部活後の暗くなった住宅街を私と水野は歩いていく。

「寒い?ごめんもうすぐ着くから」

かじかんだ指先を暖めるようにコートの上着に手を隠した水野に、私は慌ててそう言った。すると水野はチェックのマフラーに顔を少し埋めてくぐもった声で「別に寒くないよ」と一言。照れているのかなんなのかさっきからちっとも私のことを見てくれない彼に不満を抱きつつもそんな彼も可愛いななんて思ってしまう。

何故水野と二人で歩いているかというと、それには色々事情があるからであり、決して付き合い始めたとかそういうことではない。本日の日付は11月30日で、つまるところ水野の誕生日だった。ちなみに私がこれを知ったのは今日の朝なのだけれど、今はそんな己の失態を考えないようにしておく。

歩きながら空を見上げると思った以上に星が見えて驚いた。
どうやら今日は快晴らしい。

「っていうかわざわざ祝うとか、そんなのよかったのに」
「いいの、あたしが望んでやってることなんだからー」

そう言っても水野はまだ納得がいかないみたいだった。
今日の朝水野の誕生日を知ったということはもちろん誕生日プレゼントなんてそんなもの用意しているはずもなくて、私は咄嗟に昼を奢るといったのだけれど、結局マネージャーとして監督に呼び出されてそれは叶わなかった。その時点で諦めるべきだったのかもしれないけれど、好きな人の誕生日はやっぱり祝いたい。
と、いうことで笠井に協力してもらって、こうして今二人きりになったわけなのだった。

「で、。どこに向かってんだよ?」
「ないしょー、それ言っちゃったら意味ないでしょ」

ほとんど信号のない道を歩いていく。部活帰りの中学生や高校生がぱらぱらと見える程度で人通りは少なかった。

「そういえば今日先輩たちに何かもらってたでしょ?あれ、なんだったの?」
「・・・なんだっていいだろ」
「あやしー。まぁいいや要はそういうものってことか」
「そういうものってなんだよ」
「いかがわしいもの?」

そういうと水野は不快そうに顔を歪めた。主に積極的にそのプレゼントを買いにいったのは部長とか中西先輩とか藤代あたりなのだろう、笠井の誕生日にも同じことをして怒られたばかりなのに懲りない人たちだなと苦笑する。後で笠井やら渋沢先輩やらが何かを渡していたのも目撃したから、それはきっと水野に対する謝罪みたいなものなのだろう。渋沢先輩も笠井もそういうのはあまり好きじゃないことくらい見ればわかる。
ああいう馬鹿みたいなノリが私は嫌いじゃないのだけれど。

「着いた」

話しているうちに目的地に着いていた。通り過ぎそうになって私は慌てて水野を呼び止める。
よくある小さな公園だ。
滑り台と砂場とブランコしかないような、そんな小さな公園。
ここ?水野は面を食らったような顔をした。「そうだよ」、私はにっこり笑うと水野の背をぐんぐん押してブランコへ近づいていき、無理矢理そこに彼を座らせた。

「ミルクティーでいい?」
「は?」
「だから、飲み物」

いいね、そう念を押すと水野は微かに頷いた。未だにこの状況を飲み込むことはできていないようだが、残念ながら説明する気は毛頭ない。当日に誕生日プレゼントを用意することはやっぱり難しくて、それならばと悩んだ末の結果だった。
まだ、時間まで5分ちょっとある。

公園の端でぼんやりとした光を放っている自動販売機まで行き、ロイヤルミルクティーとココアを購入、ゆっくりとした足取りで水野のところまで戻った。

「はい、ハッピーバースデー」
「・・・どうも」
「あ、変な顔してるー。心配しなくても何も入ってないってば」

すとんと水野の隣のブランコに腰掛ける。
冬の夜の住宅街は昼間とはがらりと姿を変える。ぴっちりと閉められた窓から漏れる光はどこか頼りなさそうで、見ていて不思議な気分になる。話したいことがあっても黙ってしまうようなそんな静かさに、私は思わずため息をついてしまった。

「帰った方がいいんじゃないか?」

ため息をどう取ったのか知らないが水野はそんなことを言った。「あとちょっと」、ため息の理由を説明するには時間が無さすぎて、私はそれだけ言う。手のなかのココアから熱を分けてもらいながら、息をつめるようにして水野の横顔を盗み見る。何を考えて彼はこうして私に着いてきてくれたのだろうか、そんなことを聞く勇気はまったくないけれど。

今思えば私が水野を好きになったのは本当に間違いなく一目惚れで、水野のその外見に見事にやられたのだった。あまりにも理想どおりの整った顔立ちに始めはこれは本当に恋なんだろうかと思ったけれど今となってはどうでもいいことだった。



理屈とか理由とかそんなことはとにかく、私は水野が異性の中で一番好きだ。



それで、今は十分。



「水野っ、ほら見て!」



ちょうど私たちから見て右側から。

ぱあっ、と明るくなった視界に、水野は何が起きたのか一瞬わからなかったらしい。

立ち並ぶ住宅を飾り付けるように光る電飾、それによって浮かび上がる家々のツリー。暗い夜を照らすように点いた灯りは幻想的な雰囲気を生み出していた。

綺麗でしょ?私が言うと水野は少し間をあけてゆっくりと頷いた。

「誕生日知らなかったからプレゼント用意してなくて、咄嗟に思いついたのがここだったの」

自分の家の近くで毎年行われる一斉点灯。11月25日から12月25日まで、毎日夜八時に点灯される。この期間だけは地元の中高生のカップルの間では有名なデートスポットと化す。私は中学から武蔵森に通っているし、藤代や笠井も知っているだろうけど、中学は別のところに通っていて家も離れている水野はきっと知らないだろうと思ったのだ。

「ただの住宅街のイルミネーションにしてはなかなかだから、いいかなと思って」
「うん、綺麗だ」

そう言ってありがとうと水野は笑った。
しばらく、二人並んでそのイルミネーションを見ていくことにする。
またたくように光るそれに乗せられるように水野に想いを告げそうになったけれど、そんなことを、私も水野も望んじゃいないことを思い出してなんとか踏み留まった。





「誕生日、おめでとう」





貴方が好きです。









   


END
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また今年も遅れちゃったけど!
水野はぴば!大好きです。

08年12月02日


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