朝目覚めて、窓の外を見たら土砂降りの雨だった。そうなると家から出るのなんて億劫だし、じめじめとした外気に憂鬱になる。 夜更かしをしすぎた日も布団から出るのが苦痛で仕方ないし、授業を頭に叩き込むのは至難の業だ。 逆に、小春日和の快晴で暖かい日は室内で授業を受けているのが馬鹿馬鹿しくて外でのんびり過ごしたいと感じる。 「、なに変な顔してるの?」 「いや、草の匂いが恋しくて」 「どんな草食動物だよ」 「今流行りの草食系女子ですよ、山口君」 眩しい陽光に想いを馳せていた私の意識を引き戻した張本人である山口君は、なんだそれ、と楽しげに声を揺らした。 「こら、受験生ども」 パコン。 次の瞬間、小気味よく響いた軽快な音と共に、僅かに山口君の頭が沈む。 「ちょっと先生、俺の脳細胞死んじゃうって」 そうして、今しがた先生の手中で丸められている教科書に叩かれた頭を大げさにさすりながら口を尖らせる山口君。 教室に控え目な笑い声がいくつか上がる中で、先生は「殺せるくらいの脳細胞をため込んでおいてほしいもんだ」なんて軽口を零しながら私たちの席から離れて行った。 「ちぇー、なんで俺だけ?」 「前に女の子叩いたら、セクハラーって言われて気にしてるらしいよ」 「うわ、俺だってセクハラで訴えてやるし」 そこまで言うと、再び先生から「先生、そっちの気はないぞー」と返ってきて、また教室が僅かに活気づいた。 11月の太陽に照らされて暖かい教室の窓際、人割と穏やかな空気に満ちているのを感じる。 「あの先生、俺のこと嫌いなのかな」 「逆でしょ。気に入られてると思うよ。山口君、成績良いし」 「別に普通だよ。進路面談でも、もっと頑張れんなら頑張れって言われたし」 「へえー」 そう、私たちは受験生なのだ。 他の人が真面目に勉学に勤しんでいる中、自分だけがそのしがらみを抜け出して長閑な1日を過ごすことなど許されない。 いや、その自分だけが自由な時間を満喫することが出来る、というのも悦びの1つではあるのだろうけれど。 ただ、この時期にそんな悦楽を選ぼうものなら次に春が訪れる頃、悔いることになってしまう。 だからこそ本来ならば投げ出してしまいたいこの日々の中でも、多くの人は足繁く教室へと通い、机に向かうのだ。 「はさ」 「なにー?」 「なんでいつも授業中、外見てるの?」 「だーるーいーかーらー」 例に漏れず、お隣の席の山口君はいつも爽やかな笑顔を引き連れて、毎朝毎授業その定位置に腰を据える。 いや、彼は以前からそうだった。 どうやらサッカーで地区選抜やらなんたらかんたらの日本代表やらと凄い人材であるらしく、その手の事情で学校を休むことは度々あったけれど、彼がそれ以外の私情で休んだという話を聞いたことがない。 趣味は親孝行だという噂まであるという夢のような少年であり、絵に描いたような優等生だ。 「それでも毎日学校に来なくちゃいけないのが受験生の悲しい性!」 「そうだなー」 喉を鳴らしながら、山口君は机の中から次の授業で行われるはずの小テストのためか、英語の単語帳を取り出した。 それを開くわけでもなく、その少しだけ骨ばった手で包み込んだまま、言った。 「でもま、もうちょっとしたら授業も減るし」 私をなだめるような、その口調。 「もう少しだけ、頑張ろうぜ」 穏やかな日差しによく似合う微笑みを浮かべた後、その目はいつの間にか開かれた単語帳へと落ちてしまった。 「うん、そうだね」 彼に届いたかどうか分からない呟きを落として、私はまた窓へと目を向けた。 英語の勉強は、昨日の夜にやった。今更詰め込んだって変わりはしないだろう。 寄りかかった椅子が、小さく軋んで音を立てた。 