いつまで、好きなんだろう。 |
友達が結婚するらしい。 指輪どれがいいと思う?なんて無邪気に聞いてくる彼女は、私の一番の友達で、それはもう可愛い。昔からその可愛さは人一倍で、愛されて育った女の子だ。その割にひねくれた様子もなく、まっすぐな良い子だった。 今までに何人かの友達が結婚した。いつの間にか社会人になって2年が経っていて、ここのところ、結婚ラッシュに突入している。だから、結婚式自体は珍しくもなんともなく、ああまたお金が、なんて思ってしまう程度だった。羨ましいと思ったこともない。負け惜しみでも何でもなく、ただ、仕事も好調だし、休日に楽しめる趣味もあるし、特に今のところ、恋愛をしたいとは思わない。 けれど、どうだろう。 彼女の幸せそうな笑顔を見ていたら、唐突に、羨ましいと思った。 彼氏が欲しい!とか結婚したーい、とかそういうのとは多分違う。私も「幸せ」になりたいと思ったのだ。そう思えるくらい、彼女の笑顔は可愛くて素敵で、そして幸せそうだった。あんな風になれるなら、結婚したいなあと思ったのだった。 「ちゃんは、やっぱりまだ恋愛はいいやーって感じ?」 ぱっちり二重のくりくりした目で見上げてくる彼女に、女の私も見惚れながら、首を捻る。 「うーん、そうだねえ、でも、アンタ見てたら幸せになりたいなーとは思った」 「え!そうなの!って違う!私そんなに幸せオーラ出てる!?」 それはまずい引きしめないと、というその行動さえも幸せそうで、いっそずるい。 「誰か良い人いないの?」 「…いないね、今結構頑張ってハードル下げてみたけどいないね」 「えー、ちゃんかっこいいし、年下からモテたりしそうだけどねえ。今まで一人しか付き合ったことないんでしょ?もったいないよ!」 何がどうもったいないのか、彼氏がいな人生がもったいないのか、いや、彼女のことだから、きっと本気で、ちゃんを恋人にしない周りの男がもったいない!とか思ってくれているのだと思う。反応に困るのだけれど。 机の上に広げられている雑誌をぺらりとめくる。色とりどりの宝石がちりばめられていて、眩しい。結婚指輪ということは、きっとシンプルなものを選ぶのだろうけれど、さっきから彼女が目を通しているのは鮮やかに色づく宝石たちで、可愛いよねえ、と目を輝かせっぱなしだ。 「あ、これ、ちゃんに似合いそうだな」 そういって指差したのは小さな指輪だった。一つ、銀細工の華奢な花が設えてあって、その真ん中に宝石がちょこんと据えられている。色は青か緑のようだ。 「これ、トルマリンだね。希望、っていう意味が…あるんだったかな…色によって違うんだけど。恋愛って感じじゃないところもちゃんっぽいね」 「…私に花は似合わないと思うけどね」 「そうかなあ?こういう、すっとした感じのお花一つだけ、とかまさにちゃんって感じだけど。ちゃんは綺麗だから」 私は目をぱちくりさせた。 なあに、と覗き込んでくる彼女が、まさか彼と直接の接点があるはずもないので、私はただゆるゆると首を振る。 同じようなことを、言われたことがあったのだった。 「はい、プレゼント」 誕生日おめでとうの言葉と一緒に、当時付き合っていた彼―――郭英士は小さな小包を差し出してきた。 大きさからアクセサリーだということは一目見ればわかったので、少し照れくさくなりながら、ありがとうと言って受け取る。 当時から私は、どちらかと言えばボーイッシュな方で、あまり可愛らしいタイプではなかったと思う。だから、アクセサリーをつけるとしても、ごくごくシンプルなものしか選ばず、レースや花などおそらく身に付けたことはなかった。 だから、小包を開けた時に、小さな花の髪かざりが顔を出して、心底驚いたのだった。 「…えーっと、嬉しいんだけど、えー…英士、ほんとに私のことちゃんと見てる?」 「あのね、彼女なんだから、当たり前でしょ?」 「えー?じゃあなんで花…?」 こんなものつけてたら一発で彼氏いることバレるんですけど、と思ったのは、私たちが内緒で付き合っていたからだった。別に内緒にする必要なんてなかったのだけれど、なんとなく、そういうことになっていたのだ。 テーブルの上で髪飾りを弄びながら、唸っていると、英士が隣に移動してきて、、と静かに呼んだ。