今でも、彼を思い出す日があるということ。










アマデウス沈む











「げっ、中学の同窓会とかあるんだけど」

 冬休みが明けて初日、始業式に掃除とロングホームルームという簡単な日程を終えて、午前中に学校は終わった。13時までには自宅へ帰ることも可能である。しかし悲しいかな、それなりに活動している部活動に参加している生徒たちは帰宅できるはずもなく、午後からの部活に備えてエネルギーを補給するため、皆それぞれ教室でお弁当を広げている。もそのうちの一人だった。同じ部活のメンバー数人と固まって冬休みが終わったことを嘆きながらもそもそと食事をしていると、ふいにそのうちの一人が携帯の画面を見て、可愛くない悲鳴をあげた。

「え、いいじゃん、ゆっこ同中の人いないんでしょ?久々に会えるじゃん?」
「そりゃ女友達には会いたいですけど!男子に会いたくないよー」
「何で?」

 ゆっこが嘆いているのを横目に、は大好物の母お手製の卵焼きを口の中に放り込む。今日も絶妙な塩加減だ。甘い卵があまり好きではないは、塩コショウで味付けをし、醤油とごま油の効いた母親が作る卵焼きが大好きなのだ。それはほうれん草入りだったりのりが挟まっていたりとその日によって無いっている具は変わるのだけれど、基本の味は変わらない。その好みの味に酔いしれていると、ふいに視線を感じては顔をあげか。見ればゆっこが睨んでいる。

「ん?何?」
「何?じゃないよ人に質問しておいて聞いてなかったでしょ」
「え、ああ、そっかごめんってだってこの卵焼きほんとおいしいんだもん」
「それは知ってるよ確かにおいしいけど!ああもういいよは中学から変わってなさそうだもんねー振り返ると恥ずかしい中学生時代の過去とか特にないんだろうなあ」
「むしろ皆そんな恥ずかしい人生送ってるの?」
「そりゃ中学生って言ったら好きな男の子の気を引くために背伸びしたり、クールな自分がかっこいいと思って悪ぶってみたりとかするでしょ!」
「ああ、そういうこと。確かに」

 が同意するように頷くと、一斉に皆が自分を振り返った。「え!?にもそういうことあったの!?」「こんなに裏表なさそうなのに!?」「他人の評価とか気にしなさそうなのに!?」各々が好き勝手に、大概失礼なことをつらつらと述べる。
 裏は別にないけどさあ、と苦笑しながら答えつつ、ふと中学時代の友人を思い出した。卒業式以来会っていないので今どこで何をしているのか、詳しくは知らない。サッカーのクラブチームを続けると言っていたから、きっと今も昔と変わらずサッカー漬けの毎日を送っているのだろう。



 高校に入学してからというもの、はあまり中学時代の友人とは会わなくなった。中学が嫌いだったわけではないし、むしろその逆で、毎日が楽しく、卒業を惜しむほどだった。けれどそれ以上に高校が楽しいこと、それに部活動が中学の頃よりも厳しくなったこともあり、ほとんど地元の友人と顔を合わせることはなくなった。登下校時に最寄駅で何人か見かけることは会っても、立ち話などをすることはほとんどない。
 ゆっこたちが言うように、恥ずかしい、と思うようなことはないけれど、それでも思い返せば『見栄を張っていた』とは思うのだ。誰とでも割とすぐに仲良くなれるタイプだったは、自分で言うのも気が引けるが、それでもやはり友人は多かった方だと自負している。けれどそれが八方美人と紙一重であることもきちんと理解していて、だから深く踏み込むことをなるべく避けていたし、がっついて見えないように適度な距離を保っていた。それが一番楽だったし、当時はそれでも十分楽しかったのだ。『皆のもの』であったは、自分が誰か一人と親しくすれば、きっとクラスで保たれている均衡が崩れてしまうことも、ちゃんと自覚していた。だから、近づきたいと思う人がいても、自分で先に線を引いた。超えないように、超えてこないように。
 今考えれば、なんて愚かだったのだろうと思う。そんな風に何気ない距離を保ってしまったために、当然用もないのに連絡を取ることなどできるはずもなく、ただ月日が流れて気が付けば二年が経とうとしていた。

