心で認めて、躯で拒絶。 SideA 「暑い・・・・・・。」 耐えられなくて、私は木陰に仰向けに倒れ込んだ。 今日はいわゆる快晴というやつで、校長いわく「絶好の草むしり日和」らしい。 なんですか、それ。 突然、朝の朝礼で草むしりをします、とやけに嬉しそうに校長に告げられた。 隣にいた教頭も私たち生徒と同じように、目を思いきり見開いていた。校長の独断らしい。 校長、それはちょっといくらなんでも突然すぎませんか、と引き攣った笑みでそう言う教頭に対して校長は信じられないといった顔で、力説した。 『何をおっしゃるんです!この天気!絶好の草むしり日和じゃないですか!』 朝一番の時間帯を選んでくれたのが不幸中の幸いというものだ。 私は一度、大きく溜息をついた。 熱心に草むしりを続ける後輩の様子をぼんやりと遠目に眺めて、すぐに視線を空へ向けた。 こういう天気のことを、ピクニック日和というのだと小学校のころから信じてきていたんだけど。 草むしり日和。 うん。 反吐が出そうになる表現だ。 かと言って、あのつまらない授業が受けたいのかと聞かれれば答えはノーとしか言えない。 友達との友情を深めにきましたなんて綺麗な事も言えないし、言いたくない。 何のために学校に来ているのですか、と聞かれれば(聞かれないだろうけど)私は平然と義務だからですと答えるだろう。我ながら可愛くない思考回路の持ち主だ。だってしょうがない、中学までは義務教育なのだから。 背中の汗がTシャツに染み込んで、ひんやりと冷えてきたのがわかった。むくりと起き上がり、側にあった大きなクスノキの幹にもたれかかる。わずかに吹く風が思ったよりも心地よくて、このままここで寝てみるのも悪くないかな、と考えた。 目をつぶると日の光を見ることができると言ったのは誰だったか。 人間とはなんて傲慢なのだろう。見えないものを見ようとするなんて。 その光を遮断しようと持っていたタオルと顔に覆い被せようとした。 「?何してんだ、お前。」 聞き慣れた声がしてその手を止めた。 目を開けるのがめんどくさく、そのままの状態で口だけ動かす。 「暑い。避暑。」 「いい御身分だな、おい。今全校生徒がこの学校を綺麗にすべく汗流して草むしってんだぞ?」 「私、別に雑草生えてても気にならないもん。気になる人だけやればいい。」 「その理屈だと俺もやらなくていい対象に入んだけど。」 「じゃぁやらなきゃいいじゃない。」 溜息が聞こえた。その後にその人物が動き、立ち去ったかのように思えたが、次の瞬間にはもう、私の隣に腰を降ろしていた。ここしいなー、そんな声が聞こえる。 「っつーかお前環境委員なんじゃなかったっけ?」 「そうだよ、だからここにいるんじゃん。1年生担当区域に。」 「起きて話せよ。」 しぶしぶと目を開ける。 相変わらず1年生はもくもくと雑草取りに励んでいた。 あぁいうくだらない使命感に駆られるのはいつまでだろうか。 少なくとも、私や、今隣にいる三上亮は中学に入った時点でそんなものは持ち合わせてなかったような気がするんだけど。 「つか三上ィ。あんたこそ何でこんなとこにいんのよ、担当場所ここじゃないでしょ。」 「ガーデニングからお前が見えたんだよ。何してんのかと。」 「見りゃわかんでしょ寝てたんだっつの起こすんじゃないわよこの馬鹿」 そう言ってもう一度目をつぶる。 瞼を閉じていても木々の影が風に揺らされて不規則に動くのが見てとれた。 こういう意味で日の光が見えるというのは悪くないかもしれない。 青い空と白い太陽が見えなくても、明るいのだな、と珍しくそんなことを思った。 「俺も寝るわ。」 突然そう言った三上に私は思わず顔をしかめた。 「は?何言ってんの草むしってきなさいよ。」 「じゃーお前もたんぽぽ引っこ抜いてこい。」 「なんでたんぽぽ。」 「根は3m近くあるらしいぞ、きっとみんな困ってるから。」 「なら抜かなきゃいい。」 「じゃぁ俺だってむしんなくていいだろ?」 堂々回りだ。決着がつかない。 諦めて私は大人しく三上が眠るのを見届けようと思った。 何が悲しくてこいつと私はこんなところで仲良く肩を並べていなくてはならないのか。 横顔を見ると案外幸せそうで、私は心の中で溜息をついた。 「あんたほんとに何しにきたの?」 わかっている質問をあえてぶつける。 