好きです、貴方の特別になりたい。 廊下の奥からそんな声が聞こえてきたので思わず黒子は立ち止まった。昼休み終了のお知らせ、つまりは予鈴が鳴り響いた直後で、大人しく生徒たちが教室へ戻り始めた頃だったので、廊下のその先には掃除用具入れしかない隅には、誰もいなかった。だから告白の場所とタイミングとしては、そういう意味でバッチリだったはずだ。だから多分、その女生徒はこの時間とこのタイミングを選んだのだろうし、その的確な判断に、黒子は少なからず賞賛の拍手を送りたいと思った。 思ったけれど、それでは何故黒子がそこにやって来たのかというと、いくら影が薄くにぎやかな場所では空気同然になってしまうからと言って、決して廊下の隅に逃げ込むような人間ではなかったので、つまり掃除用具入れに用事があった。ふざけていたクラスメイトが机の上に蓋が開いたまま放置されていたペットボトルを倒してしまい、中身がぶちまけられてしまったので、床を拭けるモップを取りに来たのだった。 そうしたらどうやら告白現場へと変貌を遂げているようだったので、黒子は大人しく引き下がろうとした。 そうしたら。 「あ、黒子っち!」 と、心底嬉しそうな声が降ってきたのだった。 名前を呼ばれてしまっては無視するわけにもいかないので、仕方なく覗き込んでみれば、女生徒の奥には見知った金髪イケメンがいた。無邪気に笑う彼に悪意はないのだろうけれど、それでもどう考えても今一番気まずい思いをしているのは女生徒なのであって、黒子は思わずすみませんでしたと頭を下げた。 「あ、えー、と、あ、うん、そうだそうだ返事」 黄瀬涼太は性格が悪い男ではない。モデルという副業(一応学生が本業)のせいで彼を取り巻く女の子は後を絶たない。それが日常と化しているというのに、そう邪険にすることはしなかった。だから今も、思わず黒子が見えて声をかけてしまったけれど、すぐにどういう状況だったのかを思い出したようで、ピン、と背筋を伸ばして女生徒に向き直った。 「気持ちはありがたいんだけど、今は付き合うとか考えられないし、そういうわけだから今まで通り友達でいてくれたら嬉しいっス」 「・・・・じゃあ、友達でもいいので、これからもっと会ってくれますか?特別になれますか?」 これはこれは何というか、と黒子は一人ごちた。何というか、面倒なタイプの子なんだなと察した。彼女になれないのなら友達枠で特別になろうとするだなんて中々すごい発想の持ち主だなと呆れ半分、しかし感動半分である。自分だったらまずそんなことは考えつかない。 「うーん、特別って言われても・・・・そういうのはちょっと」 「お願いします」 「お願いしますって言われても、困るっス」 黄瀬は本当に困っているようだった。ちらちらと黒子に視線を送ってくるのは、きっとSOSのサインだろう。けれど面倒事に巻き込まれるのが大層嫌いな黒子は、黄瀬からのその信号をスル―して踵を返そうとした。 「っ、じゃあ、あの人みたいになれますか!?」 突然、女生徒の声がこちらを向いたようで、黒子は思わずもう一度視線を戻してしまう。あの人?と思いつつも、女生徒の指差した方向には間違いなく黒子自身しかおらず、したがってあの人というのが自分を指しているのだろうということが予想できた。 あの人みたいになれますか。 あの人みたいになれますか? 自分で二回繰り返したところで、黒子には話の展開は見えてこない。 「いやー、それは無理なお願いっスね」 疑問符だらけの黒子とは正反対に、瞬時に理解したらしい黄瀬は、妙に晴れ晴れとした笑顔でそう言った。 「あの人、代えが効くタイプじゃない上に、人気者なんで」 適当なことを述べる黄瀬に、黒子はため息をついた。何を馬鹿なことを言ってるんですか、と黒子が黄瀬に言うのと同時に、女生徒はとてつもなく嫉妬を含んだ眼差しで黒子を睨みながら、バタバタと廊下をかけていった。知らない顔だった。 「・・・・知らない人にあんな風に悪意を向けられたのは初めてです」 「ははっ」 「誰のせいだと・・・・と、いうか黄瀬君」 くるりと向き直る。 「思ってもいないことを適当に言わないでください」 「えー?本気っすよ?だってほら黒子っちってば放課後になれば人気者じゃないすか」 ボール回してくれる大事な存在でしょ?黄瀬は嬉しそうに笑う。ただの仲介役です、と黒子が後ろ向きな発言をすると、黄瀬は肩を竦めながら近づいてきた。 本鈴が鳴る。近くの教室に入ろうとしていた教師が黒子と黄瀬の姿を認め、授業始まるぞ、と小言を言う。すみませんと言いながら黒子は小走りに掃除用具入れに近づくと、いそいでモップを掴んで教室へと向かう。黄瀬が隣を早歩きでついてくる。 「あ!」 「・・・・何ですか」 「今俺唐突にすごいこと思いついた!今日ちょっと紫っちにやってもらおう!」 「そうやってすぐ他人にやらせてコピーするのどうかと思います」 「才能なんで仕方ないじゃないっすかー、見るのがてっとり早いんスよ!」 それでそれをどうするんですか、惰性で話の続きを黒子は促しながら、既にその先は予想できていた。 「もちろん青峰っちを倒す!」 早く放課後になんないスかね!と黄瀬はキラキラとした目で言った。 そうですね。 キラキラした目には、青しか映っていない。 |