こういう、彼の声が好きだった。 「は自分のこと、女の子っぽくないってよく言うけど、俺にとっては一番の女の子だっていう自覚はあるね?」 「…いや、ないです」 「あるでしょ」 「……はい、あります」 よろしい、と英士は優しく笑った。 「まあ、そういうの無しでも、は十分乙女だと思うけどね。実は花とか好きでしょ」 「それ、まじで企業秘密なんで…黙ってもらっていいですか…恥ずかしいから!だって似合わないでしょ!こんなたくましい女が花とか!」 「あのね、そりゃピンクのふりふり付いた花柄のワンピースとかは似合わないと思うけど、でもこういうシンプルで綺麗なものなら、十分似合うよ?―――は綺麗だから」 真正面から真顔で言われて、私は思わず言葉を詰まらせる。彼の、この瞳に勝てたことはない。曇りのないこの瞳に惹かれたのも事実だけれど、苦手だと思っていることもまた事実だった。逃れられない、というよりは、引き込まれる。私の否定なんて、全て肯定に変えられる。 だから、この時も、思わず「そうかなあ…」なんて言ってしまって、幸せな気分になったのだった。 それでも結局、もらった髪飾りを付けたのはたったの数回だった。似合わない、とは言われなかった。むしろ周りからも好評だったのだけれど、やはり見慣れないからだろう、それ誰かにもらったの?と聞かれることが多くて、どうしても付けることを躊躇ってしまったのだ。 恋をすると、誰でも乙女になれる。 私だって、彼の前では、大分ひねくれてはいたけれど女の子になれていたと思う。 だから、私は彼のことが本当に好きだった。好きだったけれど、恋愛事がどうも苦手な私は、それを上手く表現することができなかった。当時、その自覚はまったくなかったけれど、今となっては、本当に申し訳なかったと思う。 4年前に、彼とは別れた。 形としては、私が振ったことになっているけれど、原因は明らかに私の方にあったのだから、私が振られたと言っても間違いではないと思う。 好きだった。 多分、彼が思っているよりもずっと、私は彼が好きだった。 幸せいっぱいの友達が帰ったところで、私は一人、部屋に取り残される。後片付けをしようと立ち上がったところで、彼女が雑誌を忘れて帰ったことに気付いた。付箋がいくつもつけられた、大事な雑誌だろうに、何で忘れていったのだろう、と思いながらも、こういうところも彼女の可愛いところだなと認めてしまう。知らせてやろうと、携帯電話を手繰り寄せると、受信メールを知らせるランプがチカチカと点滅していた。フォルダを開けばそこに並ぶのはメルマガばかりで、思わずため息が出る。いい加減不必要なものはメール配信停止手続きをしなければ、と毎回考えるのだけれど、結局面倒になって全部一斉に既読メールにした。 と、一通のメールに目が留まる。 アドレス変更通知、と書かれたそのメール。 誰だろう?と開いて、飛び込んできた名前は、郭英士。 どくん、と心臓が鳴る。 何でもない、メールなのはわかっている。しかもこのメールはおそらく彼自身が送ったものではなく、携帯を変更したついでに、業者に頼んだものだろう。送られているのは私だけではなくて、彼の携帯の電話帳に登録されている人全員だということもわかっている。 それなのに。 未だに彼の名前を見るだけで、こんなにも。 いつまで、好きなんだろう。 本棚に近づき、そっと隠すように端に詰めてあるサッカー雑誌を手に取って、もう何度開いたかわからないページを開く。 インタビュー記事だ。オリンピック前に特集が組まれていた。サッカーの話に紛れてプライベートな質問もちらほらと散っている。 ブーッ、と突然携帯が振動した。どうせまたメルマガだろう。開こうとしたところで、手が滑って雑誌が床へと落ちてしまった。広げてあった宝石雑誌の上に、開いた彼のページが上になったまま、ばさりと落ちる。 下から覗くのは、花の指輪。 『好きな女性のタイプは?―――シンプルな花が似合う、芯の強い女性』 いつまで、好きでいていいですか。 END ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 郭英士誕生日企画【0125―vol.jewelry―】様提出 12年03月08日 HP再録 |