「だからお前が何してたのかなって思ったんだって。まさか環境委員がさぼってんじゃないかってな。」 目をつぶったままそう奴は答えた。 「余計なお世話よ。」 「はいはい。」 本当は三上が心配して見に来てくれたんだってことくらい、わかっていた。 おそらく、突然倒れ込むように地面に仰向けになった私を見て焦ったんだろう。 ねぇ、あんた、私にどうして欲しいの? 聞けるわけもない質問を問いかける。 三上の気持ちに気付いていないわけではなかった。 さりげない視線や仕種から、自分が大切に思われているんだと自覚したのはいつのことか。 うまく回転しない頭で、いつものように、終わりのない理論を組み立て始めた。 どう考えても狸寝入りとしか思えない、三上の寝顔を横から眺め、無表情のまま、もう一度前を向く。 三上自身は、私が気付いてないと思っているのだろうか。 わからない。 だけど少なくとも、気付いて欲しくないとは思っていないように見える。 自分からは言わないけれど、でも、もし、気付いてくれるのなら。 馬鹿だ、と思う。 私も三上も。 私は別に三上に好きな人がいると話した覚えはないし、友達宣言を出した覚えもない。 それでも奴が私に想いを伝えてこないのは、伝えても私がそれに答えないことがわかっているからなんだろう。 そう、私は答えない、沈黙し続ける、たぶん、一生。 嫌いなの?と聞かれれば、コンマ1秒の世界で、私ははっきりとノーと答える。 好きなの?と聞かれれば、同じ早さでイエスと返すはずだ。 人の好意を無下にするほど、愚かな人間に育った覚えはない。 大切にされているのだと、そう気付いた時は素直に嬉しいと思った。 私だって三上が大切だし、それは紛れもない事実だと思う。 じゃぁ何故三上は伝えてこない? 求めてるものが、私が返すものと違うからか? たぶんそうだ。いや、絶対。 あぁ、くだらない。 嘲るように小さく笑った。 結局依存しすぎたのだ、私が。 好きとか嫌いとか、そういう恋愛感情を文字どおり通りこして、私は三上が大好きだ。 家族や数少ない友人へ向けられるそれとはまた違う。 今の位置が変わってしまうのが嫌だとか、そんな可愛らしいものでもあるわけがなく。 近い、といえばそれに近いのだが。 今の位置が変わってしまえば、私は三上を”必要としなくなる”。 残酷な言い方えおすれば、”そこ”にいてくれれば、誰でもよかったんだ。 たまたま、三上だった。 それを全てわかっているから、三上は何も言わないし、何も伝えてこないのだろう。 今はたまたま三上が私の中で一番上にいるけれど、それはほんの些細なことですぐに崩れ去る。 私や彼が望む望まないにかかわらず。万物は流転する。良い言葉だ。 それなのに、今のまま、そうあり続けることは、彼にとって負担になるだけなのではないかと私は思う。 いっそ壊れてしまえばいいとは、思わないんだろうか? もし、仮にその想いを伝えてきたとしてとして、私の中で位置が変わってしまう可能性は、100%なわけじゃない。もちろん、99,9%の確率で私達の関係は終焉を迎えるだろうけど。その、限り無く0に近い0,1%にかけるほど三上も私も愚かじゃないことくらい重々承知だ。そんなロマンチックな幻影を追い求めるくらいなら、このまま、何もなく、ただ終わればいい。 じゃぁ? 何がしたい? 何をすればいい? また、振り出し。 どうせ、ここに戻ってくるのならこんなこと考えなければいいんじゃないかと思う時もあるけれど、たぶ ん私はこのことについて考えるのが大好きだ。 愛されているんだという再確認と、心地いい居場所の再確保。 「起きろ。そろそろ終わりだよ。」 「・・・・・・あー集合すんだっけ?」 「いえす。」 「かったり。」 「中学校とはそういうもんでしょ。」 目があった。 笑う。 1年生が、緑色に染まったゴミ袋を引きずるように持って、校庭へ急いでいるのが見えた。 私は三上と並んで、ゆっくりと、校庭へ向かって歩き出した。 END +++++++++++++++++++++++ 三上さんには報われない恋をして欲しいです(お前・・・!) 三上さんは2番目に好きな笛キャラですね。1番は一馬です。 3番目には英士と笠井くんがくるんですが。 三上と英士と笠井くんのお話が描きたいんだけどでもこの3人でどうやって!?笑 06年05月07日 |