第一印象はと言われれば、それはもう輝かんばかりの笑顔と少し高めの声にあの甘いマスクを装着してサッカーボールを蹴っていたんだから、そんなん爽やかスポーツ美少年としか答えられない。
 同じグルーブの五人もまったく一緒の意見だったに違いない。

 あ、一人だけ「爽やかスポーツ王子様!」と言っていた。どこのだよ。

 とにかくそれくらい爽やかで、キラキラしていて馬鹿みたいにサッカーボールと汗の似合う少年だった。一番仲良しのノンちゃん曰く「わあ、なんてとは相容れなさそうなタイプ!」だ。失礼にもほどがあると思う。私にだって爽やか少年と交流を持つ権利はある、滅多に使われないけど。

 彼の第一印象はとんでもなく高得点で、おかげで私たちのテスト結果は散々だった。何故かってそれはもちろん集中力が低下したからだ。雑念ばかりが頭を占めていた、そういうこと。



 彼を見かけたのはテスト期間の最後の一日を明日に控えた、ある日曜日の夕方の学校のグラウンドだった。
 いつも通りテスト勉強に堪えられなくなったのはノンちゃんで、それにアッコが乗っかった。そうすればあとは雪だるま方式で、気づけば五人集結し、最後まで家に篭っていた私が引っ張り出されるという寸法だ。
 今回数学やばいから勉強させろと不機嫌な顔で皆に言うと、何故かじゃあ学校にでも行く?ということになって、意味がわからないまま意味がわからないテンションで私たち六人は学校に向かった。そこでお兄さんらしき人とサッカーに勤しんでいる奴を見つけて、うっかり皆揃って心奪われて結局ファミレスで遅くまで盛り上がって、テストが散々だった。
 テストの出来が良くないといつもはノンちゃんが攻撃を受けるんだけど、その時は彼のせいになった。でも皆幸せそうだった。
 つかの間の幸せだね、なんて言い合いながら理想を語ったりなんかもした。もう一度、会えるだなんて誰も思っていなかった。



 ところが何の因果か再び彼に巡り会った。



 テストから解放された喜びを体現するべく、カラオケに向かってバカ騒ぎをした(テスト前にファミレスにも行ったけど、それとこれとはわけが違う)、その次の日のこと。
 少しくらい休憩させてくれたっていいじゃん、と思うけれど、無情にも授業はさっさと再開される。カラオケのせいで重い頭をなんとか持ち上げて学校に行くと、教室はざわざわとした喧騒に包まれていた。適当にその辺にいた男子を捕まえてどうしたのと尋ねると、転校生が来るらしいぜ、と彼は答えた。なるほど。
 私はそんなに社交的な方ではない。彼に一言、どうもと答えると自分の席に腰を降ろした。ガンガンと響く頭を机に押し付けて、あーとかうーとか意味のない言葉を発していると、体育会代表と言われている担任が「HR始めんぞー!」と入ってきた。
 いつも思うけどあんなに声を張り上げる必要はまったくないと思う。

「せんせー転校生来るってほんと!?」
「あ?なんだもう知ってんのか?」
「はいはい!男ですか女ですか美人ですか!」
「聞いて驚け!美少年だ!」

 わっと教室に喚声があがった。
 女の子の黄色い声と、男の子の明らかに落胆した声も若干混ざっているけれど、基本的にはノリの良いクラスなので、担任のよくわからないテンションに引きずられている人がほとんどだ。熱気にも近い何かが教室中を渦巻いていて、飽和状態という言葉が思い浮かぶ。
 というよりもむしろ飽和以上かもしれない。ただでさえテンションの高い人たちばかりなのに、転校生の存在が、さらに彼らを必要以上に掻き立てている。

 美少年でも何でもいいから寝させてくれと思っていた私は、担任の言葉にはまったく興味を示さずに机に突っ伏して気だるさを少しでも和らげようとしていた。だからノンちゃんの悲鳴が聞こえてもユリの呆然とした呟きが聞こえても顔を上げなかったのだ、どうせしょうもない理由だと思ったから。それくらい完全に机と同化していた私が顔を上げたのは、誰かが自分の後ろに座ったことに気づいてから。果たしてどれくらい時間が過ぎたのかはわからないけれど、それなりに経過していたことは確かだ。意識は半分以上まどろみの中に溶けていた。

