また。







裏葉








今日は終業式。
クラスの皆が冬休みどこに行くとか何が買いたいだとか楽しそうにはしゃいでいるのを私は何となくただぼんやりと聞いていた。
別に特に仲の良い友達がいるわけでもないので、ただひとり一番後ろの席から教室内を見渡していた。
こんな風にひとりで寂しく座っているのなんて私だけなんだとうなぁと本当にどうでもいいことを考えていたら一人の男の子と目があった。

若菜結人

明るくて、運動神経がよくて、優しくて、いつもクラスの中心にいる男の子。
・・・・・と友人が言っていた。私はほとんど彼と話したことがないのでよく知らない。
ただ、確かにいつも皆の中心で笑っているし、体育の時間とかはやたら活躍している気はする。
優しいかどうかはまったくわからないけど。

は冬休みどっか行くの?」

さっきまで私としゃべっていたわけでもないのに、彼は唐突に大きな声で私にそう言った。
私の席は廊下側の一番後ろで、彼が今いる位置は窓側の一番前の席の近くで。
見事に対角線上にいた私に向かって言ったその言葉を聞き取れなかったクラスメイトなんておそらくいなくて。
ほとんどの人が何となく私の方を向いた。

「え・・や・・・特に予定はないけど・・・・。」

私は少したじろいでそう言った。

「は!?まじで!?そんな冬休みでいいの!?」
「え・・・いや決めてないだけで別に絶対出かけないとは限らないけどさぁ・・。」

本当に信じられないという顔で勢いよく若菜に反論されて私はさらにたじろいだ。
若菜が教室を斜めに横断して私の席の前に来る。それにつられてクラスメイトの何人かも一緒に私の机を取り囲んだ。
心の中で思いっきり眉をよせた。

さん!やっぱり一緒に遊園地に行こうよ!誘ったじゃん!」
「や、いいです寒いし。」

比較的仲の良い若森さんがもう一度誘ってくれたけど、私は微塵の考える間もなくその誘いを断った。

「馬鹿ー!!寒くなきゃお汁粉おいしくないし雪降らないし大体冬じゃないだろ!!」
「別にいいよ、私あずき嫌いだし雪嫌いだし冬嫌いだし。」

若菜の反論をばっさり切って捨てた。
側にいたクラスメイトは大笑いをし、若菜は一人凹んでいる。
あまり大人数で騒いだりしないので、その光景を見て、正直少しうんざりした。
ただ一般に言う「うんざり」とは違う意味だけれど。
昔この「うんざり」の意味を唯一の親友に言ったら一蹴されたので二度と人には言うまいと心に決めた。
気がつけばHR終了から15分も経っていて、私の周りにいた人たちは皆、冬休み一緒にどっか行こうね的なことを言って慌てて部活に行ってしまった。
教室に残っているのは私と若菜と、あとは今日は部活が定休日の人が数人。

部活は?写真部だろ?」
「ないよ。今月は最初の日にやっちゃったから。」
「へ?」
「あぁ、写真部は月1なの。皆わけ有りだからね。」

うちの学校は全員部活動に所属しなければならない。
例外として認められているのは外部で何か大変な習い事をしている人と生徒会役員。
確か若菜はその前者だと聞いた。

「今日はユースないの?」
「んーないよ。明後日から合宿だけどねー。」

冬休み入っていきなり合宿とかひどくね!?とか若菜は言うけど、その表情は晴れ晴れとしていて、楽しそうで。
サッカーが本当に好きなんだなと思った。
とか思っていたら、若菜が突然何か閃いたような仕種をして。

っじゃぁせっかくだから一緒に帰ろうぜ!同じ方向だよな?」

この人はいつでも唐突だ。
















さぁ、何で俺がユース入ってるって知ってんの?」

帰り道、3つ目の交差点を通り過ぎたあたりで若菜がそう言った。
しかし残念ながら私は割り勘で買わされた焼き芋の銀紙をいかに綺麗に外すかに全神経を集中させていたので、横で若菜が何を言ったのかよく聞こえなかった。

「え、ごめん全然聞いてなかったもう一回言って。」
「俺は芋以下か。だからっは何で俺がユース入ってること知ってんの!」
「いやだって若菜有名だしさ。」

そーなの?と元々大きい目をさらに大きくさせて若菜は言った。
まだ銀紙に意識を集中させたまま、私は言う。

「皆若菜のこと大好きだもの。」
「え、何それ、理由になってないよ。」
「なってる。好きな人のこと知りたいって思うのは当然でしょ。」
「え・・・・・ごめん素直に喜べないのは何でだろう。」

本当にはっきりと嫌な顔を若菜がしたので、私は思わず吹き出した。
吹き出した拍子にあと少しで綺麗に剥がれたはずの銀紙が見事にぶつっと切れた。
あーぁ、と内心思いながら、右手の人さし指と親指で挟んだ銀紙を風に乗せる。
ついでに環境破壊かな、とかそんなことも思いながら。

