ひら ひら、ひらり。 静かに 散る。 楽園から追放 郭英士という14歳の少年がその少女のように見える『人形』に出会ったのは夏休みも半分を過ぎた、ちょうどお盆にあたる時期だった。彼女のことをどうして人形のように見える少女、ではなく、少女のように見える人形、と表したのかは、彼の物語を少し覗けばわかることだと思うので、今はあえて言わない。 その日、彼はお馴染みの友人二人と計三人で歩いていた。お盆の時期に練習を入れるなどという野暮なことを郭の所属していたユースの監督はしなかったので、ユース仲間とちょっと出かけたその帰りだった。 彼の家の最寄り駅を通る電車が、そこから5駅ほど離れた駅で人身事故があったために、運休していた。運転再開の目処がまだたっていなかったので、郭は他の線で帰る友人にさっさと別れをつげると、改札を出てた(切符を買っていたにもかかわらず、だ)。 とにかくどこか涼める所にでも入って出された課題を進めでもして時間を潰そうと考えていた。知らない街を特に気を引かれるわけでもなく飄々と歩いていく。彼に飄々という言葉が果たして正しいのかどうかわからないけれど。できれば人がいない所がいいなどという都会のど真ん中にしては不釣り合いな思考を巡らせていたが、そこは少しこちらが妥協すべきなのかもしれないと近くにある喫茶店の数々の中から一番繁盛してなさそうだと判断した、大型チェーン店の影にひっそりと立っている小さな古びた店に入った。 チリン、チリ チリン。 扉を開けると風鈴の音が綺麗に響き、中にいた店長らしき人物(とゆーかその人しかいなかった)が思ったよりも温かい声で、いらっしゃい、と言った。おそらく歳は三十代前半。その、人の良さそうな笑顔に招かれるままに郭は奥の席に歩を進めた。入ってきた方とは反対側の外が見える一角に案内される。 ご注文が決まりましたらお呼びください、もう一度にこりと笑って店長は店の奥へ引っ込んだ。 ぱらりとワインレッド色の表紙をしたメニューを開く。サンドウィッチとスコーンのどちらを頼むべきか少し迷い、先程キッチンへ戻ったばかりの店長を呼び出し、結局サンドウィッチを頼んだ。 「一人でどうしてこんな所へ?」 メニューを下げながら店長は言った。 郭は一瞬、この地へ来た理由を聞かれたのかと思ったが、近くには大型ショッピングモールもあるので別に一人で中学生が歩いていたって不思議ではないだろうと思い、この店に入った理由を聞かれたらしいと解釈した。 「どこかあまり人のいなさそうな所で涼みたかったから。」 「あんまり繁盛してなさそうってことかな?」 「ってゆーか入りにくそうってこと。それにこの様子だと賑わって欲しいわけじゃないんじゃない?」 「・・・仮にも店長が目の前にいるっていうのに・・・。まぁ、間違いではないかな。馴染みのお客さんしか来ないからね。」 店長はサンドウィッチを作りにキッチンに戻っていった。入り口にかけられた暖簾には赤い金魚が泳いでいる。改めて店の中を一度、ゆっくりと見渡してみた。全体的に青っぽい色で統一されているのは夏だからだろうか。外観はそうでもなかったが、中は意外にこざっぱりしていて、和風に統一されていた。入ったときに鳴った音は風鈴だったのかと今更ながらに気付く。箸やフォークの入った箱は所謂京ちりめんと言われるもののようだ。 しかし。 ふと疑問に思い、郭は腰掛けていた椅子から立ち上がり、外へ出た。入る時はそれほど気にしなかった外観を改めてもう一度見る。 「・・・・・・・・・・・・・。」 風鈴の音を静かに鳴らしながら、店の中へ戻った。 「どうかした?」 「いえ・・・何で外見は洋館なのにこんなに中は和なんだろうと思いまして。」 「細かいことは気にしない。大体外を和風にしちゃったらサンドウィッチやスコーンが売れないじゃん?」 