 何故私の席の後ろ人がいることが気にかかったかというと、そこは一学期に転校してしまった高橋さんの席で、従って今は空席だったはずだった。物置として機能していたはずの机に、誰が何の用があるのだろうと不思議に思ってのろのろと起き上がって振り返り。

「眠いの?でも授業中は起きてて欲しいなー。俺がサボってんのバレちゃうじゃん?」



 微笑んでいるのはいつか見た爽やかスポーツ美少年。



「自己紹介聞いてた?聞いてないだろー、ずっと寝てたもんなー。俺、日生っての。よろしくねさん」



 これが、私と日生光宏の最初の接触だった。












 








「・・・、・・・ー、ってば!」

 がくん、と頭を支えていた右腕を払われて、夢の世界へ旅立っていた私はすごい勢いで現実世界へ引き戻された。目覚めてまず目の前1cmの距離に見慣れた木の机。事態をすぐに飲み込むことはできなくて、ぼんやりと思考回路が正常に機能するのを待ってからどうにか理解した。

 今、授業中だ。

「寝過ぎ」

 耳に届いた声は、後ろの席の日生のもので、私は驚いて顔をあげる。彼は私の腕を相変わらず掴んだまま通路に立っていた。
 言うまでもなく、教室中からの視線を独り占めしている状況だ。

「・・・あー、はい、すみません」
「俺じゃなくて先生にちゃんとあやまんなさい」
「・・・すみませんでした」

 日生の奥ではまだ若い英語の女教師が笑っていて「はむしろ気持ちがいいくらい寝てくれるなー」と教師らしからぬ発言をした。
 ちらりと日生を盗み見たつもりでばっちり目が合う。
 ばか、と口が動いた。
 それから私の肩に手を置いて、「まったくはー!」と大袈裟に言って見せる。クラスメイトが笑った。

 肩に置かれた手が、力を加えられたわけでもないのに、何故かギリリと痛かった。





 日生がうちのクラスに転入してきて、一ヶ月が過ぎた。
 彼はあっという間にクラスのムードメーカーになっていて、これはもうきっと天性の才能なんだろうなと思う。彼のあの笑顔は、何と言うか、言い方が悪いかもしれないけれど人を油断させる。元気が良い子や、誰とでも仲良くなれる子なら他にもいる。けれど、彼ほどに何でも見せてしまいそうになる人は今までに出会ったことがなかった。おしゃべりでムードーメーカーだけれど、同時に人の話を聞き出すのが上手い、それも自然に。だから女の子はすぐに恋に落ちる、それこそ石が坂道を転がり落ちるようなスピードだ。
 休み時間に絶えず誰かと話している日生は、1人でいることの多い私からするとちょっと異質な存在だった。
 だから、目で追ってしまう。
 彼と仲良くなりたかったとか、そういう理由ではなくて。
 不思議だったから、目で追った。違和感、もやもや、じれったい感じ。



ってさあ、日生のこと嫌いなの?」



 唐突に、ノンちゃんが言った。今は昼休みで、日生はクラスの男子と校庭でサッカーをしていて、それを窓際の私の席から二人で眺めている。華麗にディフェンダーを抜いていく日生を目で追いながら、ノンちゃんはほとんど無表情でそう言う。手持ち無沙汰で、ぷらぷらと意味もなく揺らしていたシャープペンシルがするりと手を抜けて、ゴトリと机に落ちた。

「え、なんで?」
「なんで?こっちが聞きたいよ、だってあんまり日生と話してても楽しそうじゃないよね」
「そんなこと、ないよ」
「そうかなあ」
「うん、そんなことない。好きかって聞かれると好きじゃないけど、嫌いでもないよ」
「うーん、確かにって、仲良しの人以外には素っ気無かったりするけど・・・・そういうのともまた違う気がするんだけどなあ」

 ノンちゃんは、納得がいなかいみたいで、しきりに首を傾げている。校庭へ向けていた視線を私の方へ寄越し、それからまた首を傾げる。可愛いけど、そんなことをされても対応に困る。私の視線の先で、日生を含むクラスメイトたちは、どうやら引き上げ始めたらしく、校庭の端へと移動していく。日生たちが見えなくなったところで、ふいに隣の席に勝手に腰掛けて雑誌を読んでいたアッコが「あたしもノンの意見に賛成だな」とハスキーな声で言った。思わず彼女を振り返る。