窓には真剣な眼差しの山口君が反射して映っていた。 「うわ、最悪……」 朝、目覚めて愕然とする。いつ止めたのか分からない目覚まし時計はの表示する時刻は、家を出る時間をとっくに過ぎている。 こんな日は、大抵学校に行く気が失せるものだ。 「……行かなきゃ、学校」 一瞬、枕に再度ダイブしようとした自分の身体を無理やり起こす。 こんな時期に学校を休むわけにはいかないのだ。 何故なら、私たちは受験生だから。 「あー……、だるい」 授業に出ても、窓ばかり見ている私が何を言っているのかと指摘されればそれまでだけれど。 ひどく緩慢な動きで準備を整えて、それでも自分の中では最速だったと褒めてやりたいくらいの時間に家を出た。 今日も、腹立たしいほど良い天気をしている。 雲一つない、秋晴れだ。 こんな日は、 「?」 「え?」 ぷつり、と思考が停止する。 自分の名前が唐突に呼ばれたことに。 「や、山口君!?」 そして、その声の主が山口君であったことに。 「なにしてんの?」 「え、と……ちょっと、寝坊して。山口君は?」 「俺も寝坊」 「うっそ、珍しいね」 「そう?俺だって二度寝したい日もあるって」 はは、と笑って見せた山口君に、思わず素直な感想を落とした。 言いわけするように頭をかいて見せるその姿に、私は目を細めた。 誰もいない午前中の住宅街に、山口君と2人だけ。 なんだか、とても変な感じだ。 「まあ、今日はまた一段と天気がいいから仕方ないよねー」 「そうだよなー、これは天気が悪いわ」 もう一度、お互いに声を揺らす。 空を見上げて、目を合わせて、笑った。 「ねえ、」 「んー?」 「なんか、俺たちって受験生失格だな」 「あは、そうだねー」 寝坊なんてね、と肩を竦めて見せると山口君は少しだけまた天を仰ぐ。 「じゃあさ」 冷たいけれど、どこか和やかな風が頬を撫でていく。 そうだ、こんな日は、 「失格ついでに、このままサボっちゃおうよ」 全てを投げ出してしまいたくなる。 「は?」 「あ、やっぱダメ?」 それは、私の台詞ではなくて山口君の口から出た言葉だった。 「や、えっと、ダメではないけど……え、山口君、どうしたの?」 「え、なに、そんなに驚く?」 「そりゃあ驚くよ……」 私が言いだすなら分かるけど、なんて。 すると山口君は、屈託のない笑顔で言ってのけた。 それはそれは、この青空にも匹敵するほどの爽やかさで。 「もうすぐ卒業だし、とどっか行きたいと思ってたんだよね。丁度いいじゃん」 この人は、知らない。 どんなに学校をサボりたくても、サボらなかった理由を。 私たちは受験生だ。 休めるものか。 受験を終えれば、待っているのは卒業だけ。 悠々とサボれるものか。 私は、残された僅かな時間を精一杯彼の隣で過ごしたかったというのに。 「バレたらまた俺だけ怒られんのかな」 悪戯に笑う山口君の隣へと並ぶ。 今日、この日がこんなにも幸せに感じるのは、他の誰かに対する優越感なんかじゃない。 隣に彼がいるせいだ。 例え、苦痛な授業ですら隣に彼がいれば幸せだった。 大事なのは、隣にいるのが彼であることだけだ。 でも、欲を言うことを許されるのであれば。 こんな日は、何もかも投げ出して出掛けたくなってしまうのだ。 大好きな、君と一緒に。 彼は、どんな顔をするだろうか。 いつも外を見ているだなんて、とんだ勘違いだと。 私がいつも見ていたのは、窓に映る山口君だったと言ったら、一体どんな顔をするのだろう。 けーすけくん、お久しぶりすぎて迷走した! 名前変換あんまりなくてごめんしゃい^^ あと地味に話がややこしくなった^^ 09年11月26日 夏乃みな |