「中を和風にしなければいい話ではなくて?」 「和風の方が涼しげじゃないか。」 郭は店長を放っておくことに決めた。ぼんやりと空中に広がる星を見る。石を天井から糸で吊し、風で動くそれは光の反射できらきらと光っているように見えた。 よく見るとかなり細かい所まで装飾されており、あの店長の意外とも言える一面を見た気がした。 サンドウィッチが運ばれてくる。 そこだけ異空間から切り取ってきたような、今の店の雰囲気には到底似合わない、しゃれた外国風のサンドウィッチだった。メニューに当店おすすめ品、と書いてあるだけのことはある。口の中に広がる味は見た目ほどしつこくなく、さっぱりとした味付けだ。最後の一切れを飲み込んだ所で、店長がタイミングを見計らったようにキッチンから出てきた。 「どうだった?」 「結構好きな味、かな。」 「それは光栄の至り。ところで少年。」 にっこりと、一般的に含み笑いと言われる部類の笑顔で。 「これからちょっと時間ある?」 ないよさよなら、そう言おうと郭が口を開くより早く店長は彼の手を引いて(ちなみに郭は遠慮なしに顔をしかめた)キッチンの暖簾をくぐっていた。 そこはキッチンではなかった。 ずっとキッチンだと思い込んでいた郭はその中に広がる空間に心底驚いた。長い廊下が続いており、その終焉を目でとらえることはできない。たくさんの部屋が等間隔で連なっているのがわかった。扉は全て木製で、その古さから相当昔のものだということが伺える。廊下を照らす証明は、それぞれの扉の横に付けられた、不規則に揺れる蝋燭だけ。 あまり、気のいいものではなかった。 「・・・ここ、何。」 「んー、俺のフェイバリットプレイス。れっつ肝試し?」 にこやかに笑いながら、店長と呼ぶにはもはや怪しすぎるその男は、軽く肩に手を置いた。それとほとんど同時に郭はその手を叩き落とす。 「・・・・ひどいな少年。」 「うるさいよ。帰る。」 「そんなこと言わずに。ちょっと会って欲しい子がいるんだよ。」 「・・・・なんで。」 「何でも。もちろんさっきのサンドウィッチ代はただにするよ?」 にこり。 郭はため息をついた。どうせ嫌だと言っても聞かないだろうと判断したからだ。郭が無言のまま立っていると、店長はそれを肯定と取り、もう一度口の端をあげた。 店長が、ぴ、と指を四本立てる。 「四つ目。右側の扉の、四番目。」 指示された四番目の扉の前で郭は立ち止まった。ノックをしてから入るべきだろうに、何故か手が動かない。恐い、とかそんな大それた感情ではなくて、ただ、見上げるほど何とも言い難い奇妙な感覚が体中を巡る。大きく深呼吸をして、その扉を軽く二回叩いてからドアノブをひねった。 中で、一人の少女が座っていた。ギギ、とオイルの足りない機械製品のような動き方で郭を見る。 「・・・・久しぶりに人を寄越したと思ったら、コドモじゃない。」 開口一番にそう言われた。腰の辺りで綺麗に切り揃えられた髪型はまるで日本人形のようだ。確かに、そこには人がいた。 会って欲しい子ってこの子のことか。 部屋の雰囲気は大正あたりの豪家の居間を連想させるような和洋折衷ぶりだった。ベッドに座って郭を見据える少女の格好は所謂はいからさん、というものだろうか。真っ赤な袴がやけに栄えて見える。真っ黒な髪に真っ白な肌。どこか無機質的に見えるその少女に、郭は一種の不気味ささえ憶えた。 「・・・・コドモとか言われても。俺は別に来たかったわけじゃないし。」 「あら、そうなの?そう、じゃぁまたあの男の企みなわけね・・・最近何もなかったからもう放っといてくれるのだとばかり思ったのだけれど。」 「へえ。帰ろうかな。」 「別に私は構わないけれど、たぶん帰れないわよ、役目を果たすまで。」 