見てて良いっすか?と黄瀬が言うので、好きにさせておいたら、いつの間にかギャラリーが増えていた。新しい玩具を見つけた子どものように目を輝かせる黄瀬と、その隣には大きな瞳の割に何を考えているのかわからない黒子がいる。青峰との自主練が終わった直後なのか、息は乱れたままだ。何しにきたのか問うのは面倒で、緑間は増えたギャラリーについては言及しなかった。二人とも、緑間がシュートに集中する時に外野で騒がれるのを心底嫌がることを知っているからか、大人しく膝を抱えている。黄瀬はともかく、黒子にとっては何のプラスにもならないだろうに、緑間のシュートをただ見つめている。気にならないと言ったら嘘になるが、追い出すほどでもなかったので、緑間はそのまま自主練を続けた。



「・・・・電池切れか?」

 シュート練習を終え、ようやく緑間は二人を振り返る。途中からやけに大人しくなったかと思えば、黄瀬は眠りこけていた。

「それは僕に対してですか?それとも黄瀬君?」
「両方だ」

 自分よりも図体の大きな男を肩で受け止めたまま、黒子は微動だにしない。黄瀬が寄り掛かっているから動かないのか、それともただ単に黒子自身の体力も限界を超えていて動けないのか、緑間には見当もつかなかった。両方なのかもしれない。

「黄瀬君は昨日仕事で遅かったみたいですから、睡眠不足なんじゃないですかね。僕のはいつものことです」
「お前は体力がなさすぎなのだよ。赤司に頼んで持久力をつけるメニューに変えてもらったらどうだ?」
「遠慮します」

 ポカリスエットどうぞ、と黒子が指差した先には、いつの間に買ってきたのか、500mlのペットボトルが置かれている。どちらかと言えばアクエリアス派の緑間だったが、集中して連続でシュート練をしたせいで、喉はカラカラに乾ききっていたので、文句を言わずにそれを有難く頂戴することにした。

「というかお前は何しているんだ?俺のシュートなんて見ていても何の得にもならないだろう」
「綺麗なシュートだなあと思いまして。真似できないかなあと思っています」
「出来るわけがないのだよ」

 パス以外は標準以下の黒子が何を言い出すのかと思えば、笑い飛ばしたくなるようなことだった。

「失礼な。緑間君も、僕のパスやってみたいなあとか思いません?」
「まったく。少しも。必要ない」

 迷うことなく切り捨てた。自身のシュートに絶対的な自信を持つ緑間にとって、他のものを極める必要などないのだ。これは何も緑間に限った話ではない。キセキの世代全員に言えることだった。
 黒子だって、何も始めからパスに専念したわけではなく、その他ではどう足掻いても彼らと同じ土俵に上がることさえできなかったから、パスに特化せざるを得なかったのだ。それを見出したのは、黒子自身ではなく、彼らのキャプテン、赤司なのだけれど。

「・・・・お前でも、パス以外を欲しいと思うのだな」

 一気に500ml飲み干して、緑間は体育館の壁に背を預ける。黄瀬と黒子からは少し距離を置いていた。特に意味はない。黄瀬も眠ったままだし、何となく隣に立つことは憚られたのだ。黒子は黄瀬を起こさないように、やはり微動だにせず、視線はまっすぐとゴールを見据えたまま、緑間の言葉の意味を考えた。

「緑間君は、何故バスケを始めたのですか?」
「・・・・聞いてどうする」
「どうもしません、興味本位です」

 あまり抑揚のない声が響く。黄瀬のように喜怒哀楽が激しければ、その口調から、声のトーンから、話し方から、多少なりとも機嫌を推測できるのだけれど、黒子の場合はそうもいかなかった。常に同じテンションで淡々と話す。本人は感情の起伏が激しい方だと思っているようだけれど、それがどうして中々表には出てこない。共にいる時間が多い青峰ならばあるいはわかるのかもしれないが、緑間にはわからなかった。だから、彼の言おうとしていることの真意を汲み取ることはできず、仕方なしに会話を続けた。

「有体に言えば憧れたから、なのだよ」
「なるほど。詳細はお聞きしませんけど、僕も似たようなものです」
「・・・・それで?」
「緑間君もバスケを始めた理由、ないしきっかけがそうでなるならば、もうお分かりかと思いますが」

 黄瀬君だって僕の真似はしないでしょう、黒子は隣ですやすやと睡眠を貪る黄瀬の前髪を手で弄りながらそう言った。
 黄瀬が黒子を真似ないのは、ただ単に黒子のような特性が彼には備わっていないから、真似出来ないだけなのではないかと緑間は思ったが、仮に黄瀬も影が薄い存在だったとして、確かにきっと真似はしないだろう、とも思ったので、その考えを口には出さないでおいた。
 黒子は何度か黄瀬の髪を弄ぶ。しかし黄瀬が起きる気配はない。黄瀬の額を何度か叩いて、彼を眠りから無理矢理覚醒させた。

「うー・・・・、ん、あれ?・・・・あれ!?俺もしかして寝てた!?」
「もしかしなくとも爆睡です。おかげで肩が痛いです」
「わー黒子っちごめんって!・・・・あ、緑間っち練習終わっちゃったんスか!?」

 途端に騒がしくなる。

「今何時だと思っている?そろそろ引き上げなければ門を閉められてしまうのだよ」
「えー!わーせっかく盗もうと思ってたのにー緑間っちの華麗なるシュート!」

 ぴょん、と身軽に飛び起きて、黄瀬はシュートを打つ真似をした。緑間のフォームにはまだまだ程遠いけれど、中々様になっている。その長身からはあまり想像できないような、身軽さだった。ねえ黒子っちだって思うっしょ?黄瀬は無邪気に振り返る。黒子はそうですねと驚くほど優しく笑っていた。

「・・・・それが答えか」
「そうですね、やはり緑間君は話が早い。頭の回転が早いですもんね」

 緑間を振り返った黒子はもう笑っていなかった。

「何?何の話っすか?」
「黄瀬君は残念系イケメンだって話です」
「嘘でしょ!?」



 遠くでチャイムが鳴った。
 ひどく哀しい音だった。






夢見たのは主人公






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