好きです、と、人生最大なんじゃないかと思うくらいの勇気を振り絞って彼に伝えると、驚いたような顔をして、それでも「ありがとう」と言ってくれた。










エスタデイ・アフター


   






「え?何?じゃあ振られたわけじゃないってこと?」

 駅前のマック、時刻は朝7時ジャスト。学校へ向かう前、制服のままこっそり陣取った店内奥の隅っこ。私とユウちゃんは、顔を限界まで寄せ合って、こそこそと話をする。女子お得意の恋愛話の真っ最中で、席を一つ空けて座りブレンドコーヒーを啜るサラリーマンが、先ほどからちらちらと私達を見てくるのは、きっと時折お互いがあげてしまう、甲高い声のせいなんだろう。
 私は、ユウちゃんの顔をしっかりと見据えて、「うん」と大きく頷いた。

「へえええええ、意外!真田ってまったく恋愛とか興味なさそうじゃん」
「え、じゃあ何、あたしのこと応援してくれてたのは、振られると思いながらだったってこと!?」
「そうだね」
「・・・・ひどい」
「だって真田だよ?ほとんど女子ともしゃべんないしさ、絶対興味ないんだと思ってたもん。流行りの草食男子って奴かと」

 へええええ、とユウちゃんはもう一度、心底意外そうに言い、後ろに仰け反った。まだあついポテトを一つ頬張りながら、私はそんなユウちゃんを見つめる。

「っていうか、別に真田くんはあたしに興味があるとか、恋愛に興味があるとかじゃないと思うよ。ただ単に真面目なんじゃないかな」
「どういうこと、それ」
「あたしのことよく知りもしないのに、振れないって感じだったもん」
「えー、あたしそういうの好きじゃない」
「はいはい、ユウちゃんがはっきりしないのが嫌いなのはわかってますー。でもいいの、あたしはそれでも全然構わないの」

 それでもまだユウちゃんはあまり納得がいかなさそうな顔をしていて、私はもう一度説明をする羽目になる。そもそも私とユウちゃんは、性格が正反対で、従って好みなんかも間逆なので、お互いの意見を理解するまで、何かにつけて時間がかかるのだ。だからこういう事態は慣れっこになってしまっている私は、その二度目となる説明を、ほとんど苦にもせずに話すことができるのだけれど。





 私の想い人―――すなわち昨日告白をした彼、真田一馬くんの存在を知ったのは、一年生の時に開かれた球技大会だった。女子はバレーとバスケット、男子はサッカーに別れてクラス対抗で争う行事だ。私のクラスの女子は、バレーもバスケットもいっそ清清しいほどの点差で一回戦で敗退し、女子全員で男子の応援に回っていた。幸いなことに、男子は順調に勝ち進んでいて、決勝まで辿り着いた。

 その、相手のクラスに、真田くんがいた。

 彼はお世辞にも目立つ方だとは言えなくて、恐らく学年に彼を知らない人も結構な数いるんじゃないかと思う。否、その日まではそうだった。ただ、サッカーコートを颯爽と駆け抜ける彼は、他の人とは比べようもないほどの綺麗なフォームで、私の目を釘付けにした。もう一度言うけれど、彼は目立つ方ではない。従って、過度なパフォーマンスのドリブルをしたりだとか、点を入れた時にお調子者の学級委員みたいに応援席で踊ったりはしない。だから、多分、あまり真田くんに注目していなかった人もいると思う。ゴールを決めたのも結局一度だけだったけれど、よく見ると、ゴール前のアシストを、何度も綺麗に行っていた。

 目立たない、けれど、さっと動く。目の前を、駆け抜ける。

 私のグループは、ユウちゃんを始め、どちらかと言えば派手な子が多い。私は、幼馴染のユウちゃんがいるからこそ、そこに所属できているものの、そのグループでは圧倒的に地味な方だ。だからなのか、そこのところは自分でもよくわからないけれど、真田くんのそういうところに惹かれていて、その球技大会の日から、彼は私の王子様になった。



 二年に進級して、めでたく同じクラスになったものの、彼はほとんど女子とは話さない。話さないどころか、まったく接触しない。ましてや男子ともよく交流をする私のグループとはまさに間逆といった感じで、おそらく、うるさい集団、くらいにしか思われていないだろう。その中で、目立たずにひっそりしている私は、ほぼ確実に彼に認識されていなかった。



 そうして、私だけが真田くんに想いを寄せたまま、3学期になった。
 見ているだけでもいいかな、とずっと思っていた私が、告白するきっかけとなったのは、「進級」だった。クラス換えのおかげで私は彼と同じクラスになれたわけだけれども、裏を返せば3年では離れてしまうかもしれないということで。

