――どうしても、言えなかった言葉がある。 喉の奥まで出かけていたのに、私はその言葉を飲み込んだ。 言えなかった。 言わなくたって、別に会える保証なんてなかったけれど。 だけど、どうしても 言えなかった 、 言いたくなかった。 氷解速度ゼロ 「え!真田高校行くの!?」 「はぁ?当たり前だろ。」 「サッカー選手になるんでしょ!?」 「中卒でなれるかー!!!!!!!!」 卒業式が終わってからすぐに、私は真田一馬の今後の進路を本人に尋ねた。 その大きさはともかくも、私が一応想いを3年間寄せて来た人だからである。 「・・そういうお前は高校どうすんだよ。」 「ん?私も高校は行くよ?大学は行かないけどね?」 だって私はコックさんになるから!とふんぞり返って夢を語れば、返ってきたのは小さなため息一つだった。む、と口を尖らせると、大学までは聞いてねぇよ、と苦笑しながら真田は言った。自然と口元に笑みが広がる。恋ってなんて勝手で面倒くさい感情だろう。 「さて、高校へ進学するそんな真田くんにお願いがあります。」 「何だよ。」 「一緒に帰りましょう!」 「高校進学関係ねぇじゃんそれ。」 呆れかえった顔で真田は笑った。しょうがねぇな、とかなんとか言いながら私の我侭を聞いてくれるらしいことに密かにガッツポーズをする。私の想いが気づかれていようといまいとそんなことはどうでもいい。彼にその気がないのなら、この想いも今日で終わる。 私が告げることは絶対にない。 それから真田に30分後に校門で待っていることを告げ、私は教室からゆっくり出た。泣きながら別れを惜しんでくれる友人たちを慰めながら部室へ向かう。一人一人に、ありがとう、またね、そうやって声をかけ、手を振った。 右肩にかけられた鞄がかたことと音を立てる。不規則に揺れるそれは、私の肩にずしりと食い込んで少し痛い。 鞄には皆との思い出と、皆から寄せられたたくさんの言葉が詰まった卒業アルバムが入っていた。鞄の上からぎゅっと握り締める。もう二度と開くことのないその大きな私たちの「絵本」。一度立ち止まってから、こつん、と叩いて私は再び走り出した。 すぐそこまで迫った、見慣れた緑の扉を開ける。 「せんぱぁい!遅いですよう、先始めちゃおうかと思いました!」 開けるとたくさんの後輩たちからのブーイングが押し寄せてきた。一瞬後ろに飛びのいてしまう。ごめんごめんと笑いながら部室の扉を閉めた。 「それではーこれからバスケ部のお別れ会を始めまぁす!」 後輩が声を張り上げた。 喜んだり泣いたり叫んだり笑ったり。 全てを共にしてきた人たちとのお別れだった。 「ごめん!もしかして待った?」 「別に?」 校門に着くと既に真田はポケットに手をつっこんで気だるそうに待っていた。まだ約束の時間まで10分ほど時間があったから、彼がいたことに少し驚く。 「意外と早かったね?」 「今来たばっかだよ。」 ぶっきらぼうにそれだけ言うと彼はすぐに歩き出した。 遅れないように慌てて後を付いていく。 彼の言ったことが嘘であることは足元を見ればすぐにわかった。 靴で無意識のうちに土が掘られている。その跡がたくさん付いていた。 「お友達にちゃんとお別れは言ってきた?」 「もともと別れを惜しむ程親しい友人なんてあんまいねぇしな。」 「またすぐそう言う!」 真田一馬に興味を引かれたのは中学1年の夏休み明けだった。 ぼんやりと休み時間に窓の外を眺めてばかりいる孤独な少年の世話がやきたかっただけなのかもしれない。誰とでも仲良くなれる自信がったし、そうやって1人でいる子と仲良くなれる自分に、どこか自尊心もあったのだろう。偽善だということに、まったく気がつかなかった。 その次の日から私も猛アタックが始まった。 私がこういう性格だということを周りの人たちは知っていたからだろう、からかわれることもなく、私はしつこく彼にあいさつを続けた。 気づかなかった。 ただの偽善が、いつの間にか恋なんていう感情に変わっていたなんて。 「は、高校でバスケは続けるのか?」 「うーん、たぶん続けないんじゃないかな。」 「そうなのか?なんで?」 「なんでって言われてもなぁ、うーん、なんて言えばいいんだろう。思い出ができちゃうのが嫌なんだ。」 私がそう言えば真田は顔をしかめて首をひねった。 「つまりね、私にとってのバスケットの思い出は、中学でもらったものだけがいいの。その上にさらに上塗りをしたくないっていうか。これ以上、バスケで嬉しいこととか悔しいこととかが増えるのが嫌なの。私にとってのバスケ部はここだけでいいの。」 「・・・・・・・へぇ、そんなこと思うんだ。」 「うん。」 心底驚いたように、そして感心したようにブツブツと何かを呟く彼を見て、私は思わず小さく笑ってしまった。それに気づいた彼が不思議そうな顔でこちらを覗き込んできたけれど、理由は飲み込んで代わりに他のことへ話題を変えた。 「真田は?高校でもやっぱりサッカー部には入らないの?」 「入らねーよ。俺にとってサッカーはユースだけでいい。あ、選抜は別かな。」 真田をそれをちょうど言い終わった所で、学校から数えて4つ目の信号に差し掛かった。ここを渡れば、そこで左右に別れなければならない。 赤い色をしたランプが青に変わるのがとても恨めしく感じられた。 「じゃ、俺こっちだから。」 「おー。」 いつもと変わらず彼は言う。 実は何度か真田と共に下校したことがある。 私から誘ったり、たまたま帰りが一緒になったり。 少しずつ、心を開いてくれる彼が嬉しかった。 だけどそれ以上は望めない。 望めばきっと彼はごめんとあやまって、また私から遠ざかってしまう。 「じゃぁな。高校行っても適度に元気でやれよ。」 「うん、それじゃ、」 大きく、手を振った。 彼にとってサッカーが1番であることは誰に聞くまでもなく明白だった。 その1番がある限り、彼は2番なんて作らないだろう。それくらい、サッカーは彼の中で大きな割合を占めていた。1番を少しでも脅かすものなんて、彼にはいらない。 私の中では彼がそれくらいの割合を占めているのだ。 『これ』がなくなったらどうなるか、私にだってそれはわかる。 だから私は前へ行く。 横に伸びる、もう一つの道には気づかないフリをして。 完全にその道を断ち切るために、私には言わなければならない言葉がある。 「――またね。」 どうしても、言えなかった言葉がある。 言えなかった。 言いたくなかった。 嘘でも永遠を夢見ていた。 だから私は、いつまでもこの影を引きずるだろう。 ――さようなら END ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 卒業おめでとうございます。(えー!) 初☆私が1番好きな一馬くんを書いたのに!それが悲恋って! 07年03月10日 |