝な顔をされた。

「天体観測とかよくしたな、そういえば」
「見えないものを見ようとして望遠鏡を覗き込んだり?」
「・・・・いやまあそうだけど、おいなんだ悪意しか感じねえぞ」
「悪意なんてないですよ、普通天体観測なんてしないじゃないですか。びっくりしたのでつい」

 何て返事を返せばいいのかわからなかったので助けてもらいました、黒子は空を仰ぎ見たままで言う。
 少しだけ早く練習が終わってので、どちらからともなく二人揃って馴染みのファーストフード店へ向かっていた。途中、いつもは中学生に占拠されている公園の小さなバスケットコートが空いていたので、これまたどちらからともなく気が付けば制服のままバスケをしていた。真夏の猛暑日で、いくら日が落ちたとはいえ、気温はちっとも下がらない。太陽の光が無いおかげで体感温度はいくらか下がったように感じられるけれど、動いてしまえば滝のように汗が流れてくる。文句を叫びながら思わず空を仰いだら、快晴だったせいか、いつもよりもたくさんの星が眼前に広がった。

「星も太陽の光で光ってるんだっけ」
「宇宙で、自ら光を放つことができるのは太陽だけなんじゃなかったでしたっけ」
「そうなのか?」
「自信はないです」

 小学校か中学校の理科の授業で習った知識を無理矢理引っ張り出して、黒子は答えた。人間の存在などちっぽけだと散々思い知った授業だった。ただでさえその小ささに絶望したというのに、加えて星は皆太陽が無ければ輝けないと聞いた時の絶望感たるや。太陽がないとダメなんだな、と何故か誇らしげに言ったのは、黒子のかつての相棒だった。

 自分のことを言われているような気がした。
 光が無ければ生きていけないし、存在価値さえも危うい。
 影になることを受け入れたのは黒子自身であって、その立場に不満を言うつもりなど毛頭なかったけれど、こうしてたまに自分でもどうしようもない絶望感と焦燥感に晒されるのであった。光が強烈すぎて、上手く立っていられないのだ。
 黒子とは違う場所で生きるキセキたちには、決して言わなかった。気を遣っただとか、そんな生易しい感情ではない。ただ単に、癪だったのだ。きっと彼らは笑い飛ばすか興味を示さないかのどちらかだろうと思っていた。

 夜の街灯に強い光に負けじと淡く光る星を見上げたまま、どうやら火神は何か考え込んでいるらしかった。じい、と夏の大三角形を見つめたまま動かない。公園の少しだけ不気味な色した白色の蛍光灯に照らされた横顔は、その見慣れない光の色のせいなのか、彼を別人のように見せた。黒子は何となく目を逸らした。

 そうしてしばらく時間が過ぎて、ふいに火神が黒子へ向いた。その気配を感じたので、黒子もゆっくりと首を回すと、予想通りばっちりと目が合った。

「つまり太陽にとって星は必要ってことか?」

 どうやら火神は、先ほど黒子が言ったことをずっと考えていたらしかった。どうしてそういう結論に達したのかわからないが、妙に嬉しそうだった。

「逆じゃないですか?」
「あん?そりゃそれもあるけどよ、太陽がいない間こうやって光ってんのは星なわけだから、つまりお互い様だろ?」

 黒子は火神をまるで恐ろしいものを見たかのような思いで見上げた。この人は。何故。ぐるぐると思考回路がおかしな方向へと向かう。言っていることはまるで小学生みたいなことで、実際彼は小難しく考えて結論を出したわけではなく、単純に素直にそう思ったのだろうけれど、それは驚くべき温かさを持っていた。勘違いをしてはいけません。星の話です。黒子は目を瞑って自分に言い聞かせた。

「火神くんって、単純ですよね」
「あ!?」

 火神の一言でこうも気分が上昇する自分の方がよっぽど単純だと思いつつも、認めることが悔しくて言葉にせずに仕舞い込んだ。

 星が瞬いて、明るい夜だった。





星水母

ほしくらげ




   


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