 今、どうしているんだろう。

 再び思い返すのは、昔の級友、郭英士。

 彼は、一見反対のタイプだった。その話術と持ち前の明るさで人を引き付けるタイプのと違い、郭はそこに黙って佇んでいるだけで人を引き付けるタイプ。落ち着いた彼の雰囲気を、ミステリアスだと女子たちは囁きあった。加えて年代別にも召集されるほど彼のサッカーの実力は本物で、そういうところもまた、彼の評価をプラスしていた。

 気づけば、目で追うようになっていた。多少なりとも、親しくなれたとも、思う。けれど、それ以上は踏み込めなかった。踏み込めないから、キレイな思い出のままだ、と言った彼の顔は、多分、色んなことを見透かしていた。その通りだとは思う。中学卒業以来、連絡を取っていないけれど、それ故に彼の記憶はキラキラと輝いたまま、の中に残っている。



 未だ話題も変わらずに、同窓会の出欠に悩むゆっこに、は「いいじゃん行っておいでよ、同窓会ラブって流行ってるらしいし」と昨日母から聞いたばかりの言葉を使って適当に出席を促すと、にはわかんないよこの気持ち!となんだかちぐはぐな返答が返ってきた。

「いやわかるよ、中学時代の自分がやらかしてるせいで羞恥心が勝って会いたくないんでしょ?」
「やらかしたわけじゃないけど・・・・まあそんな感じかなあ」
「あたしも何でもないふりして普通にお別れした同級生に、今更メールとか出せないし」
「えっ嘘それ誰好きな人!?」
「ざんねーん、好きな人ではありませーん」



 この気持ちを、恋だと決めてしまうことができたなら。

 正反対のタイプの彼に近づきたいと思った。彼のように、ただそこにいるだけで人を引き付けてしまうような人になりたかった。クールに見せかけて熱い思いを持つ彼が、羨ましかったのだ。
 似ている、と感じていたのは、その二面性。明るく振る舞う自分も嘘ではないけれど、ぴったりとくっついた裏側に、冷静な自分がいるものまた事実だった。近しいと感じた時点で、素直になっていれば、今頃もまだ交流があったかもしれないと思うのだけれど、今更そう思っても、もう後の祭りだ。



 やばいあと30分で始まる!三年生が引退してから部長を任されているゆっこが慌ただしく立ち上がる。その声に反応して、皆ガタガタと椅子から立ち上がった。も同じように手早く机の上に広げていた弁当箱を包むと、急いで自分の席へと戻っていく。
 掃除の時に羽織っていたジャージを引っ掴んで鞄へと押し込み、机の中に放置していた携帯電話を取り出すと、チカチカとメールの受信を告げるランプが点滅していた。
 メールボックスを開けようとしたところで、思い出したように未送信メールを開く。日付は、去年の今頃、あと二週間ほど先。1月25日。結局送ることができないまま、一年が過ぎるのか、と絶望に似た気持ちがせり上がってくる。『誕生日おめでとう』の一言さえ、遅れないのは、過去の自分が予防線を引いたから。そうきちんと理解してしまっているから、少しのコンタクトを取ることさえ躊躇ってしまう。中学時代も、意識していることを少しでも悟られないようにと、2年生の時も3年生の時も、まるで思い出したついでのように、その祝の言葉を彼にかけた。せめてあの時メールを送っていれば、慣習だからと言い聞かせて、高校生になった去年も、そして今年も送れていたのかもしれない。
 どういうわけか、最近はやたらと後悔ばかりが残る。文字通り後になって悔いても、今更どうしようもないけれど。

 見栄ばかり張っていた過去の自分が、結局のところその見栄を必要としなくなった現在の自分を殺してしまっているのだ。は黙って携帯の画面を閉じると、隠すように鞄の奥底へ押し込んだ。ジャージとノートの隙間に滑り込ませて、ジャッ、と勢いよくチャックを閉める。

 ごめんなさい、と思わず零れたのは、身動きの取れない今の自分へ過去の自分からの謝罪なのか、過去の自分が押し殺した感情を引っ張り出しては押し戻そうとする今の自分から昔の自分への謝罪なのか、もうよくわからなかった。



 はっきりしていることは、見栄と引き換えに封印された気持ちがここにあること。
 それを、どうすることもできないこと。



 今でも、



 彼を思い出す日があるということ。





END
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郭英士誕生日企画【0125―vol.movie―】様提出

13年02月24日 HP再録

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