「ってゆかだって有名だぞー。」
「転校生は珍しいからね、今までの学校でも全部そうだったし。」

何事もなく、私は言った。
多分眉一つ動かしていない。

「皆って・・・・お前この学校何校目だよ?」
「小学校から数えて9校目。」
「はぁ!!??」

耳もとで叫んだ若菜の声があまりにも大きかったので私は思わず耳を塞いだ。
といってももう若菜が叫んだあとなのでその行為はほとんど意味をなさなかったけれど。



9という数字は普通に考えると異常な数字かもしれないけれど、私は実際、今の学校に来るまで8個の学校を経験してきた。
どの学校もあまり覚えていないけれど、必ず最後にお別れ会をやってくれたので、家にあるその時の写真を見れば何となく思い出せる。
ただそれは5校目までで、それ以降は残念ながら思い出すことのでいるものが何もない。
今でも年賀状をくれる人もいるけれど、ほとんどの人が私のことなんて覚えていないんだろうな、と思う。
それくらい、私にとって学校はどうでもいいものだった。



どうでもいいもの、でなければならない。



「へーじゃぁいっぱい友達いるんだな、には!」
「そうでもないよ。若菜も知ってると思うけど、私、今までどこの学校でも今みたいな感じで一人でいたから。」
「あははっ想像できる!」

若菜はからからと笑いながらそう言った。
いつも、こういう言い方をすると大抵の人は同情してくるから若菜のその反応に少し驚いた。
この人といると驚いてばかりいる。でもそれは全然嫌な気持ちなんかじゃなかった。

「一人って俺だったら耐えらんないけどなー。」
「まぁ、気持ちのいいもんじゃないよ、とくに学校では。」
「じゃぁ一人でいんなよ!」
「無理かな。」
「決めつけてるとほんとに無理になっちゃうぞ!人生楽しんだもん勝ちなんだからさ!」

笑った。
若菜が笑うと、何だか自分の悩みがどうでもよく思えてきて、若菜の隣は居心地がよかった。
今まで話したことがなかったから、気付かなかった。
もう少し早く、しゃべってみればよかったな、と久しぶりにそんなことを思う。






しゃべらなくてよかった。






「一人、耐えられるってことはは強いんだなー。俺は耐えられないから弱い人間だよ。」

そう言った若菜に私は笑ってみせたけどたぶんちゃんと笑えてなかった。
若菜が驚いたように私を見ていたから。

ちょうど、赤だった信号が青に変わる。
何か言いたそうな若菜を遮るようにして私はバイバイ、と言った。

信号を渡り終えた所で振り返り、一言だけ、若菜に言う。











「一人より寂しかったから、なら一人の方がましだと思ったんだ。」










トラックの音で若菜に届いたかどうかわからないけれど、確認しようとは思わなかった。

若菜の隣は居心地がよかった。
この土地に来て最初に、彼に出会った。
たぶん彼はそんなこと覚えていないだろうけれど、
確かに私は若菜に出会った。

どうせこの土地にも長くはいないだろうなとは思ったけど、コンビニ等は覚えておくにこしたことはないので
私は引越しの手伝いを途中で抜け出して、ぶらぶらと家の辺りを散策していた。
休日の朝早くだったので、音が何もない。
しばらく歩いていたら、ポーン、という音が聞こえてきた。
雀が何匹も止まっている壁に背を預けてその音を聞いていた。

ポーン

茶色の髪の男の子。
最初の土地で出会った男の子によく似ていた。
私が転校してしまうと知った時に真っ先にお別れを言いに来てくれた男の子。

その時は朝靄のせいで顔はよく見えなかったけれど、
次の日教卓の前で自己紹介をしながら見渡したクラスメイトの中に彼がいるのに気がついた。

明るくて温かくて、絶対に近づきたくないと思った。
学校はどうでもいいもの、でなければならない。
大切だと認識してしまえば、私はそれを潔く手放す術を持たないから、きっといつまでも後悔する。
わかっているのなら、すぐに離れなければならないとわかっれいるのなら、こちらから近づかなければいい。





ねぇ若菜。

私は決して独りが好きなわけじゃないんだよ。

皆で大騒ぎするのも大好きで、

皆と一緒に何かに取り組んだりするのも大好きで。

私は本当にずっと一生忘れない。

だけどね、

皆にしてみれば数ヶ月だけ一緒にいた私のことなんて忘れてしまって。

それだけじゃない。

私は皆との思い出はそこで終わりだから最高の思い出としてその時のことは残るけど、

皆はそこが終わりではないから、

ほら、

またそうやって新しい最高の思い出が刻まれる。

塗り替えられる。


独りなんて大嫌いなの。

嫌いで嫌いで仕方がないけど

それよりももっとつらい思いを知ってしまったから、

私は独りでも耐えられる。

一番怖いのは









私だけ取り残されること。








弱い人間でごめんなさい。

私は明日、また違う地へ旅立ちます。

本当はきちんと皆にお別れを言いたかったけれど

私が耐えられないと思うので、今ここで言わせてください。

私は学校が大好きです。

皆が大好きです。

でもそれを伝える術を大分前に断ち切ってしまったから

皆に伝えることはできません。








さようなら、ありがとう。









END.
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題名は源氏物語第一部の最終章からいただきました。
第一部は光る源氏最盛期のお話ですからね。その章の最後の題名です。
ヒロインがこの学校にいれる最後のお話ですよーってことで。


05年12月14日


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