「火神を、日本一にするって言ったな」 その日、いつもと変わらず人目に付かない中庭の木陰で(と、行っても黒子の場合、教室にいようが廊下にいようが人目に付かないのでわざわざそこまで行く理由は、人目に付かないからというよりも、静かだからだ)読書に勤しんでいると、不意にもう一つ影が降りてきた。その声が、火神のものであったならば、あるいは顔を挙げなかったのかもしれないけれど、どうも聞き覚えのある先輩の声であったから、読んでいた本が丁度クライマックスに突入していたところだったけれど、黒子はゆっくりと顔を挙げた。 「・・・・はあ、突然何でしょう」 目の前に仁王立ちする日向の表情は、穏やかだった。穏やかだけれど、真剣だった。 「気分を害するかもしれないが一つ質問していいか」 「丁重にお断りします」 「帝光が恋しくはないのか?」 結局質問するんですね、黒子は諦めて読みかけの本を閉じる。 「別に、恋しくは、ないです」 「光の影になるのなら、キセキの世代だってよかったんじゃないのか?」 「一つって言いませんでした?」 まあいいじゃないかと笑う日向から、目を逸らして黒子は考えた。はあなるほど。そういう考えもありますね。思わずそう口にすると、日向が呆れたようにまた笑う。 さて、と口元に手をあてて考える。影としての役割を極めるならば、強い光がいい。そこまでは間違いない、「あれ、そういえばまあ火神くんには足元にも及ばないって言っちゃいました」と、いうことは。 「うーん、わからないです」 「それは何を指して言ってるんだ?」 「全部です。でも、わからないですけど、あの五人じゃダメだとも思います」 何が、と問われても、黒子にもわからなかった。 今日は快晴で、物陰にはくっきりとした影ができる。隣合う明暗。手を延ばすと、自分の腕にも光は当たる。じっとその様を見ていると、隣から同じように手が伸びてきた。「何してんだ?」言いながら真似して黒子の行為の真意を量ろうとするも、やはり日向には理解できないようで、しばらくしてから腕が引込められた。 「・・・・火神くんなら、」 ぽつりと口をついて出た言葉に、一番驚いたのは他でもない、黒子だった。言葉の続きを待つ日向の気配を感じるけれども、はて何と言いたかったのか、自分でもわからない。 じりじりと腕が焼けていくような感覚。普段は日の当たらない体育館での練習が基本となるので、肌は太陽の光を浴びると驚いてしまう。 「火神くんなら、同じものを見てくれるのではないかと思っただけです」 「同じもの?」 「わからないですけど」 お前さっきからわからないしか言ってねえぞ、日向の言葉とほとんど同時に、昼休み終了を告げるベルが鳴った。ゆっくりと二人で立ち上がって、ぱたぱたと付いてしまった芝生を叩いて落とす。制服のズボンの裾に落ちてしまったそれを払いのけようと黒子は前かがみになった。つまむようにして、芝生を払う。「取れたかー?」上から日向が覆いかぶさって、影が濃くなった。 「・・・・彼らの光は、恋しくはないですけど、」 強烈に残ってはいるので困ります。 呟こうとした最後のフレーズは、芝生と一緒に地面に落ちた。 「何か言ったか?」 「いいえ?」 |