 じわじわと私を取り囲んでいた焦燥感が、確実に首を絞め始めたのは、バレンタインデー一週間前のことだった。

 私は決して恋愛に積極的な方じゃない。恋話は好きだし、友だちの恋愛についてよく聞いてはいるけれど、自分の身となると話は別だ。「はさ、こういうイベントでもなければ一生動かないんじゃないの?」とユウちゃんが真顔で言って、そうかもしれないと思ってしまった、それからは、信じられないくらい行動に移すまで早かった。
 イベント前の熱の篭った女の子たちの雰囲気に後押しされるように、私はバレンタインに向けて準備を進め、そうして人生最大の決戦日を迎えたわけで。

 誰もいない廊下、真田くんが帰ろうとするところを呼び止めて、チョコレートを渡しながら言った告白は、どちらかといえば成功だった。

 好きです、と言ったはいいものの、その後に「付き合ってください」とは続けられなかった私に、真田くんは小さいけれどはっきりとした口調で「ありがとう」と返してくれた。ばっ、と顔を上げると、驚いているけれど、照れたように目線を逸らす彼がいて、それから「俺、あんまりさん?のこと、知らないから、」そこで一度彼は言葉を区切り、逸らしていた目線を私に合わせると、顔を真っ赤にして、「また明日」と言った。どういう意味だろう、と私が混乱していると、その隙に、真田くんは逃げるようにして帰ってしまったのだった。
 未だに真意は量りかねるけれど、おそらくは、これから私のことを知ろうとしてくれたのだ、と良い様に理解している。





「今時早々いないよね、そういう返しする人。っつかそもそもそれはどういう意味なの?振られてもいないってあんた言ってたけど、別にオーケーってわけでもなさそうだよね」
「まあ、というか、別に付き合ってくださいって言ったわけじゃないし・・・・」
「はあ!?」

 ユウちゃんは大きく口を開けたままたっぷり3秒静止し、それから「ああうんあんたらお似合いなんじゃない」と何故か投げ遣りに言った。言われた私としては、大変不服である。

「っつかやば!そろそろ行かないと朝練遅刻する!」

 残りのポテトを2人で慌てて掻き込み、トレーを勢いよく引っつかむと、周りに先生がいないことを確認してから店を飛び出した。










 朝練を終えて始業ベルギリギリに教室に滑り込むと、既に真田くんは登校していた。私の席は窓際から二列目の、一番後ろ。真田くんは、ちょうど真ん中。必然、私が彼を追いかけることになる。最早毎朝の日課となってしまっているその様子を、いつもはまったくそんな私に興味を示していなかったユウちゃんが、首を長くしてこちらの様子を窺っていた。そんな風に見てたって、私からは特に何をする気もなかったので、気づかないフリをする。鞄を机の横にかけて、一限の数学の準備を始めたところで、もう一度真田くんの方に視線を向ける。



 彼と、目が合った。



 目が合った瞬間に逸らされてしまったけれど、でも確実に彼は私の方を見ていた。今までにそんなことはなかった。ただの一度も、だ。私は驚きのあまり、真田くんの背中を凝視したままぽかんと口を開けてしまう。

 私は、いつも通り、彼を見た。
 何故だか今日は、視線がぶつかった。



 つまり、イコール、彼も私を見ていたということで。



 うわあああああああ、と低く変な声をあげて、私は机に突っ伏した。隣でジャンプを読んでいたクラスメートが、なんだなんだ、と覗き込んできたのがわかったけれど、顔はあげられない。今、私はにやけ顔に違いない。自動的に持ち上がる口の端を下げることがどんなに頑張ってもできなかった。

 間違いなく、昨日まで私はほとんど真田くんに認識されていない存在だった。告白した後私の名前を呼んだ彼の声は、明らかに疑問系だったし、今まで一度だって目があったことなんてなかったし、話したことなんてもちろんなかったわけで。

 それが、今、確実に彼が私を見ていた。



 私を、意識していた。



 昨日も今日も、そしておそらく明日も明後日も、私と真田くんは単なるクラスメートでしかない。恋人同士になったわけでも、突然親友になったわけでもない。
 だけど、関係が動き始めたことは、間違うことなき事実であって。

 その境目は、昨日の午後4時、学校の渡り廊下。

 彼が、私を、意識した瞬間。
 真田くんのちぐはぐな返答に、答えが出せなかった私だけど、どうやら続きがあるようです。





 神様、期待してもいいですか?





END
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O-19Fest*X ヒーロー見参!

夜桜ココ(ナタデココ中毒)「17 イエスタデイ・アフター」
title by まばたき