「役目?」 迷惑そうな顔をして振り向けば、少女は相変わらず無表情のまま話を続けた。 「そうよ。ここへ入れたということは、貴方が彼のお眼鏡にかなったってことだもの。」 郭が無言のまま睨んでいると、そんなに怒らないでよ、と少女は肩をすくめた。がちゃりとドアを回してみるものの、開く様子はかけらもない。その中にある音と言えば二人の呼吸音と動いた時の衣擦れの音だけで、外界から完全に切り離されたような気がした。 「君はなんなの?」 「随分とはっきり言うのね。女の子には優しくした方が人生何かと得よ。」 「ご忠告どうもありがとう。それより質問に答えてくれる?見たところ人間みたいだけど。」 「貴方がそう思うのならそうなんじゃないかしら。ちなみに名前は。名字は貰えなかったわ。今なら貰えるかもしれないけれど。」 「・・・・・・俺の名前は郭英士。」 言ってから何名乗ってるんだろう、と郭は己の失態を悔やんだ。別に少女が自分に何かするとは思えないが、名前と誕生日はやたらと他人に教えちゃいけないと、何かの本で読んだ気がした。郭本人は信じているわけではないだろうが。 「んー、ただこうしておしゃべりしてるっていうのも貴方二枚目だしとっても魅力的なんだけど、せっかくだから何かしましょうか。」 は長い漆黒の髪をするりと束ねると、紅い紐で一つに結わいた。郭の方へ振り返り、にこりと笑う。花のように笑う、ならぬ氷のように笑った。これが一馬の言ってた冷笑なのかとどうでもいいことを郭は考えた。 「よくありがちだけど、質問の数を限って、貴方が私の正体を当てるっていうのはどうかしら?」 「ほんとにありがちだね。」 「あら、いい案だと思ったのに。」 「別に嫌とは言ってないよ。っていうか君は人間なんでしょ?」 「貴方の中での人間という生き物の定義が何であるかによるけどね。まぁ、少なくとも私は貴方とは違う種類ね。強いて言うならあの男と同じだけど。」 郭は迷っていた。飛鳥は笑ってそう言うけれど、そもそも自分がの正体を知っていいのかどうかと言う所に問題があった。 「の正体知って、俺は何の得があるの?」 「ここから出られるんじゃないかしら。」 「・・・・・・ほんとに?」 「貴方がちゃんと私の質問に答えてくれるのならね。」 そうなると話は別だ。今の話だと、郭がの正体を暴いていく過程で、ここにとばされた理由、ないし郭に課せられた役目というのがわかるらしい。郭自身の正体にはそれほど興味がなかったが、とにかくあの店に戻ってあの男を殴らないと気が済まないような気がしてきて、のいうゲームに乗ることにした。 「交渉成立。貴方が私にできる質問は四つまで。ただしやっぱり正体というのは何だから、私が何故ここにいるのか当ててみて?いい?」 「それは構わないけど、普通三つじゃないの?」 「サービスよ。」 「ふうん。は俺にいくつ質問するつもりなの?」 「さぁ?貴方が私に何を質問してくるかによるもの。わからないわ。」 「それじゃの方が明らかにやりやすいじゃん。」 「レディーファースト。女の子は我儘が許されると決まってるの。」 さぁ、どうぞ?にこり、また笑う。 に指差された椅子にゆっくりと腰掛け、まっすぐを見つめた。正体を当てるということは彼女自身のことを聞いてもあまり意味はないように思われる。例えばサッカー選手に家族構成や好きな食べ物を聞いてもその人がサッカー選手だとはわからないように。 最近何もなかったということは以前もここで何かが行われたということが伺えた。しかしそれを聞くのは答えを聞くのとほぼ同じになりかねない。聞いてみてもいいのだが、違った場合でも、は情け容赦なくそれを質問の一個目として数えそうだったので郭はもう少し違った角度から聞いてみようと決めた。 「俺がここに来たことによって現実世界に影響は?」 