からりと晴れて、空気の冷たい日のことだった。
晴れの日が、雪や雨の降っている日よりも寒いというのは本当らしい。外気に晒された頬や足を容赦なく突き刺すように撫でながら北風は通り抜けていく。いつもよりも厚手のセーターを制服のブレザーの下に着込んで私は学校に登校した。マフラーにできるだけ顔を埋めて息を吐く。晴れているのに風があまりに冷たいせいで、生徒は皆身を縮めるようにして足早に歩いていた。私もその中に混ざりながら下駄箱目指して歩いていると、後ろからマフラーをひっぱられるような感覚がして咄嗟に振り向くとそこには三上先輩がいた。

「マフラーひっぱるの禁止です、首絞まったらどーするんですか」

さほど強い力で引かれたわけではないけれど、とりあえずそんなことを言ってみたら呆れた顔をされた。

「そんな簡単に人の首は絞まんねえっつの。それより、今日、忘れてるだろ」

ん、と手を差し出され、私はぽかんと口を開けた。しっかり三上先輩の手を見つめたあとに、「何ですか?」と眉をひそめた。



「たんじょーび」



HR開始を告げる鐘が鳴るまでそれほど時間がないのだろう。生徒たちの足取りが心なしか早くなっていく。
隣に立つ三上先輩はひどく不満そうな顔だった。

「何お前、俺ちゃんと1週間前に今日が誕生日だって言ったじゃんかよ」

言われてみれば、と私は記憶を引っ張り出す。
1週間ほど前、どういう流れだっかのかそこまでは想い出せないけれど、とにかく私は三上先輩とコンビニへ行く羽目になり、そこでそんなことを言っていたのを思い出した。新商品、とでかでかと書かれたカスタードプリンだかなんだかを指差せながら、三上先輩が「なぁ、これ買って」とか言い出したのがきっかけだった。嫌ですと断わると、「じゃぁ1週間後に買って持ってこいよ。俺、誕生日だから」とかなんとか言ってきたのだ。その時は本気にしていなくて、私はハイハイと適当に相槌を打っていたような気がする。

「え、あれ本当だったんですか」
「はぁ?いつ俺がお前に嘘ついたよ」

日々嘘ばっかり言ってますという思いは、きっと届かないだろう。
どうやら本当に今日が誕生日らしいので、買いに行ってもいいのだけれど、今はもう予鈴がなり終わっている。あそこのコンビニまで少なくとも10分はかかるだろうから、私は諦めて先輩と並んで校舎へと向かった。

「そういやさ、愛しの水野くんの誕生日はどうしたんですかー」

特に興味がなさそうに三上先輩は靴を履き替えながらそう言う。私は隣の下駄箱に寄りかかりながら「愛あげました」と棒読みで答えた。

水野の誕生日は散々だった。水野と一緒に居られることだけで満足していた私は彼の情報を聞きだすという、恋する乙女としては基本中の基本を怠っていて(もうこの時点で私は世間一般の恋する乙女とは違うのだと笠井に言われた)、まさかの水野の誕生日を知らないという状態にあった。当日笠井がプレゼントを渡しているのを見て初めて気づいたのだけれど、そこまで来れば仕方が無い。
まさかプレゼントを用意できるわけもなくて、結局市民が主催しているにしては綺麗なイルミネーションを見に行っただけだった。それでも彼が笑ってくれたから、もう満足しているのだけれど。
藤代の時はどうしたかと言うと、1日に届いた年賀状に、しっかりと「俺今日誕生日だから!」と書かれていて、きちんと彼にメールした。さらに何か奢ってと書かれていたのは無視の方向だ。



人の誕生日というのはどうも緊張してしまって、よくないと思う。



特別な日だからなのだろうか。誰が相手であっても、その人が誕生日の日は一日中緊張してしまうのだ。わからないくらい微かだから、一日が終わってみて気が付くことも多い。
けれど相手が三上先輩だからなのかなんなのか、特に緊張しているわけでもない私がいて、少しだけ驚いた。

「先輩も晴れて17歳ということですねーおめでとうございます、あと1年で結婚できるじゃないですか、よかったですね」
「何か悪意を感じるんですけどー」
「気のせいですよ気のせい」





まっすぐ。





ふと、そんな言葉が蘇る。

笠井が三上先輩を形容した言葉だ。歪んでいるように見えるこの人が、実は一番まっすぐだとか、そういう話だったと私は思っている。友達に「まっすぐに見えない人が実は一番まっすぐだったって、どういうことだと思う?」そう聞いてみたころがある。彼女は少し考えてから、「それは周りが皆曲がっているからその人がまるで曲がってるみたいに見えるんでしょ」、と言われた。なるほど、わかりやすい例えだった。
つまりその人はその他大勢とは異なっているということだった。まるで異物のように感じてしまう時さえもあるらしい。「うちのお兄ちゃん、それ」彼女は面倒くさそうに呟いた。

隣を歩く三上先輩を見上げる。特に変わったところは見受けられない。それでもサッカー部のたくさんの人が、良かれ悪かれ彼に注目しているように感じられるのは、そのまっすぐさのせいなのかもしれないと思った。
はじめはまったく気がつかない。むしろマイナスイメージを持ってしまうのだけれど、少し付き合ってみるとわかるのだった。いっそ清清しいほどの、何かが彼にはある。

私も、後から気づかされたうちの一人だった。
それは多分、水野と三上先輩に似ているところがあるからなのだと思う。
水野は、三上先輩のままではいられなかったタイプだ。結局曲がってしまったまっすぐさ。けれど皆ほど曲がりきれてもいない。水野が三上先輩からなんだかんだで距離を置けない理由はきっとそこにあるのだと勝手に思っている。
私は水野ではないから本当のところはわからないけれど。



憧れる。



多分、これが、一番近い感情。
だけど、一番認めたくない感情だというのも、本当。

「三上先輩」

別れ際に呼び止める。先輩は不思議そうに振り返った。





「誕生日おめでとうございます。今日放課後空いてますか?」





プリン奢りますよ、と私の言った言葉に三上先輩は驚いたように目を見開いて、それから「別にいらねぇよ」とぶっきらぼうに吐き捨てた。冷たい返事のようにも聞こえるけれど、きっと照れ隠しというやつなのだろう、だんだんと彼のことがわかってきた。

彼が一緒にコンビニへ行ってくれるのだということは、既にわかりきっている未来。









   


END
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三上先輩ハピバ!大幅に遅れたとかそんなこと気にしません。だって好きだから!(←)
三上先輩はいざまっすぐ来られるとびっくりして照れてしまうタイプだと思います、可愛いな!

09年02月09日


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