いつも彼の周りには必ず誰かがいた。
入学してからこの1週間、1人でいる彼を見かけたことはほとんどない。少なくとも校舎内では彼はいつも誰に話し掛けられていたし、そうでなくても遠巻きに何やら騒がれていたことは確かだ。
私たち内部進学組からしてみると、確かに外部生は転校生に近いものがあったし、それは仕方のないことだと思う。
でも。



彼は異常だ。



他にも外部生はいくらでもいると言うのに、何故彼だけが取り囲まれるのだろうと私はここのところそれだけを考えていた。彼が魅力的だというのはわかるけれども、だからと言って何故あそこまで群がるのか、いまいち理解ができない。
それにそもそも、何故皆女子なのか、というところが大問題だ。

「そりゃあもちろんかっこいいからでしょ」

身も蓋も無いような言葉が突然上から降ってきた。

「わかってるよっ!考えないようにしてたのになんでそういうこと言うかな!」
「事実だし」

ていうか邪魔なんだけど。

私を気遣うつもりなど毛頭ないらしい笠井竹巳は私を押し退けるようにして自分の席についた。
それにしてもすごい人気、呆れ声でそう呟いた笠井の視線の先で話題の外部生、水野竜也が困惑顔で女の子たちの相手をしている。

「・・・・・正直、きっと迷惑だよね」
「だろうね。そういうの嫌いそうだし」
「そんでもってあんな扱いをうけているが故に男の子の友達ができないっていうのも可哀想すぎて泣けてくるんですが」
「でももともとあいつ友達作るの下手らしいから、あんな風になってなくても友達の輪は俺と以外には広がってなかったと思うけどねー」

友達の輪。
思わず笠井を見て呟いたその一言に、彼はおかしそうに笑った。
どう考えても、笠井には私が水野に好意を抱いていることはバレている。

「でもさ!水野と私、入学式以来会話してないんですけど!?」

そう言うと笠井はきょとんとした表情になった。
あぁ、そういえば、と少しだけ考えているらしい仕草を見せたあとに、対して興味無さそうに彼は言う。
男の子である笠井は彼ともしゃべるし、移動教室の時だって、一緒だが、私はそういうわけにはいかなかった。内部組で仲の良い友達が何人かいたし、それに外部組も追加されて、結構大きなグループに入っていた。それはそれで楽しいから、問題ないと言えばないのだけれど。

「水野が足りない」
「そういう気持ち悪い発言はやめろ」

切実なる問題を言葉にしたのに、笠井にばっさり切って捨てられる。

ってそういうこと言う人だったっけ?明らかに性格変わってる気がするんだけど」
「メールは面倒だから淡白なだけですよ」
「嘘言うなよ、あんたすごい無気力人間なくせに」

トントンと1限の教科の用意をしながら笠井は言った。
上から彼を改めて観察してみると、笠井も中々顔のいい部類に入るんだな、とどうでもいいことに気付いて嬉しくなる。笠井と水野と友人関係にあることに優越感を覚えているのかもしれなかった。
完全に藤代のおかげなのだけれど。

「にしても意外だな」

くるりと笠井は斜め上を向く。
ばっちり視線の合った私は、そのままの体勢で返事をした。

「何が?」
が水野が好きってことが」

やっぱりバレていた。

「・・・直球だね」
「変化球じゃ気付かない相手を相棒として去年1年間過ごしていたからね」

藤代のことを言っているんだろうなとすぐに思い当たって思わず苦笑してしまった。
タイプの違う二人が一緒にいるところを、同じクラスの人たちはどんな気持ちで見ていたんだろう。どちらかと言えば水野と笠井というペアの方が似たもの同士のような気がした。

「だってさ、あんなに綺麗な人、初めて見たよ?」

そう言って、教室の1番前の席で携帯電話を取り出す水野に視線を移す。
幼いころからサッカーをやっていた割には焼けていないその指が、滑るように携帯の文字盤を叩いていく。何をやっていても絵になるのだから不思議だ。
澄ましているように見えて実は熱い男なんだぜ、という藤代の言葉がふと頭の中に蘇る。
私は彼について色々と誤解していることがあるのは明白だったが、とりあえず今はそれでもいいと思っていた。
王子様に対して女の子が理想と重ねて見てしまうのは世界の常識だ。