「中々鋭いわね。でもそれってここが幻想だってことが前提になってるのかしら?」 「どうみても現実じゃないでしょ。この外の廊下、外から見た建物に比べて明らかに長かった。」 「そう。まぁいいわ、質問に答えましょう。まったくないとは言いきれないわ。貴方自身には影響があるわけだから。」 「つまり俺以外には影響はないと?」 「そうね。貴方が他の人に与えない限り。」 満足そうに郭は笑った。 「何かわかったのかしら。」 が言う。郭はにこりと微笑んでそれには答えなかった。 彼女がここにいる理由。 何度思考を巡らせても何の理由も思い当たらない。様子からして決して強制的にここに入れられているわけではなさそうだ。必要以上に白い肌は、がここから出ていないのだということを印象づけた。赤や黒といった部屋の装飾がそれをさらに際立たせている。壁にかけられた絵は黄ばんでいて何が描かれていたのかよくわからなかった。その下にある花瓶には、ともすればそれも一種の飾りなのではないかと思えてしまうほど立派な蜘蛛の巣が半ば包むように存在していた。 「・・・いつからここにいるの?」 「さぁ・・・私に時間的感覚はないから・・・でもそうね、結構前にここに来た女の子は今戦争中だと言っていたけれど。」 「は?戦争中?」 「ええ。オキナワセン?が始まったとか言ってたけど。従軍看護婦として第三外科壕に配属されたとかなんとか。」 「・・・それが一番最近の子?」 「いいえ。けどその時はあまりに頻繁に訪れてきたものだから、よく覚えてないわ。」 郭はただ愕然とした。沖縄戦・第三外科壕とくれば第二次世界大戦に違いない。もう、五十年も前の話だ。の実年齢は八十歳、とでもいうのだろうか。まぁ、ありえない話だが寿命的には人間だと言えなくもない。しかし、もしかすると。 「・・・ちなみにその前に来たのは?」 「時期の話よね?よく覚えてないけれど、バクハンタイセイが崩れてしまったって言ってたわね。」 バクハンタイセイ、幕藩体制、武士、崩壊、明治維新。 軽く150年は前の話だ。人間の生きられる限度を越えている。確実に、恐ろしいほど。 「あんた・・・ほんとに生きてんの?」 「生きてるわよ。だって心臓は動いてるもの。」 「人間って普通はそんな長く生きられないものなんだけど。」 「心臓が動いているだけでは生きているとは言えないってことかしら?」 があまりにも当たり前のようにそう言ったので、郭は言葉に詰まってしまった。 それこそ、禅問答だ。脳死を認めるか認めないか。いや、それとは違うか、と郭は呆れるように息を吐いた。それに、が人間ではないとしたら、この空間もまた特別な場所ということになりかねない。郭自身、おかしな所にいるということになる。 残念ながら郭英士という人間は、見知らぬ空間を神秘的だ、なんて言って心を踊らせるような類ではなかったので、喜べるはずもない。 「・・・ねぇ、その子たちは今俺と君がこうしてるみたいに話するだけなわけ?」 「そうよ。でも、あの子たちはここが何なのか、よくわかっていたけど。」 「わかっていた?」 「ええ。」 第二次大戦中や幕藩体制と言えば、どちらも広い意味で動乱の世であり、世の中はすさまじく混乱していたに違いない。そんな中、こんな所へ何しにやってきたというのだろう。逃げてきた? 「まさか、今の世の中で、ここへ来る人がいるとは思わなかった。」 「は?」 「ねぇ、英士、だったかしら?あなたは、何故生きてるの?」 今日の夕飯何?と言う質問をするかのような軽さでは郭にそう問い掛けた。危うく彼は先程自分で認めなかった、心臓が動いてるから、という答えを返しそうになり慌てて口をつぐむ。 質問の意図をはかりかねた郭は一度聞きなおして見ようと口を開いた。 