郭、今日誕生日なんだって?












I say・・・ I want・・・












放課後、部活に所属していないは、とくにすることもなかったので、学校から出ると、真っすぐ家へ向かう予定だった。整然と整理された並木道を一人、歩を進める。一昨日降った雪が昨日のうちに凍り、足元の雪は鈍い硝子のような光を放つ、氷へと変化をとげていた。
滑って転ばないよう、足をつく場所を慎重に選びながら、前へ進む。周りを見ればどの生徒も転ばないよう必死だった。毎年事務員さんが雪掻きをしておいてくれるのに何故今年はしてくれていないのだろう、とは心の中で舌打ちした。
凍ってスケート場へと姿を変えた並木道をやっとの思いで通り抜け、太陽の光をめいっぱい受けている路上へと出た。足元に全集中力を注がなくて済むことに嬉しさを覚えたはその場でスキップを試みた。

くすくす。

笑い声。
驚いて振り向けば同じクラスの郭英士が自分を見て笑っていた。

さんが変。」

学校ではプリンスと唄われる郭の笑顔が想像以上に美しくて、は自分が笑われているのだということを忘れて、しばらくぼうっと見とれてしまった。




















さん、砂糖は?」
「あ、ごめん。私砂糖入れないんだ。」

そう言うと郭は、あぁ、入れなさそうだよね、と言って自分のカップにほんの少し砂糖を入れた。


お母さん、私は今好きな人と二人きりで喫茶店でお茶を飲んでいるのですが、どうしましょう。


あの後郭はどうせ暇ならお茶でもどう?とに提案した。突然の事に驚いたは何の考えもなしにそれを承諾した。
嬉しかった、から。






が郭という少年を知ったのは小学四年生の時。周りの子たちが何くんが好きだとかなんとか色気づいて来たころだった。はその年の六月に福島から転校してきたため、まだどんな子がいるのかよく把握していなかった。ただ、女の子が話す中でダントツに人気のあった郭英士だけは、実際に会ったことはなかったものの、少なからず興味はあった。小学校六年で初めて同じクラスになり、いわゆる一目惚れをした。たくさん彼を好きな女の子がいたけれど、そんなことはどうでもよくて。もともと自分はそんなに可愛いほうではないことを自覚していたので、彼と仲良くなりたいなどとは思ったことがなかった。
どこかの少女漫画みたいな話だけど、ただ見ているだけで十分で。





だから彼女はこの状況に実は少し焦っていた。

さんて何で部活入らないの?運動神経あんなにいいのに。」
「私バレーやりたかったんだけど、うちの学校女バレ廃部になっちゃったから。」

郭の方をなるべく見ないようにしては言った。
何も、ミルクも砂糖も入れていない、ただの黒い液体を小さな白いスプーンで掻き回した。水面に写っていた蛍光灯の白い光が不規則に揺れて崩れていく。崩れた白が修復されるのを待って、はそれを口に運んだ。

「郭は・・・ユースに入ってるんだっけ?」

クラスの女子がいつかの昼休みにそのことについて話していたのを頭の片隅で思い出しながらは郭に聞いた。

「うん。小さいころからずっとね。」
「都選抜って言うのはユースの中から選ばれるの?」

がそう言うと郭は驚いたように顔をあげた。

「いや・・・別にユースに入ってなくても選ばれるけど・・・何で?」

おそらくその言葉には、何で俺が都選抜なの知ってるの?という意味が込められていて。の質問には郭本人が選ばれたことは触れられていなかったけど、彼はがそのことを知っているのだと気が付いた。

「クラスの女の子たちがそう騒いでたから・・・。」
「・・・女子の情報網ってすごいよね。」
「この年頃の女の子の中ではより多くの噂を持つ者が上へいけるからね。」
「上って・・・。」

階級みたいなものがあるからね、とは肩を竦めた。
くだらない、とは思う。
思う反面、今の日本社会はそれがなければ成り立たない、とも思う。
弱者から強者への畏敬の念。憧れはいつしか憎しみへと変わる。

さんてそういうの気にしない人なのかと思ってた。」
「そうでありたいとは思うけどね。あの中にいてそうやっていられる人がいるとすれば、その人はもう強者だよ。」


お母さん、何だかヘヴィーな話題になってきました。好きな人との念願の初会話がこれってどうなのでしょうか。


いつのまにか郭にそんなことを語ってしまっていたことには少なからず驚いた。
美人のウエイトレスが運んできたケーキを一口頬張りながら郭の方をじっと見つめた。頬杖をつきながら窓の外を見る郭にはまた見惚れそうになり、慌てて自分を引き戻した。

さんてさ、」

ふいに、窓の外から視線は変えずに郭が言った。

「夢は夢のままにしておきたいタイプでしょ。」

彼の言った意味がよくわからず、はポカンと口を開けた。

「俺の嫌いなタイプ。」
「・・・・・・。」


、十四歳。
初恋は実らずして、派手に崩れさりそうな予感がします。


とりあえず何か言おうとするものの、適切な言葉が見つからない。開いた口が塞がらないまま、は郭を見つめることしかできなかった。

「・・・嫌いな人って実は自分の憧れや、尊敬の対象だったりしませんか。」

やっと出てきた言葉はこんな言葉で。

「俺がさんに憧れてると言いたいの?」

は気が付けば神に謝っていた。
彼はというと心底驚いたような顔をしていて。自身何が言いたくてあんなことを言ったのかよくわからなかった。

「・・・変な人。」

また、先程のようにくすくすと笑う彼。
穴があったら入りたいとは、こういう事を言うんだな、とは冷静に考えた。
喫茶店に入ってからの言いたかったことはたった一言だけだったというのに。その一言を言う前に彼とは別れる気がしてきていた。

「あー・・・そういえば。」

とにかくこの話題から離れたいという気持ちと、一言早く言ってしまわなければという焦りからは口を開いた。

「郭、今日誕生日なんだって?」

そう言えば彼はさらに驚いた表情を見せて。

「それも女子の情報網?」

郭はそう言った。












「おめでとう。」











初めて言えた、この一言。

嬉しさと羞恥心を隠すためには、コーヒーのおかわり持ってくるね、と椅子から立ち上がった。
一歩踏み出した所で後ろに引かれる感覚。反動で転びそうになった自分の体をは何とか支えた。

「案外、間違いじゃないかもね。さっきのさんの意見。」

振り替えれば不敵に笑う彼の姿。






「実はその一言が、聞きたくて、誘ったから。」






END
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お誕生日おめでとう郭英士!
三上さんが間に合わなかったので彼の分のリベンジも兼ねて。

06年1月25日


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