「おはよ藤代ー・・・ってありゃ?」 今日は武蔵森学園高等部の入学式だ。真新しい制服を身に纏った私と同い年の少年少女たちがキョロキョロと周りを見渡しながら歩いていく。きっとそれは中等部からの持ち上がり組だ。友人を見つけようと探しているのだろう。知らない地で知らない人の中に紛れているのが不安なのかもしれない。私はむしろその緊張感や新しさが好きなのだけど。 高等部は中等部とは違って校舎が男女別に別れていない。見慣れない髪の短い人たちの大群に少し圧倒されながら歩いていく。そういう意味でも、なんだかとても新鮮だった。 校舎に入る手前で、藤代誠二を見かけた。人懐っこい笑顔が相変わらずで、思わずこっちも微笑んでしまう。 一度中学の頃に彼に会ったことがある。たまたま大会会場が女子バレー部と近かったからだ。 それからはいわゆるメル友とか言うもので、連絡は取り合っていた。 だから、久しぶりに会えたことが嬉しくて、私は思わず声をかけた。 「あ!!久しぶり!」 彼のテンションは異常に高かった。 いや、今まで一緒に居たわけではないからこれが普通なのかもしれないけど。 そうだとしたら、私が彼に出会った時は落ち着いていたことになる。 「なんか・・・テンション高いね?」 遠慮がちにそう言うと、彼の顔が、ぱあっと輝いた。 「わかる!?実は外部生の中に知り合いがいてさ〜、それが嬉しくて!まさか来てくれると思わなかったから!」 「誠二のために来るわけじゃないけどね」 そう横から入ってきたのは笠井竹巳だった。や、と短く挨拶をする。彼はにこりと微笑んだ。やはりいつ見ても品のある人だなあ、と関心してしまう。 「久しぶりだね。夏大以来?」 「かなぁ。たぶんあれが最後だよね」 藤代とも笠井とも、半年も会っていないはずなのに、メールをこまめにしていたはずなのか、ついこの間会ったような感じがする。悪くない錯覚だ。 「で?誰に会えるって?」 「サッカー関係の友人だよ。地区大会で当たったことがあるんだ。まあ、誠二は選抜で仲良くなったんだけど」 だから俺はほとんど面識ないよ、笠井はこきりと首を回した。 それにしたって随分喜んでるね?私が藤代にそう言うと、だってあいつすごいから!という返事が返ってきた。相変わらず会話にならなかった。 「MFなんだけど、超巧いの!俺と組めば敵なしだな!」 三上先輩はいいのかとつっこんでやりたかったが、返ってくるであろう返答が容易に想像できたので、何も言わないでおく。 そろそろ、集合時間の15分前だった。玄関が混み始めてきたので、中に入ることを藤代に促すと、彼はえー、と声をあげてそれを渋った。この学園の生徒という意味では先輩であるから、きっとその友人を案内したいんだろう。でも、と私が口を開きかけた時、 「あ!いた!水野ーっ!!」 笠井が思わず耳を塞いでしまう程の大きな声で藤代は叫んだ。 あまりにも大きなその声に、私も顔をしかめてしまう。 藤代の視線の先を追うと、ぎょっとしたような顔でこちらを見ている少年がいた。彼でなくたってそうなってしまうだろう。道行く人々が、藤代に視線を注ぐ。これでは彼は近寄りにくいだろう。 はあ、と隣で笠井がため息をついた。彼の心境を思って私は苦笑する。笠井は、性懲りもなく叫んでいる藤代を軽く殴ると、私に目配せをした。はいはい、と手をひらひらと振って、水野という少年の元へ歩いていく。 「あー、あなたが水野くん?」 私が彼の前に立ってそういうと、目を丸く開いたまま頷いた。 「あの馬鹿がごめんね。とりあえず藤代は笠井――って友達がクラス発表の掲示板まで連れてってくれるから、私がそこまで案内するよ」 「え・・・あ・・・はい。えっと・・・?」 「ああ、私は。藤代とはちょいと知り合いなんだ」 戸惑いを隠せないのだろう、不思議そうな顔をしたまま彼は自分の名前を告げた。水野竜也です、目をまっすぐに私に向けながら彼は言った。随分と綺麗な顔立ちの人だなあ、と私は思わず見とれてしまう。 「藤代とは選抜で一緒だったんだって?」 「はい、一応」 「や、あの敬語いらないからね?私同い年だし。」 