「どういう意味で言ってんの?」 「そのままの意味よ。生きる理由は?今死ねないのはどうして?」 「どうして?それ、答えなきゃいけないの?」 「あら、一番それを知りたがっていたのはあなたでしょ?」 「何言ってんの?」 「あなた、最近人生を疑問にでも思ってたんじゃない?」 郭は目を見開いて、目の前の少女を見た。突然、何を言いだすのだろうと、半ば呆れを含んだ目だ。それでも少女は相変わらず郭を見ているだけでその後何も言わない。ぴたりと突然すべての機能が停止したかのようにはガラスのような目で郭を見つめる。やっぱり人間じゃない、人間はこんなに何もない、空虚な空気を醸し出すことはできない、と郭は考えていた。唐突にの正体を知るのが恐くなった。 しかし。 郭も同じような目でを見ていた。 おそらく彼は気付いていない。 郭が少なからずそんな目をしたに違和感を感じたのだから、もしここにもう一人第三者がいたら、この光景は恐怖の対象になるのではないかと思われるほど、二人の空気は異様だった。何故、と聞かれても、おそらく誰も答えられない。それくらい漠然とした何かが、この部屋には渦巻いていた。 郭はもう一度、の言った意味を考えていた。別に生きたいと思う理由は見当たらないけど、そんな結論に達した自分の思考回路を、なんて夢と創造性にかけてるんだ、と冷静に分析した。 そこまで、考え付くことが出来るのに、郭はわからないのだろうか。本人にも生きる理由なんてないと言うことに。だから、同じ目をしているというのに。所詮自分のことに気付かないような十四歳の少年なのだ、彼も。 「生きる理由なんて、ない気もするんだけど。」 「じゃぁ死んでもいいのね?」 「いや、それは思わないこど・・・。」 「じゃぁ生きたい理由はないとしても死ねない理由があるはずよ。」 それは、何?がまたあの目で見た。本来の目的からずれてる気がするんだけど、と言おうとして、郭はが始めに、質問に答えさえすれば、と言っていたのを思い出した。開きかけた口を閉じる。 郭にとって、サッカーが全てだ。サッカーのない人生なんて耐えられないし、怪我や病気で再起不能と言われても間違いなく、死ぬまであがき続けることは目に見えている。 サッカーがそこにあるから? でも、これじゃ何かが足りないような気がした。何故だろうと何度考えてもわからない。サッカーじゃない、わけがない。学校なんて、行ったって行かなくたってそれほど困らないのではないかとそう思う。勉強ができなくなるのは気持ちのいいことじゃないが、サッカーと天秤にかけるまでもない。学校に行くのは日本が義務と規定しているからで、とくに他に期待するものなど何もない。ただ郭は勉強という行為がそれほど嫌いではないだろうから、義務を終えても高校には行くだろうが。 生きていればやらなければいけないことがたくさんあるのだ。今の子供たちにはそれがたくさんあって、それ自体の意味なんかとっくの昔にわすれてしまって、だから。 生きる意味も、よく、わからない。でも、死ねないという事実が目の前にある。理由不明のまま。 サッカー?違う。 あ。 「一緒にサッカーする奴らが、まだ生きてるから、かな。」 ふわり。 そんな言葉が似合いそうな優しげな笑みを郭はした。無意識に。 が、別人に見えた。 「ドア、開くんじゃないかしら。」 「・・・は?」 だから、そこの、とは郭の後ろにある小さな扉を指さした。試しにドアノブを郭がなんとなく捻ってみると、先程のようながちゃりとした音も手応えもなく、薄暗い廊下が顔を出した。 「何で?」 「役目を終えたからよ、私が。」 「・・・俺じゃなくて?」 郭は訝しそうにそう言って開いたドアをぱたりと閉めた。 はすう、とベッドから絨毯に足を乗せ、自分の重心をそこに合わせて立ち上がる。