「・・・・・気付いたんだけどさぁ、水野ってとことん人付き合い下手だよね」 私が、部活終了後の一年生の片付けを手伝いながらぽつりと隣の笠井に呟くと、彼は何を今更とでも言いたげな冷たい視線を私に寄越し、「最悪だよ」とだけ言った。そうして私は、藤代と共に校庭整備をする水野に目を向ける。いつもと変わらぬ笑顔を向ける藤代に、水野は少し困ったような顔をしていた。 水野が中等部のサッカー部顧問、桐原先生の息子であると知ったのはつい先日。高等部に上がると三軍なんてものはなくなってしまうので(中等部で三年間三軍だった人たちがまさか進んであがってくるわけがないからだ)、もちろん雑用は全て一年に回ってくる。それでも藤代や笠井、それに辰巳などは、中等での成績と現一軍ということで、何かと免れているのが現実だ。実力で言えば水野だってそちらに分類していてもおかしくない。 が、しかし。 ただでさえ外部組の一軍はあまり歓迎されないというのに、今年は水野一人なうえに、中等部顧問の御曹司ときた。 風当たりは最悪だった。 「・・・・・こう、なんていうか、藤代とナショナルとかで仲良いのはわかるけど、それも逆によくないっていうか・・・」 「何よりもまず三上先輩だよ。竜也は実は頭悪いんじゃないかって思う」 私は笠井は冷たい人間なんだなって思うよ、そう言いたいのをなんとか飲み込んで適当な相づちを打つ。笠井と私に挟まれた辰巳が所在なさげに目を泳がせた。 水野が入部して2ヵ月。私が入部して1ヵ月。遅れて入った私が見てもわかるほど、彼は孤立していた。否、渋沢先輩や三上先輩、藤代がいるから完全に孤立しているわけではないけれど、むしろそれがその他大勢と対立する原因になっていると言ってもいいくらいだ。さらに詳しくはよくわからないが、どうやら水野は昔三上先輩と一悶着あったらしく、それも大変よろしくない効果をもたらしている。当の本人、三上先輩がまったく気にしていないのだから、外野がとやかく言えたものではないと私は思うけれど、そんな簡単なものでもないらしい。 徹底的な実力主義と上下関係がモノを言う武蔵森サッカー部に突然現れた新星は、まったくもって歓迎されていない。 何も気にせず生きているのは藤代くらいだ(笠井曰く誠二はそんな単純なやつじゃないよ、とのことらしいが、私にはよくわからない)。笠井もクラスじゃあんなに水野に甘いのに、部活に関してはそれがない。聞いても本人は何も教えてくれないので、私には知る由もなかった。 それに、今のこの状況を作ったのは何も外野だけではないことくらい、私だってわかる。水野のあの性格も、どう考えたって関係しているとしか思えない。先輩方に対する礼儀を知らないわけではないだろうけれど、だからと言って敬語さえ使えば良いってものではない。敬語をあまり使わなくても上手く行っている藤代や間宮を見ればわかるんじゃないだろうか、そう思うけれどきっと水野にはそれがわからないのだろう。だからこそ笠井はあまり世話を焼かないのかなと思った。本人にも問題がある。 「でも最近先輩たちの間では少し評価あがってるよね」 ほこりと錆の匂いが入り交じった用具室に、磨き終わったボールを運びながら私は言う。 「そりゃそうだろ。竜也だって好きでこんな状況作り出してるわけじゃないんだからさ。ただ必要以上に皆が絡むから、喧嘩を買ってるだけで。あいつ意外と売られた喧嘩は買う主義だから」 後ろからコーンを持ってついてきた笠井が、盛大にため息をついた。 「で、そういう思考が大好きな2年生に、好感をもたれ始めてんだよ」 中西先輩とか!笠井は乱暴にコーンを置く。辰巳が何かを言いかけて、けれど何も言わなかった。 ひそひそと囁かれる言葉を拾うことはもう面倒で、私は笠井と共にそこを出た。 「水野が藤代みたいな性格だったらよかったのにね」 「良くないよ。誠二が二人もいたら俺はサッカー部をとっくにやめてる」 それが案外本気なんだろうなと思うと、笠井に少しだけ同情した。 暗い色に染まり始めた校庭をブラシ掛けする水野が目に入る。藤代はどこかに行ってしまったらしい。どうせ片付けが面倒で先に寮に戻ったのだろう。笠井と辰巳もそうする権利がないわけではないけれど。「そういうことしても笑って許されるのは誠二だけだし、俺らだってそこまで慢り高ぶるつもりはないよ」、とのこと。笠井のそういうところが私と似ていると思う。 「、先行ってて良いよ」 花壇の前で笠井は立ち止まる。笠井はどうするの、なんてそんなことを聞く必要はどこにもない。あたしも水野が大好きなのにー、少しだけ拗ねたようにそう言うと、心底嫌そうに、なら代わってよ俺は誠二だけで手一杯なんだから、と言われた。 昼間よりも温度が下がったアスファルトを歩く。部活って、どうしてこうも、切り離された空間なんだろう、と思う。藤代がいて笠井がいて私がいて水野がいる。それは、校内だって変わらないのに。もちろん根本は変わらないのだけれど。 ただ楽しくサッカーをやっているわけでもないのだと改めて思い知らされた。天才と称される藤代も水野も渋沢先輩も、努力でその領域に踏み込みかけた笠井も辰巳も三上先輩も中西先輩も。 光る一番星を見つけて、明日の予習をやらなきゃな、なんてどうでもいいことを思い出した。 |
END ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 森サッカー部は結構シビアだと思います 08年02月03日 |