「どう見てもは日生に対して友好的ではないよ」



 アッコのその言葉に、ノンちゃんが待ってましたとばかりに食いついた。

「でしょでしょ!?思うでしょ!?そうだよ絶対は日生を敵視してるよー」
「いや、敵視はしてないよ間違いなく」
「まあ、確かに敵視はしてないかもだけど、でも全っ然友好的ではないじゃん」
「・・・・そんなことは、ないはずなんだけどな」
「そんなことあるよ!ねえアッコ!」

 アッコは微かに横目で私を見て、それからまた雑誌に戻ってしまった。大体いつものことなのでノンちゃんは気にしていないみたいだったけれど、私はアッコにそんなことを思われていたことに驚く。

「じゃあ聞くけどさ、皆はどうしてそんなに日生のことが好きなわけ?」

 私にしてみれば、ごくごく普通の、日常生活の中でふと疑問に思ったことを口にしたつもりだった。それなのにノンちゃんは、まるでその言葉には地球を破壊する威力でもあるかのような、そんな絶望した表情をして、私は、しまった、と思ったけれど、もう遅い。ただただノンちゃんが悲しそうな顔をして、それから隣でアッコがため息をついた。



「・・・・だって、不思議でしょ、あんなにも自分を見せない人に、どうして皆は懐くんだろう」



 ふと顔を上げた視線の先で、日生が笑っていた。

 チャイムが鳴って授業開始5分前を告げる。ノンちゃんもアッコも自分の席に戻る。隣の席の高井くんが座る、



 ガタン!



 と。

 日生が後ろに座る音が、いつもよりも大きく聞えた気がした。





 特に何も問題なく午後の授業を終え、同じく帰宅部のユリに促されて校門を出ようとしたところで、声をかけられた。振り返らなくてもわかる、出来れば声をかけて欲しくなかった人物。

「ごめん、ちょっと借りても良い?」

 そんな風に言って日生は笑って、ユリは不思議そうに私を一瞥してから、いいよと言った。
 良くないよ。

「・・・・何か、用?」

 ユリが視界から消えたところで私は隣に立つ日生に向かって問う。昼休みの一件がまさか日生にまで届いているとは思わないけれど、それでも何となく後ろめたい気持ちになって顔を見ることはできない。校門の前を集団で走り抜けていった陸上部が、日生に手を振る、いつも通りの笑顔で彼もそれに応えている。

 日生は何も言わずに歩き出した。別に付いていく義務なんてなかったし、簡単にそこから離れることだって出来たのだけれど、何故か私は吸い寄せられるように彼の後を追ってしまった。ゆっくりとコンクリートの上を歩く彼の様子からして、目的地があるようには思えなかった。そのまま裏門まで辿り着き、そこから学校を出る。裏門の使用は認められていないけれど、守衛さんがいるわけでも監視カメラが付いているわけでもないので簡単に乗り越えることが出来る。

 広がる田んぼのあぜ道を、ひたすら無言で歩いていく。
 学校が段々と遠ざかり、きっと外周をしている生徒から見ても誰だか判別が付かないくらいまで離れたところに来た。
 そこに日生が腰を降ろす。私はなんとなく隣に立ったまま。

ってさあー」

 ふいに日生の口からそんな声が零れ落ちる。いつもの日生の声だった。



ってさあー俺のこと嫌いなの?」



 本日二度目となる質問。しかも今度はご本人からときた。さてこれはもうどう応えればいいのだろうと逡巡するけれど、良い答えは見つからない。
 しばらく考えてみたけれどどれがベストアンサーなのかなんてまったくわからなくて、息を吸い込む。



「別に嫌いじゃないけど、好きでもないよ。日生だってあたしのこと好きじゃないでしょ?それなのに相手にだけ好意を求めるって、おかしくない?」



 昔からそうだった。

 私はどういうわけか、所謂八方美人タイプの子たちからあまり好かれない。こちらとしては別に嫌っているわけではないのだけれど、ああやって好きでもない人たちに当たり障りなく笑顔を振りまくのが苦手だった分、多分それが本当の好意なのか違うのか、いつの間にか判断できるようになってしまったのだと思う。そして大体において、そういう人たちはクラスでも人気者だったりするから、私が素直に発言することによって結局責められるのは私自身だった。

 だから、最近ではそれを避けていたのだけれど。

 今回は、また、やってしまった。

 昼間のノンちゃんの反応とアッコの反応が物語っている。あの二人は幼い頃からの付き合いだから、私のこの性格を理解しているはずなのに、ああいった反応を見せたということは、それだけ日生の人望が厚く、かつ信頼できるものだと思われているのだろう。



