「笠井ーっ!!!!」 青空の広がるのどかな昼休みのことだった。 ちょっと用があるからと言って水野がいない昼食を、クラスメイトたちと食べている笠井に向かって、教室の扉を開けたと同時に力いっぱい叫んだ。あからさまに迷惑そうな顔をして、パンを食べる手をぴたりと止める。あ、よかった無視されなかった!私がそう安堵したのとほぼ同時に彼はまた食事を再開した。 「ままままって無視しないでお願い一大事なの!」 周りのクラスメイトを無視して笠井の前に立ちはだかる。凍り付くような視線に怯みそうになったけれど負けない。 「俺に聞きたいことがあるんならまず元に戻れ。その対水野用の挙動不審ぶりやめてほしいんだけど」 「そんなのないよ!」 「あるよ。、水野と会う前まではそんな大声出したりするタイプじゃなかっただろ。いつもと違うをからかうのも楽しいけど、俺の前では戻って。うるさいのは誠二だけで十分だから」 さらりと、あくまで当たり前のことを言うかのように藤代に対して失礼なことを言ってのけた笠井に呆れつつも、深呼吸をする。3回空気を取り入れてから、再び笠井と向き合った。 「ちょっと来て」 先程までのテンションの違いに、自分でも驚きを隠せないが、そこは今重要ではない。対水野用というよりも、対笠井用が発動していると言った方が正しいのかもしれなかった。 ふう、小さく息を吐いて笠井は立ち上がる。何も聞かずに付いてきてくれるということはこれから話す内容が水野絡みということがバレているのかもしれない。最も、大騒ぎしている時点でそれは明白なことなのだけれど。 影が射して涼しくなった廊下に、かつ、と足音を響かせながら歩いていく。 「、どこに行、」 し!言葉を発した笠井を振り返って唇に人差し指を当てる。はてなマークを浮かべた笠井が不思議そうに首を傾げた。 手招きをして、とある教室の中にするりと入り込んだ。笠井が続く。 「なに?」 小さな声で笠井が聞いた。音楽準備室なんかに、何の用?訝しげにそう訊ねる笠井の頭を上から押しつけるようにして半ば強制的にしゃがませると彼の首が変な音をたてた。ごめん。 長細い窓から指差してその奥の人物を示した。彼が一瞬だけ目を見張る。 「・・・竜也?」 今ではあまり使われることのなくなった隣の第一音楽室の真っ黒なグランドピアノの前で、水野竜也は鍵盤を見つめてただ座っていた。 「ね?」 「ね?じゃないよ何が一大事だよ」 「いや、あまりにも絵になるからつい?藤代じゃ大騒ぎしそうだったし」 「ピアノ弾いてるわけじゃないんだから別に騒がないだろ」 正論を返されて言葉に詰まる。壁に背を預けるように座る笠井の横に、私はなんとなく座る気にはなれなくて、左足に重心を傾けて立っていた。 昼休みに特別棟にいる人間などほんの僅かだ。遠く廊下を伝って聞こえてくる騒めきが、貝を耳にあてた時に聞こえる音に近くて心地よい。 いつもは私もこの喧騒の一部なのだと考えると変な感じがした。 「にしても竜也はほんとに何やってるんだろう」 ふいに笠井が呟いた。 「さあ。でもさ、なんか入っちゃいけない気がするよね」 「・・・・・・まあね」 水野は動かない。指先すらもぴくりとも動かさずに、相も変わらずじっと鍵盤を見つめている。 なんだか人形みたいになってしまった彼を、私もじっと見つめていた。 ああ、本当に綺麗だなあ。 思わずため息すら出てしまいそうになるほどの。あれで毎日外でサッカーをしているなんて信じられない。かと言って白すぎるわけでもなく。私よりは確かに黒く焼けているはずなのに何故か透き通っているように見える。一度これを笠井に言ったら、は竜也に夢を見すぎだよ、と呆れられた。夢でもなんでもいい。見ていられるのなら。 「っ、」 と、風に乗せられたように私の耳に届いた音色に、いつのまにか俯いていた顔を、はじけるように上げた。 「かさ、」 「しっ!」 今度は私が制される。笠井も驚きを隠せないように目を見開いていた。 「これ、知ってる」 笠井が呆然としたように呟く。 「花のワルツだ。俺が、昔よく弾いてた曲だから」 「ああ、そっか。笠井、ピアノ上手いもんね」 会話をしながらも私と笠井はどこか上の空で、ただ水野が鍵盤を滑るように叩いていくのを見ていた。 ずば抜けて上手いというわけではない。 ただ、慣れているな、と思った。 ピアノを弾くことに、というよりも、その曲を弾くことに。 笠井は水野の意外な一面を見たというように驚いていたが、私にとってそんな驚きはどうでもよかった。ただ、彼がピアノ弾いている姿を見られただけで幸せな気持ちだったし、それを私と笠井しか知らないことが嬉しかった。誰に確認したわけでもないけれど、彼が、こうしている姿を他に知っている人がいるとは思えなかったのだ。 夢と現の狭間を彷徨っているいるような、不思議な浮遊感を感じていた。 気持ち良い。 ぴたり、水野のピアノが止まったのと、私と笠井が顔を上げたのはおそらくほとんど同時だったと思う。 鳴り響くチャイムをこれほどまでに欝陶しく感じたのは初めてだ。水野は慌てた様子で足早に教室を出ていった。私だって、授業に向かわなくてはならないことくらい、わかっている。それでも体が動かない。 余韻に浸る、とは少しだけ違う感覚。突然どこかだだっ広い所に連れてこられた気分だった。 解放感。 「ねえ、笠井、あとちょっとだけ、」 |
END ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 捏造しまくってごめんなさい。水野が1曲だけ弾けたら萌えるなとか思った。 07年12月06日 |