「確かに、綺麗だよね。なんていうか、完璧」
「やっぱり?雰囲気っていうか、パーツっていうか、すごく整ってる」

雑誌のモデルや芸能人に対する綺麗とは、また別のものだった。
残念ながらそれを表す言葉が私にはわからないけれど。

「好きっていうか、どちらかというと憧れとかに近いんだけどね」
「そうなの?」
「うん」

笠井の隣の席に腰を降ろす。私の席は笠井の斜め後ろだけれど、この席の主はまだ学校に来ていないようだったので、ここにお邪魔した。
クラスの内部進学組が、しつこく水野からアドレスを聞き出そうとしているのが目に入る。その物言いがかわいこぶりっこでないのが唯一の救いだ。水野もほとんど無視に近い状態になっている。



ふいに隣の笠井が溜息と共にそう言った。

「何?」

視線を彼に移すことはせずに返事をする。

「気になるんだったら行ってくれば」

さっきからすごい顔なんだけど、そう言って自分の眉間をトントンと叩く。皺がいつの間にか寄っていたらしい。
ふむ、と私は考える姿勢を取った。
教室の中は次第にがやがやとしたムードになっていく。HRの始まる三分前だ。電車通学組が一気にやってくるのはこの時間帯であるはずだから、あと1分もしないうちにほとんどが揃うだろう。
どうせ動くのなら、少しでもクラスメイトが少ない時が良かった。わらわらと彼の周りにこれ以上集まられても困るからだ。

「まさか女子が怖いとか言わないよね?」
「何その面白く無い冗談」

笠井が笑ったのと、私が立ち上がったのは、おそらくほとんど同時だった。
狭い机と机の間を小学校から身に付けた交わし方でぶつからないように進んで行く。

ばん、と右手で水野の後ろに位置する机を叩くと、驚いたように彼と彼を取り巻いていた女子数名が私を振り返った。

「水野、今日、放課後空いてる?」

にこりと、できるだけ優しく笑って私は彼にそう言った。
驚きのあまり返事をするという行為を忘れたのか、彼は目を丸くして私を見つめている。
女の子たちもあっけに取られた様子で私を見ている。
気が付けば後ろには笠井があきれ顔で立っていて、竜也聞いてる?と水野に向かって尋ねていた。

「・・・あ、うん、え・・・空いてるけど・・」

ぎこちない動きで口を動かしながら彼は言う。それを合図に止まったままだった女の子たちもはっとしたように水野を見た。しかしそれでも何と言えばいいのかわからないらしい。口を閉じたり開いたりしながら私と水野を交互に指差しながら見つめている。

「じゃあ四時に校門ね。笠井と藤代もいるけど、いい?」

こくりと一度だけ彼は首を縦に振った。
俺も入ってんの?笠井が面倒臭そうにそう言う。入ってんの、藤代連れて来てね。

「・・・・・さん」

そこでやっと女の子のうちの1人が口を開いた。開いたものの、相変わらず何を言うべきなのかは自分でもわかっていないようだ。しかしとりあえず敵意らしきものだけはしっかりと伝わってきた。





「あなたたちも、来たければ、どうぞ?」





極上の笑みでそう言うと顔を真っ赤にして彼女たちは自分の席へと退却していく。

「よく言うよ。どうせ集合場所変えるくせに」
「そんなことしないし」
「するだろ。白雪姫の毒林檎と同じ原理だよ、甘い誘いと見せ掛けて実は毒が入ってるっていう」

あんたの場合、最初っから毒林檎だってバレてるけどね、笠井が何かを含んだような目を私に向けてきた。
私と笠井は同時に、はは、と乾いたような笑いをした。水野だけがわけがわからないという顔で私たちをぽかんとした表情で見つめている。

「あとでちゃんとメール見ておいてね」

私の王子様は不思議そうに自分の携帯電話を取り出してから、微かに頷いた。









   


END
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高校生武蔵森シリーズ第二弾。笠井くんは水野を竜也と呼べばいい!

07年08月02日


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