 それでも私には。

 どうしても嘘に見える。

 否、嘘、じゃない。





 強がり。





 ぐるり、と日生が急に振り返った。視線が、がちりと繋がってしまう。お互い一言も発さない。
 結局最初に折れたのは日生で、「あーあ」とかなんとか言いながら拗ねたように俯いてぶつくさと文句を言い始めた。上手く聞き取ることが出来ないので仕方なしに私も隣に腰を降ろす。

「やーな予感はしてたんだよなー」

 思ったよりもあっけらかんとした口調だった。膝を抱えるようにしてどこを見るわけでもなく視線を前に向ける。

「なんかに警戒されてんなーとは思ってたんだけどさー。そもそも俺に対してそういう反応見せる奴って、大体俺を信用してない時でさー。あ、これ経験談ね?」

 何が言いたいのかは結局よくわからない。ただ黙って話を聞く。

「俺の人生、転校ばっかなのね。それこそ全国津々浦々。もーほんと父さん1人で行って来んねーかなと思うけど、でも母さん父さんのこと好きすぎてさー全部ついていくんだよね、子供の気持ちは無視ですかー!」

 西日が、日生の横顔を照らしている。
 学生服に身を包んで肩からエナメルバックを提げている姿は、第一印象と変わらずとても絵になるスポーツ少年で、だけどもう彼のことをそう単純に見ることのできない私は、彼の存在自体までもが曖昧に見えてくる。

「で、転校生って、ただでさえ、それだけで目立つじゃん?だから波風立てないようにさっさと仲良くなっちゃうのが一番じゃん。それ否定されても困るんですけどー、ね?」
「でも日生は、仲良くならないために仲良くしてるんだよね?」

 す、と日生の顔から表情が消えた。今まで見てきた無表情は、無表情だと思い込んでいただけであってそこには何かしらの表情があったのだと思えたほど、日生のそれは何もなかった。いつものあの弾けるような笑顔も何もあったものではない。

「そう見える?」

 けれどそう聞いた彼の顔は、ひどく悲しそうだった。涙はないけれど、泣いているようだった。

「あたしには」

 乾いた風が吹き抜ける。田んぼが広がるここら一帯の風が急に全部私たちの元に集まってきたんじゃないかと思えるほどの強風だった。バランスを崩しそうになるのをなんとか堪えた私とは対照的に、日生は微動だにしない。鍛えているのだなと思った。



 あ。



「それでも、それだけは本物なんだね」

 ぽつりと呟く。声に出すつもりはなかったので、怪訝そうな顔をしている日生よりも私の方がさらに不思議そうな顔をしていただろう。「どういう意味?」と日生が小さな声で言って、空気が僅かに震えた。





「サッカー、好きなんでしょ」





 脈絡も何もない私の突然の言葉に、日生は曖昧な肯定しかしない。



 実際のところ日生の気持ちなんて私にはわからないから、本当に日生が「仲良くならないために仲良くしている」のかどうか定かではない。

 でも、もし仮に。

 もし仮に彼が本当に度重なる転校で、特別を作らないようになってしまったとして。

 それでも一つだけ、続いているものがある、らしい。





「サッカーで、友だち作ったら?やってる限り、きっとどこかで会えるよ」





 別に日生を慰めようと思ったわけじゃない。いつも通り、ふと思ったことを口にしただけだった。それでも日生が、そうかな、なんて言いながら少しだけ笑うから。



 彼にとっての特別が、きっと見つかるといい、と思う。



 第一印象はと言われれば、それはもう輝かんばかりの笑顔と少し高めの声にあの甘いマスクを装着してサッカーボールを蹴っていたんだから、そんなん爽やかスポーツ美少年としか答えられない。
 第二印象はぺったりと仮面を貼り付けたような違和感を覚える少年で。



 第三印象は、また戻って、サッカー少年。



「サッカー頑張れ」
「おう」

 膝に顔を埋めた日生の声は、心なしか震えていたようだった。





 次の日、彼は、また新しい学校へ旅立った。






END
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みっくんは、八方美人のイメージ。そしてそれを本人も自覚している。
疲れたので後半グダグダになっちゃった・・・・。
そして元々3話構成だったのを1話に直したらちょっと無理があったな・・・。

10年04月18日


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