で構わないから、私がそう付け足すと、じゃぁ俺も水野で、と彼は言った。少し照れたように笑った顔も中々いいなぁ、なんて思ったり。いつのまにやらにやけそうになる顔を私は慌てて引き締めた。 少し行ったところで右に曲がる。その先の白い掲示板から少し外れたところで、藤代と笠井が話しているのが視界に入る。あれだよ、と私が指差すのとほとんど同時に藤代たちも気が付いた。何か叫ぼうとする藤代を、笠井が殴って止めていた。 「久しぶりー!」 いつもと変わらない笑顔で藤代は嬉しそうに歯を見せて笑った。久しぶり、と水野がそれに返事を返す。 「聞いてくれよー!この中で俺だけクラス違うんだけど!何これイジメ!?」 「え、何笠井と水野同じクラス?よろしくー」 「よろしく。水野竜也くんだよね?俺は笠井竹巳。サッカー部だから多分そっちでもお世話になるよ」 「知ってる、DFだっただろ?」 「すごい水野くん覚えてるんだー。」 「ねぇ!ちょっと!ここって皆で俺を慰めるべき場面だよね!?」 藤代が隣で何かを喚いた。笠井がそれを軽くシカトする。水野だけが、悪い、と彼に謝った。ワンポイントアドバイスとして、こういう時は無視していいんだよ、と笠井が水野に言った。いいわけないだろ!藤代の言葉に返事を返すものは誰もいない。そんな感じ、と笠井が水野に告げると、おかしそうに彼は笑った。 「お前、ここでもそんな扱い受けてんだな」 くつくつと笑いを必死に堪えながら水野はそう言った。 「水野!?何言ってんの選抜で俺ここまでひどい扱い受けてねーよ!」 「受けてるだろ、椎名とか鳴海に」 「あいつらは誰に対してだってそうだろ!」 やっぱり選抜でもそうなんだ、笠井がやたら納得したような顔つきで1人で頷いている。私もそれに同意するように首を縦に振った。 ふと目線をあげて見ると、ちらちらとこちらを窺う生徒たちと目があった。 騒いでいるから、というのもあるのだろうけれど、おそらくそれは、当たっていない。藤代が男子からも女子からも注目を集める存在だからだろう。これは後で女子から何か言われるかな、と私は他人事のように考えていた。 指を指しながら遠巻きに眺めている女子生徒たちがやたらいる。藤代と笠井を含めたサッカー部の人たちはやたらと人気が高かった。全国大会常連校なのだから、当たり前と言えば当たり前かもしれない。 と、その時に私は、どうやら彼女たちの視線の先は、藤代たちだけではないことに気が付いた。どう見ても、隣の水野竜也に注がれている。 綺麗な顔だし、やっぱり皆気になるんだ、と平常心のまま、そう思った。 つもりだったのに。 「じゃ、教室いこっか!」 気が付いたら水野の腕を掴んでいた。 「そうだね。じゃぁね誠二、また放課後に」 何も知らない笠井が私の意見に同意してくれて心底ほっとした。 何をしてるんだ私は。 そう思ってももう遅い。せめてものカムフラージュに笠井の腕もひっぱっておいた。刺さる視線を背中に感じながら玄関へと向かう。教室近いんだからそこまでは一緒に行かせろよー、と藤代が笠井に向かって飛びついていく。反動で私もこけそうになった。どさくさに紛れて自然を装って水野の腕から手を放す。 隣で彼はおかしそうにまたくすくすと笑っていた。 やっぱり綺麗な人だった。 「あ、そうだ!前も言ったけど、お前、高校でサッカー部のマネやる気ない?」 思い出したように藤代が言う。 「考えておくよ」 一部だけ、不純な動機も含まれるかもしれないけれど。 もうほとんど自分の中で出てしまった答えを言うことはできずに、私は笠井たちと一緒に笑っておいた。 「改めて、よろしくね、水野竜也」 動き出した歯車が、願わくばこのまま回り続けてくれますように。 高校生活のスタートは、私が思っていたよりも光っている。 |
END ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 水野って高校武蔵森じゃん!それすなわちイコール藤代とかと同じってこと!?何それおいしい! ・・・・・・と今更ながらに気づいた管理人が一気に書き上げたものでした。すみません。 07年07月25日 |