名前を呼ばれて顔をあげれば、不機嫌オーラ全開の英士がいました。












ランスキーパー












「えーと・・・?英士、さん?」

昼食タイムになると真っ先に私の元へやってきた恋人の心境を測りかねてとりあえず疑問系で呼び掛けてみた。

私、は郭英士と付き合っていて、いわゆる恋人同士というやつだ。普通ならば、彼氏が彼女の元へやってきても、何の問題もないだろう。だがしかし残念ながら、私たちの場合、それは異常事態だった。
英士にはサッカーを通して知り合った二人の親友がいる。それこそ、二人なくして英士のサッカー人生は成立しないと言っても過言ではない。だから、サッカーに関しては、私よりも二人を優先することになっている。
例えば、今のこの状況。私は訳あって選抜のマネージャーをしているのだが、選抜中は英士が二人を差し置いて私を選ぶことは絶対にない。どんな時だって三人か、もしくは私を含めた四人だ。もちろん時と場合によっては二人になることもあるのだけれど、とにかく昼食中に私と英士だけになることはまずない(普段は別だ。むしろ真田と若菜を邪魔だとか言いだしかねない)。
だから英士が一人私の元へやってきた時はどうしようかと思った。英士たちと食べない時はご一緒させてもらっている上原と桜庭も何度もぱちくりと瞬きをしながら英士を見上げていた。伊賀だけが我関せずと言った調子で一人黙々と食事に取り掛かっていた。しばらく沈黙が続いた後に伊賀が立ち上がって去っていき、英士は目だけで上原と桜庭を追い払うと私の前に腰を下ろして何事もなかったかのようにスパゲティを食べ始めたのだ。つっこまずにはいられない。

「何」

言葉は疑問詞なのに、イントネーションは確定系だった。続ける言葉が見当たらなくて仕方なしに若菜たちをちらりと盗み見る。
苛立ちを全面に出した若菜が肘を付きながらぶつぶつと何かを言っており、真田が隣で呆れ返っていた。なるほど、英士と若菜が喧嘩したらしい。

「若菜と、何かあった?」
「ないよ」

嘘付けよ!全力で突っ込みを入れたかったが、今の英士にそんなものは通用しない。

「ないわけないでしょー。何で二人と一緒に食べないのさ。今日はユースの相談するんじゃなかったの?だからあたしは上原たちと食べようとしてたんだけど」
「何?自分のコイビトとは食べたくないの?」
「誰がいつそんなこと言ったよ。感じ悪いなあ。サッカー関係はあたしじゃなくて、真田と若菜じゃなかったの?」
「ああ、そんなことも言ったね」
「ね、じゃないから」

これおいしいよ食べる?そんなどうでも良いことを言ってくる英士に私はイラッときた。今すぐ若菜の元へ引きずってでも連れていきたい衝動に駆られたが、なんとかそれを飲み込んで英士と向き合う。

「英士と若菜が喧嘩するのは構わないけどさ、あたしと真田を巻き込むのはやめてくれないかなぁ」

ぴくり、英士が僅かに反応する。おそらくは、真田を巻き込む、に。私よりも真田であることは間違いないだろう。英士と若菜は真田に甘い。

「まあ、一馬には悪いとは思うけど」
「ちょっと、あたしは?」
に悪いとは思わないよ」

あっさりと奴は言いやがった。わかりきっていたことだけれど少しだけ凹む。
食堂内は相変わらずがやがやとした喧騒に包まれてはいるものの、明らかに大半の人たちが英士や若菜たちに注目していた。あれだけ常に一緒にいた三人が離れていれば誰だって驚くだろう。藤代にいたっては好奇心には勝てないらしく、あからさまに身を乗り出して彼らを指差しながら渋沢先輩に向かって何やら話している。すぐに椎名先輩によって席に戻されたけれど。

「珍しいねぇ、喧嘩なんて」
「そう?相手が一馬だったらわかるけど、結人と俺の喧嘩は、だってよく見てるでしょ」

さっきから聞いていれば、何もないとか言っておきながら喧嘩をしていることは認めるのかと言ってやりたかったが、その様子があまりにも英士らしくてそう言うのは何だか馬鹿らしく感じられた。結局、他の言葉を口にする。

「あんたらのあれは喧嘩っつーよりじゃれあいじゃん。若菜があんな風に怒ってるの、初めて見たよ」

私がそう言うと英士は一言。俺もびっくり、とかなんとか。

「ちょっとー、こんな険悪な状態続けられたらあたしだって嫌だからねー」
「なんで?」

別に険悪なムードが嫌だとか、そういうわけじゃなかった。もちろん平和でいてくれるに越したことはないけれど、とにかくそういう意味ではないのだ。
友達なのだから、当然喧嘩くらいするとは思う。中には他人が手に負えないくらいの喧嘩もあるかもしれない。それが普通で当たり前だから、喧嘩したことを嫌だと思ったわけじゃない。





「だって英士があたしを選ぶなんて、そんなこと絶対嫌だ」





サッカーが関わる状況下で、私の元に来るなんて、許さない。
サッカーと生きていく限り若菜たちと喧嘩することくらいあるとは思うけれど、その逃げ道にされるのはごめんだ。

「何それ」
「もし英士が若菜と喧嘩した理由が貸した漫画の話とか価値感の違いとかそういうんだったら構わないけど、サッカー関係か、真田関係でしょ?だったらあたしの所に来るのは反則だよ」

これからサッカーをするというこの状況で、私を選ぶということはそういうこと。もしここが都内のデパートか何かだったなら話は別だけれど、今は選抜の練習中だ。

「嫌でも若菜たちと居なくちゃ」

だって今の英士はあの二人が居て初めてサッカーができるから。
英士は驚いた顔で私を見ている。珍しいものを見たなと私は一人嬉しくなった。英士が驚いている顔なんて早々見られるものじゃない。

「どんな理由かと思えば、何そのわかりにくい屁理屈」
「うっさい。いいからさっさと若菜んとこに行くー」
「はいはい」

そう言って英士は立ち上がる。テーブルの横を通って私の元へ来たと思いきや、そのまま唇を落とされた。

その間約2秒。

たったそれだけのことだったのに、食堂内の全員の動きがフリーズした。

純粋そうな子が真っ赤になってるんですけどどーしてくれんですか英士さん。そんなのほっとけばいいでしょ。

それもそうかと私からもキスをお届けしておいた。

、一つ勘違いしてるみたいだから言っておくけど、」

去りぎわに英士が振り返る。





「俺は結人たちを捨てることはしないけど、結人たちだけを選んだりもしないよ」





言ってる意味、わかるよね?

にこりと綺麗に微笑む英士に見とれている間に彼は若菜の元へ行ってしまった。
あたし愛されてるなぁ、そんなことを他人事のように思いながら、私は残りの食事に取り掛かる。





ってさ、英士のどこが好きなんだよ?』
『愛し方。』





END
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上原と桜庭好きです。(他に言うことは)
今日は10番の日なのに10番誰も出てこねぇ!

07年10月10日


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