音もたてずに郭の方へ移動し、その白くて細い腕を持ち上げると、彼の頬に掌をあてた。郭がぴくりと眉根をよせたがは気にも止めずに反対の腕も同じように動かした。 「・・・何?」 「あなたは、何故ここに来たのだと思う?」 「その前に何であんたがここにいるのか知りたいんだけど。」 「それにはさっきの私の質問に答えなきゃならないわね。」 はすとん、とそばにあった椅子へ腰かけた。目で郭にも向かいの椅子へ腰掛けるように促した。一瞬間をおいてから、郭はのろのろと手足を動かし、その椅子に腰掛けた。 それを確認しては、 「大好きなサッカーを続けることが何故かわからないけれど不安になった?」 無表情のまま郭に聞いた。部屋の中はあいかわらず閑散とした空気が漂っていて、さらにぶよぶよとした得体の知れない何かがのしかかるような感覚が加わり、郭は気持ちを張り詰めた。気を抜けばその場に飲み込まれてしまいそうな不気味な感覚。本人から感じるものと同じだと気付き、一瞬息が止まったように感じた。 今までの人生でこんなモノ見たことがない。 郭は無意識にそう考えて、その後瞬時に恐怖、という単語が頭を過った。幽霊とか悪魔とか、そういうものに対する恐怖心ではなくて、得体の知れないものに対する恐怖心。その時の彼はらしくないと何度も自分に言い聞かせて、平常心を保とうと必死だった。 さっきまでは何とも思わなかったのに。 「どうして、奇妙な感覚に襲われてると思う?」 まだ郭は前の質問に一つも答えていないのだが、はまたさらなる質問を投げ掛けた。言われて郭は顔を上げ、を睨む。 「わかってるならどうにかして欲しいんだけど。」 「無理よ。だってそうなっているのは私のせいじゃなくてあなたの問題だもの。」 「・・・・・・・。」 「帰りたい?」 「できるんなら今すぐにでも。あんたが何者なのかなんてどうでもいいよ。」 少女が笑う。 「生きている、ってなんなのかしら、ね。」 突然辺りが暗くなる。さすがの郭もこの状況には混乱した。立っている感覚が足にない。無重力。それなのに、あの感覚は増していた。ゼリー状の何かがまとわりついているのではないかと思うほど冷たく、はっきりとした感覚。気持ち悪いほどはっきりと見える少女の姿。、という名前があることを忘れてしまいそうな錯覚に陥る。紅い袴のおかっぱの。 「また・・・違った。」 いくつもの白い『華』が、無から出てくるのが見えた。 「おかえり少年。」 目を開けると目の前にあの男の顔があった。郭は目を細めて男を睨む。飛鳥が同類と表したこの男からもあれを感じるんじゃないかと心配したが、それはただの取り越し苦労だった。 「生きる意味なんてなんだっていいんだよ。」 男が言う。 「二度と、生きることを疑問になんか思うなよ?」 哀れみに満ちた目。 「みたいになっちまうぞ?」 生きたいなんて思わないの。でも別に死にたいわけでもないの。 女の子は神様に言いました。 ならばあなたには『 』を授けましょう。 神様は女の子に言いました。 セッカク与エテヤッタノニ。 神を怒らせた少女。 罪人には制裁を。 「だから言っただろう、生きたいとも死にたいとも思わない人間なんて、後にも先にもお前一人なんだって。」 ―いるかもしれないじゃない、わからないわよ― ―ねぇ、じゃぁ、私が死ぬまで、ここで待っていていい?欲のない人間を。― 欲望のない人間なんて、いるわけがない。 神はもう、そんなものを望まないから。 楽園にいたころのアダムとイヴなんて もう いらない。 END +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 店長、松下コーチを目指したのにティキみたいになっちゃった・・! 漫画違うし!!!! 07年02月23日 |