昼食にそれを食べると大の大人でも夕飯が入らなくなると言われる実にダイナミックな量の定食を、それぞれ平らげていた時のことだった。
 午後からはバレーボール部が練習試合を組んでいたので本日は午前練だけである。加えて、明日は珍しいことに休みであった。それならばせっかくだから、と部員数名で隣駅まで足を延ばし、少し遅い昼食にありついていた。周りより少しばかり早く食事を終えていた紫原が、暇を持て余して一人勝手にゲームを始めたところで、携帯電話が突然鳴った。何かに集中している時の紫原が携帯の着信を無視することなど日常茶飯事なので、一瞥するだけで手に取らないだろうと誰もが思っていたけれど、意外にも紫原は素早い動きで携帯を取り寄せた。

「行くね」

 読み終えたと同時だった。当たり前のようにさらりとそういう紫原に、一瞬呆気に取られたのは目の前の氷室だけではない。同じテーブルを囲んでいた面々が、一斉に顔をあげる。

「行く・・・・ってお前、そりゃもう食い終わってるだろうけど、下りまだ来ねえぞ?」
「でも上りは来るよね」
「はあ?」

 何秋田で買い物?言いながら部員の一人が時刻表を取り出した。一日の本数が少ない東北地方の時刻表には、隣駅の発着時間も記載されているものが多い。彼らが持ち歩いているのは学校最寄駅の時刻表だけれど、それは主な周辺主要駅や無人駅の時刻も載っているのである。普段は見慣れない奥羽本線の時刻を目で追いながら、紫原の隣にいたある一人が、「あー、まあ一応もうすぐ秋田行き来るな」と、それを伝えた。

「こっから秋田ってどんくらいだっけ」
「1時間かかんねえくらいじゃねえの」
「ふうん、なら15時行けるかな」
「15時?」
「うん、こまち」

 あまりにも当たり前のようにさらりと言った。そのいつもと変わらない具合に、思わず氷室も「大丈夫なんじゃない?」と当たり前のように返してしまう。氷室の返事を聞いて、一人が素っ頓狂な声をあげた。

「・・・・はっ?こまち!?え!?どこ行くの!?」

 こまちとはつまり秋田新幹線の総称である。新幹線と言えば21世紀に日本が生み出した高速鉄道のことで、つまり長距離の移動に主に使われる。

「東京!?IH近いんですけど!?」
「IH近いってそれ関係ある?だって明日休みじゃん、それに東京じゃないし」
「え?あ、東京じゃねえの?どこ?盛岡とか?」

 それとも仙台?いや大曲とか。大曲まで新幹線とかどんだけリッチだよ!俺も秋田までつがるでその後大曲までこまちとかで実家帰ってみたいです!
 東京ではないと知った部員たちが好き勝手に喚き立てるけれど、どちらにせよ高校生が思い立って行動する範囲ではあまりない。そこでようやく、15時に間に合うんじゃないとコメントを残してから黙って事の成り行きを見守っていた氷室が口を挟んだ。

「敦って、俺と同じで東北には知り合いいないんじゃなかったっけ」
「んー、うん、そうだね」
「よく話に出る人たちは皆関東とかだよね」

 氷室は指折り数えた。黒子テツヤ、青峰大輝、緑間真太郎、黄瀬涼太、桃井さつき。すらすらとつっかえることなく五名の名前をあげたところで、首をかしげる。

「あれ、足りない」
「うん、そうだね、その人」
「何が?」
「その人が呼んでるから」

 それじゃーねー、と妙に間延びした声で言うと、紫原は立ち上がった。のそのそと財布から千円を取り出してテーブルに置く。「お釣りは?」「今度お菓子買って」既に紫原は出口へと向かって歩き出していた。

「敦!明後日朝練、遅刻するなよ!」
「はいはーい、はあ面倒・・・・」

 氷室の呼びかけに、それでも律儀に応えながら、紫原は店を出ていった。しばらく皆揃ってなんとなく出口を見つめたまま静止していたけれど、一人サラリーマンが入ってきたと同時に、思い出したように食事を再開した。

「え?それで?結局あいつどこ行ったの?おい、氷室―」
「うーん、ほら、なんだっけ、敦の中学のキャプテンだった・・・・」
「はっ!?赤司征十郎!?」
「ああ、そうそれそれ、多分その人」
「「「はあ!?」」」

 思い出せてすっきりしたのか、妙に晴れ晴れとした笑顔で手を打つ氷室に対して、思わず残り全員が非難めいた声をあげた。突然揃って大声をあげられたことに驚いて、氷室も箸を止めてしまう。先ほど入ってきたサラリーマンにじろりと睨まれたけれど、誰も気に留めることはできなかった。

「おまっ、赤司って、あいつ確か洛山だろ!?」
「え、うん」
「京都だぞ!?」
「・・・・ああ、そういえば。え?何?京都ってそんなに遠いのか?」
「これだから外国人は!日本を狭いと思い込み過ぎだっ!」

 いや俺れっきとした日本人なんですけどね、氷室のツッコミは、総スル―された。人生の割と大半を海外で過ごしてきた氷室に取って、日本のそれぞれの都市の距離間はどうも掴みづらいらしい。羽田から飛行機で秋田空港に降り立った氷室にとって、東京と秋田の間はそこまで遠いものとしては認識されていないことが、京都までの遠さを理解できないことに繋がっているらしい。

「氷室、いいか、お前今度IH前に観光も兼ねて東京にでも行ってみろ、こまちで!東京だって遠いのに、それからさらにのぞみ乗り継ぐんだぞ!」
「のぞみ?」
「新幹線!」

 はあ、生返事の氷室に、部員たちはどうももどかしさを覚えるようだ。東京までの新幹線の時間がいかに長いか、力説している。

「っつか赤司ってどんだけだよ・・・・紫原もさらっと行っちゃう距離じゃねえだろ・・・・」
「それだけお互いの信頼関係が厚いってことじゃないか?」

 いいじゃないか素晴らしい!氷室は嬉しそうに手を鳴らす。

「アホか!度がすぎてんぞ!」

 呆れと困惑の入り混じった表情の部員たちを、不思議そうな目で氷室は見つめていた。

 この時氷室は、紫原と赤司の関係を、中学時代の親友、くらいにしか思っていなかった。親友、などという生易しい表現では二人の関係を表せない、と氷室が思い知るのは、帰ってきた紫原がIH欠場を表明したことと、氷室自身が東京見物と称して秋田新幹線で東京まで出たことによるのだが、それはまた少し後の話である。






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