「黄瀬涼太だあ!?」

 1月の半ば、極寒の日、寒くて震えてボールさばきなんてやっていられないほどの気温だった海常高校体育館、部員の士気は下がる一方でいつもよりも喧騒が少なかったせいか、そう叫んだ笠松の声は良く響いた。
 しん、と静まり返ったのも束の間、一瞬にして体育館は騒然となった。

「おいそれまじかよ!?」

 部員のざわめきを沈めようともせず、笠松は森山に詰め寄った。

「多分な。監督が話してんの、職員室で聞いた」
「推薦か・・・・そろそろだもんな、うわーまじかよ、えー黄瀬って、黄瀬涼太ってあの黄瀬だよな!?」
「そうだ、あのモデルでイケメンで奴が出れば可愛い女の子がたくさんついて来るあの黄瀬涼太だ!」
「そこはどうでもいいわ!!!!!!!!」

 黄瀬涼太。
 帝光中学、キセキの世代。

 ここ最近の中学、高校バスケ界を大いに盛り上げている存在のうちの一人だ。黄瀬涼太自身がバスケを始めるのが遅かったために、二つ離れている笠松たちは直接当たったことはないのだけれど、その噂は中学どころか高校にまで嫌と言うほど伝わってきている。
 現在、キセキの世代と呼ばれるフルメンバーが揃った帝光中学と戦ったことのある笠松たちの一つ年下の学年は、その歴然たる差に絶望感を味わったとも聞く。

「おいおい・・・・ほんとに入ってくんのかよ・・・・うちに?黄瀬って神奈川出身なんだっけ?」
「さあ」

 よく知らん、と森山は、自分で仕入れてきた噂の割に、あまり興味が無さそうだった。と、いうよりもバスケットプレイヤーの黄瀬涼太よりもモデルで女の子にモテモテの黄瀬涼太に興味があるらしい、あわよくば取り巻きの女の子を俺の虜にするのも夢じゃないよね!?と言い出したので、笠松はもう森山は無視することに決めた。

 キセキの世代が入ってくる。この事が意味する重要性を、笠松は改めて考える。チーム全体の実力が上がる、などという単純な話ではない。彼らが「キセキ」とまで言われる由縁は、もちろんその圧倒的なまでの才能があるからだった。つまるところ、1年にしてレギュラー入りはほぼ確実で、つまり新人戦のレギュラーメンバーから誰かが引きずりおろされることになる。
 スポーツの世界は、非常にわかりやすい。チームに必要な能力を持つ者が評価されることももちろんあるけれど、それを凌駕する才能を持った者に、そんな者は通用しないのである。実力第一。その差が大きければ大きいほど、それは確実である。
 キセキの世代の中でもまともな方だと噂される彼だけれど、それでも入部すれば多少の波は立つだろう。それが吉と出るか凶と出るか、こればかりは4月にならなければわからない。

「・・・・まあ、でも、嬉しいニュースだな。何せ、」

 インターハイ優勝近づけるわけだから、何気なく呟いた笠松のそれを拾って、森山がああうんそうだね過去最強だ、と平然と返した。



 ぎりい、と笠松の拳が握られていることに気付いたのは、森山を含めて、多分ほんの数人だった。










「緑間真太郎って、あの?」

 春うららかな日差しが差し込み、陽気な午後だった。バレー部が練習試合を組んだ関係で、本日秀徳高校の練習は午後3時からとなっている。
 晴れて4月から秀徳高校への入学が決まっている高尾は、春休みから既に部活動に参加していた。彼にとって秀徳高校に入学することは、イコールバスケ部にも入部するということで、何の疑問も持たずに練習に参加している。熱血系ではないし、つらい練習なんて大嫌いだと思うことも多々あるけれど、結局のところバスケしか選べないのだということを、本人はよく自覚している。
 新一年生で、春休みから練習に参加しているのは高尾一人だけだった。全国ベスト8の実績を持つこの高校は、それこそスポーツ推薦枠で入学してくる者も多い。そのため、全国様々なところからスカウトされた猛者たちが集まるのであって、早々気軽に練習に参加できる距離ではないらしい。地方組は来週入寮予定だった。
 秀徳高校バスケ部には毎年中学で名を馳せた者がやって来る。だからきっと、やはり中学で名を馳せていた高尾がこうして春休みに練習にやってきたとしても、あまり騒ぐ者はいない。それが毎年繰り返される秀徳の春休みだと言えばそうなのかもしれなかったが、高尾は違和感を感じていた。あまりにも平然と自分が受け入れられていることに釈然としない、というのがきっかけだったが、どうもここの先輩方は何か別のことに興味があるように感じたのである。

 そういうわけであまり高尾に興味を示さない部員の代わりに、キャプテン自ら世話係をしていた大坪は、そういえば、と思い出したように緑間真太郎の名前を出した。そうしてさらりと「お前チームメイトになるんだぞ」と言ってのけた。

「えー知らなかった、キセキの世代が入ってくるんすね?しーかも緑間真太郎かあ、うわー俺絶対気ィ合わない気がする!」
「あっはっは、けど絶対お前あいつ気に入りそうだよな、神経質そうな人好きじゃん?」
「いや何言ってんすか全然好きじゃないし!大体先輩だって緑間真太郎とは絶対気ィ合わないと思いますよ俺は!」

 少し離れたところで入念にストレッチをしていた宮地が、突然会話に割り込んでくる。「大体俺の何を知ってるっていうんですかー」高尾はごろりと床に寝そべった。それを言うならお前俺の名前いい加減覚えた?宮地の言葉を高尾はスル―した。もちろん覚えていなかったからである。

「けどまあ、きっとキセキの世代と臆することなく図太く話しかけられそうなのはお前だから、せいぜい仲良くするんだな」
「何気にひどい言われ様・・・・」

 残念だったな、きっと話題もレギュラーも全部持ってかれるぞ?
 ケタケタと笑う宮地に、高尾はあくまで興味なさそうな顔をした。そうしてその無表情のまま、なるほど、と納得した。

「どうりであんま俺に興味ないと思った」
「何か言ったか?」
「いーえー」






Welcome以前






back