「水野、放課後私も連れてって」

がたん、突然現れた私に驚いたらしい水野は思いっきり椅子を後ろに引いた。
隣の席の女の子が、不思議そうに私を眺めている。

、竜也困って返事もできてないから。まず、近い」

ぐい、と思いっきり肩を掴んで水野の前から引き離される。
肩を掴んだ張本人――笠井竹巳は呆れ顔で私の肩越しに水野を覗き込む。

「大丈夫?」
「え・・・あ、うん。で、連れていくってどこに?」

慌てて時を取り戻したらしい水野は一度引いた椅子を元の位置に戻しながら私を見る。再び前に乗り出そうとした私を笠井が全力で止めた。

「サッカー部」

私がそう言うと、水野の目は再び見開かれた。










「じゃぁ、この辺で座っていてくれるかな?」

3年生の部長らしい人が、木製のベンチから救急箱を地面に降ろしながら私に言った。はい、と短く返事をして、そこに腰を降ろす。
これが大会成績だから、と言って渡された、左上をホチキスで止めたプリントを手渡される。
ぺらりと1枚をめくると過去10年のサッカー部の成績が、出場者から得点者まで、細かいデータと共に記されていた。
中等部が既に全国区だと言うことは知っていたが、高等部までもが全国区だとは思わなくて、少しだけ感心する。
おそらくは全国からここに強豪たちが集まってきているのだろう。
藤代も笠井も、中等部では2年からレギュラーだったはずなので、きっと何の心配もいらないだろうけど。

プリントから顔をあげて校庭を覗く。
呆れてしまうほどの部員たちが、練習前の時間を各々の好きなように使っているのが窺えた。ボールを倉庫から出していたりポールを並べているのはきっと1年生だ。藤代がラインを引いているのが目に入る。その横で笑っているのは、見間違えるはずもなく、水野竜也だ。
ちらちらと彼を盗み見る部員たちが何人もいて、私は首を右に傾げた。
相当有名なのだろうか。

「ほんとに来るとは思わなかったな」

ふいに被さってきた影の形と声のトーンから、それが笠井だとすぐに知れた。
視線を左上に動かせば、案の定、あまり感情の無い顔で彼が私を見下ろしている。

「バレーはもういいの?」

がしゃん、私の隣にスポーツドリンクの入った籠を置く。

「うん。バレーは中学でやめるって決めてたから」
「ふぅん。でも運動神経相当いいだろ?他の部からの勧誘とかなかったの?」
「あったよ。でも別に興味なかったし。サッカー部のマネージャーっていうのは結構前から藤代に言われて考えてはいたんだ」

差し出された私の分のスポーツドリンクをありがたく頂戴する。冷されたそれは4月の気温にはまだ少し不釣合いで、頬に当てたことを後悔した。

「で?竜也が決定打?」

愉快そうに口の端を上げる笠井に、私は肩を竦めてみせる。

「そんな不純な動機でも入れるの?」
「隠してればいいんじゃない?その動機は3割くらい?」
「そうだね。そういうことにしておいてよ」

笑いながらそう言うと、笠井はOKと右手を上げた。
わぁ!という歓声が校庭から聞こえてくる。視線を騒ぎの中心へと向けると、藤代が何やらパフォーマンス的なことをしているのが見えた。どこへ行っても彼は中心的人物らしい。
私を案内してくれた部長らしき先輩が、彼に近寄っていく。二言三言話したと思ったら、突然藤代がくるりとこちらを振り返った。驚いてそのまま見つめていると、小走りにこちらに駆け寄ってくる。
挨拶を兼ねて手を上げると、あの大きな声で、彼も返事を返してくれた。

っ!やる気になってくれて俺超嬉しいっ!」
「何女子高生みたいな発言してんのー」
「全面的に俺の気持ちを表してくれるぴったりな言い方だろ?」
「はは、それ勘違い」

誠二と話してるは好きだな、と呟いた笠井の言葉は綺麗に無視した。どうせ水野について話している私は気持ち悪いとかそんな話なんだろう。
練習は始まっていないというのに、藤代の額にはうっすらと汗らしきものが光っている。私が来る前から練習をしていたのだろうか。

「暑そうだね」
「んー?そうでもないよ?」

にか、といつも通りの笑顔で答える藤代を見て、本当にサッカーが好きなんだな、と思う。スポーツを愛している人の側にいるのは嫌いじゃない。その気持ちが、取り巻くオーラが好きだからだ。
顧問はまだ来ないのかと尋ねると、もう来る時間なんだけど、と藤代も不思議そうにそう言った。いつもは既に来ていて、練習も始まっている時間帯らしい。

と、見慣れた顔がいつの間にかもう1つ増えていて、少し驚いた。

「水野」

顔を右側へ移した私の視界に、彼はしっかりと捉えられる。
相変わらずさらさらとした色素の薄い綺麗な髪が、風に靡いていた。

「意外だった。がマネージャーやりたいとか」

肩にかけられた真っ白のスポーツタオルで顔を拭きながら彼は言う。

「何で?」
「人のために尽くすとか、最も嫌がりそうだから」

さりげなく失礼な発言をした水野に、笠井と藤代が何度も首を縦に振った。

「いやいやいやそんなことないよ!中学ん時だって実行委員とかよくやってたし!」

水野の中の私のマイナスイメージを少しでも取り去ろうと弁解をしてみたが、それはどうやら失敗のようだ。

「実行委員・・・。あぁ、人に指示出すあれか」

水野の中の実行委員像はそんなものらしい。

「あー涼しいテントの中から指示出してそー」
「その指示も人使って出してそうだけどね」
「ああ、そんな感じ」
「ちょ!藤代!笠井!私をなんだと思ってんの!水野も!納得しない!」

私が抗議の声を上げたところで部長から集合の声がかかる。
藤代と水野はすぐに走り出した。

「笠井?」

止まったまま動かない彼に、私はそう呼びかける。
見上げた笠井は面白そうに私を見下ろしていた。

「このままじゃ竜也からはとてもじゃないけど恋愛対象として見られなさそうだね?」

にこり。心底楽しそうに彼は言う。
サッカー部の中で1番性格が歪んでいるのは彼なんじゃないかと私は思った。

「協力してあげようか」

少しだけ私から遠ざかって笠井は言う。





「いらないよそんなの。恋愛は自分の力でどうにかするから楽しいんでしょ?」





そう言えば笠井は満足そうに笑って走っていった。









   


END
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水野夢っていうか笠井夢っていうか・・・・・。

07年08月10日


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